77.緊急会議
あとのことをすべてメアリー様にお任せし、私は一人エヴァルト様に連れられ、二階の会議室へと向かった。
「来たか」
入室した私を目にされた旦那様が、渋い顔をしてらっしゃった。
その場には旦那様以外にも近習のフランツ殿を始め、様々な御仁たちがおられる。
公爵家お抱えの騎士隊長を務めていらっしゃる御年五十四の銀髪の御仁、ワルター・ゼーレ・シュタインドルフ伯爵。
シュタンドルフ様の補佐役と、すべての女性騎士たちのまとめ役を仰せつかっておられる二十八歳の赤髪の女騎士、ローザ・ド・カルツマン副隊長。
更には、旦那様と陛下が秘密裏の連絡をされるために使わされている二十一歳の近衛騎士、ラファエル・ド・グラスナーという名の暗蒼色の髪の青年。
フランツ殿以外に、この三名が長テーブルの左右に座られていた。
「お呼びと伺い参上いたしました」
入室して腰を折る私に、
「堅苦しい挨拶は抜きだ。とにかくことは急を要する。ヴィクターよ、お前も座れ」
そうおっしゃった旦那様は、どこかピリッとした空気に包まれていた。
ただの使用人が着座するなどもってのほかだが、有無を言わさぬ強い口調だったため、仕方なく「失礼いたします」と、出入口に近い側のテーブル短手の椅子に腰かけた。
それを合図として、エヴァルト様が私の対面におられる旦那様の背後へと移動された。
「では全員集まったな。これより緊急の案件について会議を執り行う」
そう前置きされたあと、
「此度お前たちに集まってもらったのは他でもない。先刻、聖王国の方々に散らせていた陰たちより緊急の報告が入ったのだ」
「緊急ですと……?」
テーブルに両肘付きながら、深刻そうに左右の指を絡めておられる旦那様に、シュタインドルフ様が反応される。
「あぁ。陰たちが申すには、なんでも王都近郊や南方の鉱山都市ジ・アルゴで不審人物の目撃情報が相次いでいるらしい」
鉱山都市ジ・アルゴとは、この聖都より南東約二百キロメトラル(二百キロメートル)ほど行ったところにある採掘のために作られた街のことである。
そこでは金属や貴金属の他、魔鉱石や各種宝石類まで採掘されるとかで、この国屈指の財源の一つとなっている。
当然、宝石が採掘される以上、既得権益を有するシュレイザー公爵家にとっても大切な鉱山だった。
そんな街に不審者が出没しているという。
「いったいその者らは何者なのでしょうか?」
カルツマン副隊長が眉間に皺を寄せておられる。
「さてな。陰どもが言うには、旅人の装いをしているとのことだが、どうも何かを気にしているような不自然な言動を取っていたらしい。更に規則性はないが、一人二人ではなく、数十人規模で動いているのではないかとも進言してきておる」
「多いですね」
「あぁ。一応、ジ・アルゴも聖都もそうだが、門を潜るときの身元調査ではまったく異常はみられなかったらしいがな。身分証も確かなようだし」
大体どこの国でも、生まれてすぐに魔導具製の指輪が身分証として配布される仕組みとなっている。
指輪には魔力認証システムが採用されているため、他人の指輪を着用しても照合エラーとなってすぐにバレてしまう。
つまり紛れもなく指輪は本人のものということだ。
「ということは、国の方で管理しているデータと一致したということですか?」
「そうらしいな。ただ、そいつらの大半は外国籍でこの国の人間ではなかったらしいから、どこまで信憑性があるかわからんがな」
そうお言葉を発する旦那様に、シュタインドルフ様が「なるほど」と唸られた。
「確かに余所の国の者であれば、その者が何者なのか確かめようがありませんからな」
身分証を持っていたとしても、外国籍の者たちの個人情報まで入手することはできない。
国民の個人情報を他国に売り渡すような愚かな真似などするはずがないからだ。
私は、シュタインドルフ様のご意見に賛同するとともに、「大半が外国籍だった」という事実が気になったため、旦那様にお伺いを立てることにした。
「旦那様、発言してもよろしいでしょうか?」
「ん、どうした?」
「余所の国とおっしゃいましたが、具体的にどの国の者が確認されたのでございましょうか」
「様々としか言えんな。一番多かったのは東の帝国籍とのことだが、西方大陸のゼファルギアやカレスティア籍の連中もそれなりにいるという話だ」
「なるほど」
「何か気になることでもあったか?」
「そうですね……」
私が懸念しているのは今回の不審者たちが、南東のランヴァルシア帝国所属の諜報員ではないかということだ。
彼の国とは長年にわたってあまり関係が良好ではない。
近年もいろいろきな臭い動きがみられると報告に挙がっている。
諸外国と頻繁に取引しているという噂も耳にする。
それこそ、今回名前の挙がった神聖ロードゼファルギア帝国や、カレスティア共和国辺りとも秘密裏に使節団を派遣し合っているという話だ。
そのことをご指摘させていただくと、旦那様は「なるほど」と大きく頷かれた。
「確かに、連中が帝国の諜報員という可能性もあるな。奴らがきな臭い動きを見せているのは確かだしな」
「はい。ですが懸念すべき点は他にもございます」
「というと?」
「旦那様は数年前に起こった王太子殿下暗殺未遂事件のことを覚えておいででしょうか?」
「あぁ、忘れるはずがない。せっかくアーデのために用意した晴れ舞台をメチャクチャにしようとしてくれたのだからな」
私は旦那様の記憶のされ方に内心苦笑してしまった。
殿下の安全よりもお嬢様をキーとして覚えておられるとは。
さすが親バカでいらっしゃる。
私は続けた。
「あの事件の折、実行部隊として動いていた賊が、確か西方を縄張りとした裏稼業を行う傭兵集団だったように記憶しております。結局その後、幾人かの賊は捕縛したと伺っておりますが、頭目も生き残りの大半もまだ捕まっていないとか」
そこまで述べると、旦那様も私が何を申し上げたかったのかご理解くださったようです。
「まさか、今回見つかった西大陸籍由来の連中に、そいつらが紛れ込んでいるかもしれないと、そういうことか?」
「はい。ですが、あくまでも憶測に過ぎません。既に彼らは『寂寞の猟兵団』を解体し、各人、バラバラに生活しているはずですから、再び参集する可能性は低いと推察されます」
「だが、もし万が一、奴らを裏で操っていた連中が再び何か企てようとしていた場合は」
「はい。せっかく逃げおおせた彼らではありますが、再度接触してきた黒幕の指示により、再び動き出したとしてもなんら不思議ではありません」
何より、身元のわからない他国籍人だからこそ、黒幕にとってはいい駒となる。
個人情報から繋がりが判明することもないし、互いに自ら身元情報を明かすような真似もしないはずだから。
そのことをご指摘させていただくと、
「そうだな。互いの情報は最小限にしておいた方が、足がつき難いしな」
「おっしゃるとおりにございます」
「ふむ。暗殺未遂事件を仕掛けた黒幕が今もなお、便利に使える猟兵どもを利用したがっていたとしてもなんら不思議ではないか――何を企んでいるのかは知らんがな」
旦那様はそう考え込むように呟かれると、
「わかった。考慮に入れておこう。陰どもが言うには、今のところそいつらに目立った動きはないとのことだが、予断を許さない状況であることに変わりはない。万が一ということもあるからな。その線も含めて、警戒して引き続き監視するよう、奴らに伝えておく」
「はっ」
私たちは短く応じた。




