76.使用人たるもの2
陰の組織トップ九名にあたるナインズと呼ばれる者たちと、予備軍の六名。
予備軍は男性三名、女性三名。
ナインズはコンラートとフィンク以外、全員女性という構成だが、この末席になぜか例のクラリス嬢が入っている。
旦那様がおっしゃるには、彼女はあの幼さながらに膨大な魔力を有しているのだとか。
旦那様やミカエラ様たち以外、この事実を知る者は誰もいないようですが、そういった理由からナインズの末席に加えているとのこと。
そしてそんな彼らは、これからの正装となるタキシードやメイド服を着て、先程からメアリー様に怒られながらも歩行訓練させられていた。
「ふむ……本当に千差万別ですね」
元が孤児だったり訳ありの子供たちばかりだったりの、寄せ集めとして組織されていた特殊部隊。
貴族社会のマナーなんてものを真似できるはずもない。
エルフリーデもコンラートもフィンクも、どこかちぐはぐで、やたら腕を高く上げたり、頭が揺れ動いたり、がに股になったり内股になったりと、見ているだけで頭が痛くなってくる。
他のメンバーも同様。
猫族の娘、フレイ・デ・スローイは猫族で諜報能力に長けているからか、動きはおそろしく俊敏なのだが、猫だけに猫背。
まだ十六歳ほどの白猫なのだが、彼ら猫族は大抵みんな猫背だ。
他にもクラリスと同じように見た目だけは幼女にしか見えない狐族の娘テレシアや、黒毛が見事な狼族の娘もいるが、この三人は獣人種で、特徴的な耳と尻尾が生えているせいか、やはり、姿勢がどれもこれも悪い。
あと残りのナインズといえば、エルフでしょうか。
一人はウェーブがかった長い金髪と碧眼が特徴の品のある娘で、まさしくこれぞエルフといった感じのほっそりとした見た目をしている。
とても優雅な動きをしていて、他のメンバーとは一線を画す。
あの出来ならいつでも合格点を上げてもいいでしょう。
もう一人の娘もエルフで、見た目の特徴はよく似ているのだが、こちらはなんというか。
メアリー様の娘でお嬢様の専属侍女でもあるマーガレット並みに胸が大きいせいか、どうも動きがちぐはぐになっているような気がする。
エルフなだけあり動きは洗練されているのだが、なんかこうしっくりこない。
例えるならば、マーガレットが二人になったような……。
「はぁ……」
私は思わず、訓練を止めるよう、手を叩いていた。
一斉に動きが止まり、げっそりとした表情をしながら私を見る。
「まだ使用人教育は始まったばかりですのでみなさん、慣れないことばかりで大変だと思います。ですが、すべては公爵家の御為にございます。あなた方が崇敬する旦那様のお力となるべく、一刻も早く一人前の使用人にならなければならないのです。わかりますね?」
「お~~……」
私のかけ声に、白銀の髪のちびっ子だけがのほほ~んとした場違いな声を上げた。
それを聞き、側にいた白猫のフレイが、「クラリス、えらい」と幼女の背後に回り、高い高いをし始める。
「きゃははっ。フレイちゃん、もっとして欲しいのです!」
「ふふ。もっとしてあげる」
おそらく集中力が切れたのでしょう。
完全にお遊びモードに突入してしまった二人のせいで、他のメンバーまで緊張の糸が切れてしまった。
皆ガヤガヤし始める。
それにメアリー様が苛つき始めたので、妙な威圧感を覚えてしまった。
「経験上、これ以上は無理でしょうね」
私がぼそっと呟くと、
「はぁ……先が思いやられます。本当に旦那様は何をお考えなのやら。詳しい事情は存じ上げませんが、本当にこの者たちを使用人としてお使いになるのですか?」
「どうでしょうね。もし使えそうでしたら、存分に働いてもらいたいという意向に変わりはございませんが――此度の采配には私も一枚噛んでおりますので」
「そうなのですか?」
「えぇ。ですので当分、方針に変更はないとお考えくださって結構でございます。ですが――今のこの精度を拝見いたしますに、少々厳しいと言わざるを得ないのもまた事実。使用人以外として使う分には申し分ないのですがね」
この数日間、彼らの様子を窺い気付いたことがある。
それはやはり、彼らが元特殊部隊のメンバーたちだということだ。
諜報能力は第一線で活躍されている他の者たちと比べても遜色なく、それに加えて旦那様が――おそらく趣味で鍛え上げられたであろう武術の心得や魔法技能なども結構高い。
体力面も、あれだけハードなトレーニングを課しているにもかかわらず、いまだに潰れる気配がみられないところをみると、元々潜在能力は高かったということなのでしょう。
これならば、今後、彼らの特性を鑑みて鍛え上げていこうと思っていた高度な戦闘技能や魔法技能もスムーズに習得していけるのではないかと思われる。
さすれば、後日彼らに与えようと思っていた専用の禁術製魔法武具の類いも簡単に扱えることでしょう。
「すべてはお嬢様のため」
「はい?」
「いえ、なんでもございません」
私はにっこりと微笑んでお茶を濁したあと、
「とりあえず、本日の使用人教育はここまででしょうかね」
「そうですね。個人的には残り日数とこの完成度の低さを考えましても、二十四時間態勢で教育したくなりますが」
「はは。それはさすがに無茶が過ぎるでしょう」
「えぇ、そうですね。ですが、それほど時間が足りていないというのも事実ということですよ?」
「そうですか。では、いったん歩行訓練や所作はここまでにして、残りの二時間ほどは言葉遣いや発声練習にいたしましょうか」
「それから座学も必要でしょうね」
「なるほど。まだまだやることは多そうですね」
私とメアリー様は二人して溜息を吐いた。
そんな私たちの会話を耳にしていたのでしょう。
エルフリーデが私のもとへと歩み寄ってきた。
「ヴィクター様。折り入ってお話が――」
しかし、そんな彼女の言葉を遮るように、旦那様専属執事のエヴァルト様がお見えになった。
「失礼、ヴィクター殿」
「これはエヴァルト様。このような場にお越しになるとは珍しいですね」
「えぇ。実は緊急事態が発生しまして、至急、顔を出すようにと旦那様がお呼びにございます」
「え……? 緊急事態にございますか?」
いったい何が――
私とメアリー様、それからエルフリーデ嬢は、思わず顔を見合わせてしまった。




