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エルドライゼ姉妹と魔導狂いの鬼女2

(ガブリエラ視点)




「あんなにもお可愛らしいお嬢様を怒らせたり悲しませたりするのはぜぇ~~たい、ダ・メ・ですからね?」

「あらぁ? どうしてですの?」

「当たり前です。お嬢様って本当にお可愛らしいですもの。もうね、自分の部屋に持って帰って毎日愛でたいぐらいですよ」

「はい?」


 突然おかしなことを言い出したのほほん女騎士に、ミカエラだけでなく姉のガブリエラまで呆れ果ててしまった。

 妹が大の可愛い物好きで、それがもはや、ある意味ミカエラと同じく偏執狂レベルであることを知っているガブリエラは、心底頭が痛くなってしまった。


「お前なぁ……ミカエラもそうだけど、シファーもそのおかしな考え方いい加減止めろ」

「え~~~……」


「え~~~、じゃない! お前が昔から可愛い物好きなのは百も承知だが、お前の場合は常軌を逸しているんだよ。ぬいぐるみだって気が付くと足の踏み場もないぐらいに部屋中に散乱しているし、この間だって、お嬢様がお庭でジョンと遊ばれていたとき、お前はいったい何をした?」


「何って……お嬢様とジョンをまとめてふにゅ~ってしただけよ?」


「ふにゅ~じゃないわ! お前は何やってんだっ。相手は我らが主だぞ!? 主をモフってどうする気だ!」

「どうするも何も、どうしようもないけれどぉ? それにお嬢様だって、喜んでいたじゃない」


 確かに。

 暴走シファーに頭撫でられたり、むぎゅ~と包み込まれたりしていたとき、あの愛らしい少女は年相応の楽しげな笑い声を上げていた。


(しかし、立場というものがあるだろう!)


 終始得意げにニマニマ笑っている妹に、ガブリエラは「ダメだこりゃ」と、派手に溜息を吐く。

 そんな二人をきょとんとしながら眺めていたミカエラだったが、次の瞬間には艶のある唇をいやらしい笑みに変えていた。


「ねぇ、シファー。私と取引しない?」

「はい? 取引?」


 きょとんと首を傾げる妹と怪しげなオーラを放出し始めている親友を前にして、嫌な予感しかしなかったガブリエラは、


「おいっ。お前はいったい妹に何をさせる気だ!?」

「ふふ。大したことではありませんわ。ただ、一つぬいぐるみを作ってさしあげようかと思いましてね」

「ぬいぐるみだと?」


 ほぼ同時に同じような返事をした姉妹に、ミカエラは「えぇ」と応じる。


「ほら、私お裁縫が得意でしょう? ですから、手のひらサイズのいつも持ち歩けるぬいぐるみを作ってさしあげようと思っただけですわ。お嬢様の」


『お嬢様の』という言葉を聞いた瞬間、シファーの目の色が変わった。


「やる! やります! 今すぐやらせてください! 私は何をしたらいいんですか!?」


 それまでのふにゃっとした雰囲気すべてを吹き飛ばすように、シファーは右手を挙げながら身を乗り出す。

 そんな彼女にミカエラの目尻がこれ以上ないほどに垂れ下がった。

 そうしてただ一言。


「ヴィクター様の()()()を一本、手に入れてきて欲しいんですの」


 面白そうにニヤ~っと笑うのだった。

 ガブリエラは親友のとち狂った発言に頭が痛くなり、思わず、


「やっぱりそういうことじゃないかっ。ついに本性現したなっ、この雌犬め! ていうか、あの方の髪を手に入れて何する気だっ」


 そう叫びながら、気が付いたときには彼女の肩をつかんで思い切り揺さぶっていた。

 しかし、彼女はどこ吹く風。

 まったく表情変えずに、


「うっふふ。大したことはいたしませんわ。ただ、『黒公子様人形』の中にちょ~っとしのばせるだけですわ」

「黒公子様人形だと!?」


 思わずちっこいヴィクターを想像してしまったガブリエラは目眩を覚えてしまった。


(この女……ヴィクター様の人形作って何する気だっ……は!? こいつ、確か精神操作系の魔法とか闇魔法とか得意だったはず。まさかそれ使って……!)


 嫌な想像ばかりが脳裏をよぎり、一人顔面蒼白となっていると、唐突にニヤニヤ顔から悩ましげな顔へと表情を一変させたミカエラが溜息を吐く。


「はぁ……ねぇ、聞いてくださらない、ガブリエラ。あの方酷いんですのよ? 髪の毛引っこ抜こうと思って近づくと、すぐに逃げてしまわれるんですもの」

「当たり前だ! そんなことされて逃げない奴がどこにいる!」

「え~……だって、普通殿方って身体寄せたら鼻の下伸ばしてデレデレになるでしょう? それなのに、あの方ったら、まったくそういう気配にならないし」


 口を尖らせぶ~ぶ~言い始めてしまった親友に、もはや、説教する気も起きなくなってしまった。

 ただただ心底呆れ果てるばかり。

 しかし、「もうなんでもいいや」と思って椅子にどかっと座ったときだった。


「ミカエラさん!」

「はい?」


 突然、瞳をキラキラ輝かせたシファーが大きな声を張り上げた。


「髪の毛は一本だけでいいんですか!?」

「え……? えぇ、まぁ、そうですわね。本当は三本四本あればいろいろできそうで面白いんですけれど――て、まさかシファー、あなた……」


 しかし、ミカエラとガブリエラの二人がきょとんと彼女を見つめる中、


「今から行ってきまぁぁ~~すっ」


 そう叫びながら物凄い勢いで走り去ってしまうのであった。

 そしてその事実が真に何を意味するのか。

 二人が気が付くまでには優に三秒はかかった。


「お、おぉいっ。あいつは何考えてんだ! ていうか、本当に行ってしまったではないかっ。お前はいったいどう責任取るつもりだ、ミカエラ!」

「そ、そんなこと言われましても。ほんの冗談のつもりでしたのに、まさか本当に行ってしまわれるだなんて」


「はぁ……。どうするんだよ、これ。あとでヴィクター様やお嬢様に何言われるかわかったものではないぞ?」

「まぁ、そうですわね。ですが……うっふふ。これはこれで面白くなってきましたわね」

「面白くないわ!」


 その後もひたすら楽しげに笑うミカエラと、心労で胃がキリキリするガブリエラであった。


 そして、当然のように後日、猪突猛進に突撃していったシファーのせいで、ヴィクターからしっかりとお仕置きされるミカエラだった。


「え~……どうして私だけ?」

「当たり前だ! お前は一生、独房に入って反省していろ! ――ていうか、なぜお前は喜んでいる!?」


 仕置きを喰らい、どこか陶然とした表情を浮かべていた親友に、ガブリエラは息を切らしながら一人吠えるのだった。

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