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エルドライゼ姉妹と魔導狂いの鬼女1

(ガブリエラ視点)




 ある日の昼時のこと。


 昼食を取るため、大勢の女性騎士や一部の侍女たちが女子棟東兵舎にある食堂を訪れていた。

 続々と集まってくる彼女たちの顔には、一様にほっとしたような笑みが浮かんでいる。


 彼女らの宿舎でもあるこの建物は憩いの場だ。


 騎士は警備や訓練、専属ではない一般の侍女たちはお屋敷中の掃除や雑務など、決して彼女らの日常業務は楽なものではない。


 それゆえ、食事や業務上がりのプライベートな時間というものは、彼女たちにとっては心の支えとなっている。


 そういったわけで、雑談しながら訪れる彼女たちにとって、この食堂はオアシスでもあった。

 そして、そんな彼女たちの中に、ガブリエラ&シファーの姉妹騎士の姿もあった。


「きょ、お、の、ご~は~んは、な~~にかなっと♪」


 一人ウキウキで配膳コーナーの列に並ぶシファー・ド・エルドライゼ。


 水色の髪と瞳が特徴で、四年前もどこかのほほんとした平和な雰囲気を漂わせていたが、二十一歳となった今でも、それはほとんど変わっていなかった。


 さすがに小娘といった感じはもう卒業しているものの、それでもまだ愛らしさが残っている。

 そんな軍人とは思えない妹に、後ろに並んでいたガブリエラが呆れたように思いきり溜息を吐いた。


「たくっ……本当にお前は相変わらずだな。緊張感がないというかなんというか。そんなんで今後も騎士としてやっていけるのか?」

「うん? ぃや~ねぇ。お姉ちゃん固すぎ。今お昼だよ? どうしてご飯の時間までキビキビしてないといけないの? 休憩の時間ぐらいはちゃんとリフレッシュしなきゃ。ね?」


 今しも「にゅふふ」と笑い出しかねないニマニマ顔の妹に、ガブリエラは再度溜息を吐く。

 姉である彼女も四年の歳月を経て今は二十三となっており、妹と違って勇ましさが否応なく増している。


 眼力のある切れ長の瞳。

 整ったすらりとした顔立ち。

 どれを取ってもシファーとはまったく似ていない。


 妹は自分の欲求に対して忠実に行動するタイプだから、おそらく、それが表面に現れているのだろう。

 騎士であるにもかかわらず、幼い頃から続くゆるふわな外見や雰囲気がほとんど変わっていない。


 一方、ガブリエラの方はというと、こちらは自分にも他人に対しても厳しい性格をしているためか、剣術だけでなく筋トレや体力トレーニングなどにも余念がなかった。


 それが見た目に反映されている。

 しかし、悲しいかな。

 それだけ人一倍努力しているにもかかわらず、なぜか、『ぶち切れ覚醒』したときのシファーの方が戦闘能力が高いという。


「はぁ……本当に、神は何をお考えになっておられるのだろうか?」


 彼女はそんなことを思いながらも、「やたぁぁ~~! 今日はシチューだぁ!」と、大喜びしながら食事のトレイを持ってどこかに走り去っていってしまった妹をチラ見して、一人げっそりするのだった。





「あら? この時間にお昼だなんて珍しいですわね」


 女子棟兵士食堂は園遊会やお茶会などによく使われる大庭園に面して作られているということもあり、そこを眺められるテーブル席が一番眺望がいい。

 そんなわけで、一番南側にある窓辺で食事を取っていたエルドライゼ姉妹のもとへと、一人の女性が近寄ってきた。

 独特の紫ローブを着込んだ魔導士。

 ミカエラ・ゼーレ・エスペランツァーである。


「まぁね。今日はお嬢様に用があるとかで、交代の先輩が先に食事行ってこいって、気を利かせてくれたんだよ。だからたまたま早いだけで、いつもは不定期だ」


 話しかけてきたミカエラに、ガブリエラはそう答えた。

 専属護衛としては彼女たち姉妹が二人ついているが、他にもこの数年間で交代要員が増員されている。


「へぇ、そうなの。護衛騎士もいろいろと大変ね」


 そんなことを言いながら、ミカエラはガブリエラの隣の席に腰を下ろす。

 彼女が手にしていた昼食もシチューである。


 基本、兵士が食べる食事は目や舌で楽しむための料理というより、いざというときにしっかりと動けるようするための、栄養バランス第一に考えて作られたものが多い。


 そのため、メニューは一種類のみで、毎食全員が同じ料理を口にすることになる。

 そして今日はたまたまクリームシチューだっただけのこと。


「ここの料理って味もしっかりしていておいしいのだけれど、微妙に華がないから物足りないんですのよね」


 まずそうな顔をしながらも、白いとろみのあるスープを口に運んでいくミカエラ。


 今日のシチューはぶつ切りのジャガイモやにんじん、タマネギなどが入れられているオーソドックスなものだが、形がなくなるまでじっくりことこと煮込まれているので、文字通りほとんど具が見当たらない。


 その代わりに、洞窟コッカトリトスと呼ばれる鶏のような魔獣のもも肉が多めに入れられている他、ブロッコリーなどが付け合わせとして添えられていた。


 それ以外にも、シチューの他に丸パン、ソーセージ、サラダなどがワンプレートの中に収められている。

 大体このぐらいがいつもの食事量だ。


 なお、公爵家の面々の専属ではない使用人らも、大体東西宿舎で生活しているため、食事の方も各食堂で取っている。

 ミカエラなどの魔導士や医療スタッフなども同様だ。


「ところでミカエラ、最近はどんな感じだ? 確か、職場が別の場所に移ったと聞いたが?」


 あらかた昼食を食べ終えていたガブリエラが唐突にそう問いかけた。

 パンをちぎってシチューにつけてからそれを口に運んでいたミカエラは、口の中のものを飲み込んでからにっこりと微笑む。


「うっふふ。それはもう、ほんっと~うに。最高の毎日ですわ。何しろ、宝物に囲まれて仕事ができるのですもの」

「は?」


 どこかとろんとした瞳をして明後日の方角を見始めた茶髪の魔導士に、ガブリエラは無意識のうちに鳥肌立ってしまった。

 この女がこういう表情をしたときには、決まっておかしな思考に走っていることが多い。

 そのことを彼女は知っていた。


 ミカエラとは長い付き合いとなるし、お家の立場上は彼女の方が上なのだが、そのことを鼻にかけない性格をしているためか、気が合うわけでもないのになぜかいつも一緒にいることが多い。

 だから思うのだ。


『頭のいかれた魔導狂いの女』だと。


「なんだか嫌な予感しかしないんだが? お前、ヴィクター様におかしなことしてないだろうな? 言っとくがあの方はお嬢様の一番のお気に入りだからな? 下手なことしたら――」

「うっふふ。そのようなこと、ちゃ~んとわかっておりますわ。ですが、私の想いは私だけのもの。それを何人たりとも邪魔立てすることなんてできなくってよ?」


 ひたすら面白そうにニヤニヤしている彼女に、ガブリエラは寒気がして仕方がなかった。


(こいつ……何考えているんだ。とち狂うにもほどがある。相手はあのお嬢様だぞ? それなのに喧嘩売るような真似なんかしたら……)


 考えただけでもゾッとしてくる。

 アーデンヒルデお嬢様はまだ十歳と幼いが、中身はもうほとんど成人女性レベルだ。

 そんなお方を怒らせたら命がいくつあったって足りない。

 そう思い、知らず知らずのうちに頬が引きつっていたのだが、


「ひゃわ~~。ミカエラさん、ダメですよ? おかしなことしちゃ」

「はい?」


 すっかり桃源郷へと旅立ってしまっていた女魔導士に、食事を終えたばかりで満足げににんまりしていたシファーが、どこか間延びしたように「メっ」と、軽く睨むのだった。


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