鬼しごき
(コンラート視点)
「おい、エルフリーデ。お前のせいでこうなったんだからな。ちゃんと反省しろよ?」
数日後の昼下がり。
公爵邸地下練武場では、連日のように黒い修練着を着込んだ若者たちが、新組織『蒼天の禍つ蛇』頭目に就任したヴィクターによって鬼のようにしごかれていた。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない……ていうか。本当に今更よ」
壁に寄りかかる形で座り込んで休憩していたエルフリーデ・エーレンフロイスは、ぜぇはぁと荒い息を整えつつ、ふわっふわの白いタオルで額や首回りの汗を拭き取った。
彼女は現在十八歳になったばかりだが、元は隊長という立ち位置にいたためか、新組織でもヴィクターの代わりに隊をまとめ上げる立場――副官に収まっていた。
そんな彼女を補佐する役割を担っているのが、隣に座っていた黒髪黒瞳の青年コンラート・ラーゼンハスナーだ。
彼は二十三歳という年齢で、元陰の部隊『幼年部』の中では結構な年長者だった。
他にも、年長者としては三十二歳の小人族フィンクや、見た目は幼女なのに実年齢が三十歳のテレシア・フェルメーレという狐族の娘がいる。
そういった年上がいるにもかかわらず、年下のエルフリーデが隊を指揮するようになったのはひとえに能力の高さゆえだ。
全十五名の中では最も戦闘能力と情報収集能力に長けていると、シュレイザー公爵からもお墨付きをもらっている。
幼年期も現在も、多少性格に難があるものの、それでも彼女をリーダーに据えたのにはそういった理由からだった。
対するコンラートも、エルフリーデほどの戦闘センスはなかったものの、他のメンバーに比べて突出していたため、元副隊長という立場に収まることとなったのだが。
彼にとってはそれが不運の始まりだった。
『自由奔放な隊長の尻拭い役』
彼につけられたあだ名がまさにそれだった。
つい先日行ったヴィクターとの演習試合がいい例だ。
結果的に彼だけでなく隊のメンバー全員が振り回され、痛い目に遭うことになってしまった。
彼らにとってはもはや、恒例行事といわざるを得ない。
「はぁ……本当に勘弁して欲しいよ」
あのときヴィクターや公爵に逆らわなかったら、もしかしたらもう少し緩い修練メニューをもらえたかもしれないと思うと、それだけが本当に残念でならない。
何しろ、一日千回の腹筋、腕立て、背筋に加え、公爵家の敷地外周を警備がてら二十キロメトラル(二十キロメートル)もランニングさせられる羽目に陥ったからだ。
さすがに休みなくというわけではないから各々のペースでやれるとはいえ、地獄のような体力&筋力トレーニングメニューであることに変わりはない。
(まぁ、身体能力的に無理という人間もいるからな。さすがに必ずこなさなければならないというわけでもないし、できなかったときに罰が待っているというわけでもないけど……)
それにしたってしんど過ぎる。
「だけどまぁ、ヴィクター様も一応、全員の適性を見て訓練メニューを考えてるみたいだし、これを毎日こなせば、相当に強くなれると思って諦めることね」
そう言葉を紡ぐエルフリーデは、うんざりとしたような表情の中にも、どこか面白そうな笑みを浮かべている。
「お前がそれを言うなよな……たくっ。俺たちだけだぞ、ここまでハードな訓練課されてるのは。絶対にお前が悪い。ヴィクター様に生意気な口聞いたから、俺までとばっちり喰らう羽目に陥ったんだからな」
「そんなの知らないわよ。私は何も悪くないし、当然のことをしただけだし」
彼女は休憩はこれまでといわんばかりに立ち上がる。
「さてっと……外回り行ってこよ」
呟くようにそうこぼすと、一人さっさと外に向かって歩いていってしまう。
「あ、おいっ……待てよっ」
コンラートも慌てて立ち上がるが、筋肉を酷使したせいで思うように歩けない。
それを振り返りながら眺めていた金髪娘がニヤリと笑った。
「だっさ。まるでよぼよぼのおじいちゃんみたいじゃない」
クスクス笑いながら一人走り去っていく彼女。
「たくっ。あいつは……誰のせいだと思ってるんだよ。ていうか、あいつは体力お化けか……。まるでヴィクター様にそっくりじゃないか」
練武場の片隅で他のメンバーの様子を見ながら指導しているヴィクターに聞こえないよう小声で呟き、外へと出ていった。
屋外に出た彼に、秋の空が涼しげな風を運んでくる。
一足先に走り始めたエルフリーデを追いかけながら、
「はぁ……ほんっと……あいつは黙っていれば年相応に可愛いのに、毎回毎回厄介事ばかり持ち込むから、まったく可愛げがないんだよな……」
苦労性のコンラートの呟きが誰かの耳に届くことはなかった。




