74.結成
その後、旦那様や私、それから白銀の髪の幼女によって、元いた練武場中央へと集められた陰十四名は、私と旦那様の前に片膝つく格好となっていた。
なお、白銀の幼女はなぜか私の真横で私のズボンをつかみながら立つという、おかしな図式となっている。
「ぅううぅ……あり得ない……」
前列中央でひたすらブツブツ呟いているエルフリーデ嬢に思わず苦笑してしまう。
「まぁ、そう落ち込む必要もありませんよ。確かに今回、あなた方は私相手にまるで歯が立ちませんでしたが、さすが旦那様が鍛え上げられただけのことはあります。以前、お嬢様のお誕生日会でお相手さしあげた賊よりも、あなた方の方が遙かにお強い。今回戦ってみて、そう確信できましたし」
「ですが……勝てなければ意味がありません……」
口を尖らせぶそ~としている彼女に、旦那様も笑われる。
「まぁ、今回は相手が悪かったと思って、潔く諦めることだな」
「そんなあっさりと――ていうかそれって、つまり最初から勝てないってわかっててけしかけたってことじゃないですか……いくらなんでも酷すぎます……」
いじけたように呟く彼女に、
「そう腐るな。今回の組織再編はお前たちにとっても悪いことばかりではないのだからな。ヴィクターのもとで修練を積めば、必ずや今以上に強くなれるはずだ。さすれば、お前たちは現在、第一線で活躍している第一部隊や我が公爵家の騎士たちよりも確実に強くなれるのだぞ? それだけではない。お前たちが強くなれば我が公爵家も今以上に栄華を極められる。これは、お前たちにとっても嬉しいことであろう?」
「それは……そうですけどね」
大分気分が落ち着いてきたのでしょう。
他の面々だけでなく、エルフリーデ嬢の表情も引き締まってきた。
「だからまぁ、そういうわけでだ――エルフリーデよ。そしてここにいる皆の者。今後はヴィクター指揮のもと、修練に励み、この公爵家を盛り立ててくれることを期待する」
いろいろな意味で納得できないことも多々あるでしょう。
ですが、眼前の十四名は「はいっ」と、一拍置いたのち、威勢よく返事をした。
そんな彼らの決意の表情を見たうえで、私は「ところで、旦那様」と、声をかけていた。
「ん? なんだ、ヴィクターよ」
「はい。先刻、彼らを自由に扱っても構わないとおっしゃいましたが、何かご希望はございますか? どのように仕上げたいとか」
「ん~……そうだな。当面はこいつらを戦場に放り込んでも死なないように鍛えろ。そのうえで、お前の研究を手伝う職員として、あるいは従来どおり、この屋敷周辺の諜報活動や警備に従事させればよかろう」
「そうですか。わかりました。そのようにいたします」
私は軽く腰を折りながら、内心では「また無茶ばかりおっしゃる」と思わないでもありませんでしたが、正直、禁術研究を進めるうえで人手が足りなかったのも事実。
それに今は公爵家周辺事情は落ち着いているものの、いつ何時おかしな事態に巻き込まれるかわからない。
本来の歴史では、数年前に発生した王太子暗殺未遂事件などという不可解な事象は起こらなかったのだから。
――旦那様もいろいろ考慮されたうえでの今回のご采配。存分に活用しろということなのでしょうね。ただ、
「ですが旦那様、もう一点気になることがございます」
「ん?」
「本来、彼らは陰として人前に出ることなく運用されていたわけですが、これからはそうもいかなくなります。そちらに関してはどのようにお考えですか?」
「そうだな……」
しばらく考え込んでおられたが、どうやら何も思い浮かばなかったようです。
「ヴィクターよ、何かいいアイディアはあるか?」
「そうですね……ではこういたしましょうか。私の本職は執事にございます。であれば、その執事が部下をこき使ってもおかしくないような立ち位置がよろしいかと」
「ふむ、なるほど。ということは……」
「えぇ」
私と旦那様は二人してニヤッと笑い、眼前の陰たちに向き直った。そのうえで、
「あなた方には身分を隠すため、今後は執事や侍女としてお屋敷勤めしていただきます」
皆一瞬、ぽかんとするが、
「えぇぇぇぇぇえぇぇ~~~!」
エルフリーデ嬢を筆頭に、全員が全員悲鳴を上げた。
しかし、私は笑顔を崩さない。
「そういうわけですから、みなさん。今後は陰としての修練だけでなく、執事・侍女としての教育も徹底的に行ってまいります。ですので、そのつもりで覚悟していてください」
これ以上ないといわんばかりに微笑むと、
「ぃやぁぁ~~~! 勘弁してぇぇぇ」
なぜか、エルフリーデ嬢が頭を抱えて吠えるのだった。
――こうして、かつて公爵家の陰の部隊と呼ばれていた者たちは、この日をもって組織を再編され、以降は『蒼天の禍つ蛇』と名を改め活動していくこととなる。
女性メンバー扮する侍女たちは、『黒鳳蝶の戦女神』――コードネーム『ノワール』として。
男性メンバー扮する執事たちは、『鴉揚羽の蛇龍』――コードネーム『クロウ』として。
すべてはお嬢様の未来のため。
ひいては旦那様や公爵家の繁栄のため。
ついでに王国安泰のため。
そうして私たちは日夜、修行と研究と、陰の任務に邁進していくのであった。




