8.その後の事情説明1
私がベッドの上の人となってから既に一ヶ月が経過しようとしていた。
つまり、現在は目を覚ましてから約二週間が経過しているということになる。
公爵家お抱えの医師団の腕がよかったのか。
それとも定期的に治癒魔法を施しに来てくださるお抱え魔導士の腕がよかったのか。
はたまた魔導産業革命以降、飛躍的な進歩を遂げた魔導医療機器のお陰か。
私は上半身起こせるぐらいには回復していた。
相変わらず包帯は取れていないし、紫色に変色した皮膚は錬金術による再生医療の真っ最中だったから、見るも無惨な有様のままだった。
それでも、運ばれてくる食事を一人で食べられるまでにはなっている。
さすがに左腕がなくなってしまったため、食べづらいのは事実だ。
それでも幸い、利き腕が右だったから、どうにかなっている。
あれから改めて私のもとを訪れ、情報のすりあわせ作業を行ったときに説明してくださった旦那様や医師たちの話によると、どうやら私が受けた毒矢は一滴で致死量となるレッドタイガースコーピオンという魔獣から採取した猛毒が使われていたらしい。
すぐに駆け付けた常駐魔導士による上級治癒魔法により、なんとか毒素を中和したとのことだったが、それでも壊死した細胞の損傷は相当酷かったらしい。
毒矢を受けたあと、お嬢様奪還のために派手に動き回ったのが致命傷となったようだ。
治癒魔法を施したときにはもう、毒が全身に回っており、本来であれば死んでいてもおかしくなかったのだとか。
「ですが、なんだかよくわかりませんが、ヴィクター殿にはおかしな防護魔法のようなものがかかっておりまして、そのお陰で、毒の耐性が常人よりも高かったようなのです」
治癒してくれた男性魔導士がそう説明してくれた。
当然、私にそんな防護魔法などかけられる能力などなく、思い当たる節といえば、例の魔女ぐらいか。
私の全身を包み込んだ闇色の光。
依然あの正体は謎のままだが、可能性として考えられるのはそれぐらいだろう。
それから、私の肘に刺さった矢だが、どうやら骨を粉々に砕いてしまったらしく、毒による壊死の影響もあり、どれだけ高度な医療技術や魔導具、高等魔法を駆使しても、治すことは不可能だったようだ。
そこで、このままでは腕の傷が原因で全身が腐り死に至る可能性が高いとかで、やむなく切断に至ったらしい。
一、二週間前、状況説明のために医師とともにお顔をお見せになった旦那様を始め、その場に立ち会ってくださったお嬢様、奥様方全員、とてもお辛そうな表情をされていた。
かくいう私も、初めて自分の身体の状態を確認したときには激しい衝撃に精神を蝕まれそうになっていたぐらいですし。
無理もありません。
ですがそれでも、私の場合は、お嬢様と再会できたことへの喜びの方が勝っていましたから、機能不全に陥った自分の身の上など、すぐさま頭の中から吹っ飛んでしまいましたが。
ですので――
「ご心配召されるな。旦那様方がそのようなお顔をなさる必要はございません」
「しかしっ。お前から何があったか、そのすべての事情を聞いた今となっては、そうもいくまい! ヴィクターよ。お前は間違いなく、我が娘アーデの命の恩人なのだぞ!?」
「そうですよ? あなたは旦那様だけでなく、私にとってもよき友人であり、大切な家臣なのです。それをいたわらずしてなんとしますか」
私と同い年の公爵夫人アナマリア様までが、上品な佇まいで凜とした声音をお聞かせくださった。
とても聡明で整ったお顔をされているお美しい女性。
波打つ豪奢なプラチナブロンドの髪と切れ長の碧眼。
長い睫毛。
どれを取っても芸術の域に達していらっしゃる。
美丈夫で宮廷ではご婦人方の注目を一身に集められる旦那様と、とてもよくお似合いの女性だった。
そして将来、奥様と瓜二つのお姿となられる今は幼きお嬢様。
我が主も幼いながらにとても艶のある美しい髪をしておられる。
本当に絵画から出てきたようなお三方だった。
「ともかくだ、ヴィクターよ。お前が命の恩人であることに変わりはない。それゆえ、我が態度が永遠に変わることはないと、肝に銘じよ」
「――御意に」
相変わらずおかしなところで律儀で真面目なお方だ。
私は軽く頷いたあとで、
「ところで賊どものその後はいかようになりましたか?」
「あぁ。その件か。いいんだか悪いんだかわからんが、お前が切り倒した賊どもはすべて、既に死んでおった」
「やはりそうでしたか」
「あぁ。だが、腕に入れ墨のある男だけはかろうじて生きておってな。頭骨を骨折しておったから死にかけだったが、治療して情報を引き出そうと牢にぶち込んでおったのだが……」
旦那様はそこで一拍置かれ、残念そうに溜息を吐かれる。
「自害しやがった――いや、正確にいえば殺された、だな」