71.公爵家の陰の部隊
昼近くなった。
私はミカエラ様と今後の打ち合わせを行ったあと、あとのことをお任せしてお屋敷地下にある屋内練武場へと向かった。
朝、旦那様に言伝された例の『陰の部隊』と初顔合わせするためである。
旦那様がおっしゃる『陰の部隊』とは、以前、お嬢様のお誕生日会で私が警備主任として預かった『特殊部隊』のことだ。
本来であればシュレイザー公爵家当主がすべてを陣頭指揮する陰の諜報部隊なのだが、よくわからないまま丸投げされてしまった。
まったく……。
旦那様は相変わらずですね。
確かに一度だけ一緒に仕事をし、情報のやりとりはしましたが、それはあくまでも四年も前のこと。
しかも、一度も顔を合わせてはいないのです。
それなのにいきなり彼らを指揮しろと、本当に無茶をおっしゃる。
――まぁ、それだけ、私のことを買ってくださっているということですし、素直に嬉しいの一言に尽きますがね。
新工房からお屋敷内へと入った私は、そのまま昼食を取らずに地下へ続く階段を降り、練武場へと顔を出した。
「ほう……これが噂に聞く」
広い地下練武場には、総勢十五名にも及ぶ若い男女が一堂に会していた。
「来たか」
待ち合わせ時間ぴったりに現れた私に気付かれたのか、公爵家の陰と話し込んでおられた旦那様がニヤッと笑みをこぼされた。
それに応じる形で、黒っぽいチュニックにズボンといった出で立ちの若者たちが私を注視する。
黒服の彼らは縦二列となって横並びに整列していた。
前列に九名、後列に六名といったところでしょうか。
そんな彼らの前に陣取るように旦那様が立っておられる。
「待っていたぞ、ヴィクターよ」
「遅れて申し訳ございません。工房の方で調整を行っていたものですから」
「またか。お前は相変わらずだな。手を抜くということを知らんのか?」
どこか呆れたように笑われる旦那様に、
「すべては公爵家の御為にございます。手を抜くなどもってのほか」
旦那様のすぐ近くまで歩み寄った私はニヤッと笑い、慇懃に腰を折った。
旦那様はやれやれと肩をすくめられたあと、真顔となられた。
「まぁいい。今日ここに呼んだのは他でもない、今朝話した例の件についてだ」
「公爵家の陰の部隊、でございますね」
「あぁ。こいつらとは以前、一緒に仕事をしたことがあったはずだからまったく知らないわけではないだろうが、まぁ、直接の面識はないだろうしな。ゆえに、こうして顔合わせの場を設けたのだ」
「左様でございますか――ですが、本当に陰として組織していた部隊を再編成し、表舞台にて動かされるおつもりでしょうか? 彼らの主な任務である諜報活動が疎かになりませんか?」
「あぁ、その件か。おそらく大丈夫だろう。ここにいる者たちが陰のすべてではないからな。我が公爵家が抱える陰は総勢五十に届くかどうかといったところだ。そしてその大半は既に実戦配備され、常にここへと最新の情報を送り込んできておる」
「つまり、ここにいる彼らは諜報活動に携わらなくとも支障はないと」
「最悪な。まぁ、どちらにしろ、今すぐ大々的に組織改革するのはさすがに無茶だろうし。とりあえず、ようやく一人前になってきたこいつらをお前の配下に付け、しばらく様子見してから本格的に陰すべてを預けようと思っている」
「なるほど。そういうことにございますか」
私が以前お預かりした特殊部隊――陰は、当時、一部を除いて皆十三とか本当に年端もいかない子供たちばかりだった。
あの頃はまだ見習いも見習いで、歴戦の猛者として活動されている大人の陰たちと比べたら足下にも及ばない存在だったことでしょう。
しかし、今は違う。
旦那様主導の下、この四年間で随分と成長されたようだ。
年齢や身体付きだけでなく、雰囲気もあの当時、通信魔法越しに感じたものとは明らかに異なっている。
おそらく、諜報技術も相応に積んできたはず。
だからこそ、私は思う。
そんな彼らを本当に自分に預けてもいいのかと。
そして彼らを使っていったい自分に何をさせようとしているのかと。
私は右から順に一人一人品定めしていった。
前列の九名のうち、男は二人でそれ以外は皆、少女だった。
しかも、その大半が人族ではなく獣人やエルフ、小人族といった多種族編成。
本当に噂どおり、訳ありの子供たちばかりを集めてきたということなのでしょう。
しかし――
「あの、旦那様……」
「ん? どうした?」
「いえ。一人、どう考えても陰として不適切な子供がおるように思われるのですが」
私は自分から見て一番左端に立っていた小さな女の子を見つめた。
そこには誰がどうみても、人族の幼女としか思えないような、とても小さな女の子がきょとんとしながら立っていた。
白銀の長い髪と水色の瞳をした正真正銘人間の子供。
数年前のお嬢様を彷彿とさせるようなとても愛らしい女の子だった。
一瞬、小人族の女の子かとも思ったが、列の右手側に控えている小人族の男子と比べても、明らかに顔つきが幼い。
そこから考えても見間違いとは思えない。
「まぁ、お前が驚くのも無理はないだろうな。何しろ、以前、お前にこいつら預けたときにはまだ赤ん坊だったしな」
「あ、赤ん坊……!? それは拾ってきたばかりだったということですか?」
「ん? まぁ、そういうことになるか? あ~、言っておくが、俺が拾ってきたわけじゃないからな? 妻絡みの関係貴族が慈善活動に力を入れているとかで、その流れからうちに引き取られてきたらしい」
「らしい……」
旦那様……。
あまりにも適当過ぎて軽く目眩を覚えてしまった。
そのような曰く付きの幼女を陰として育てるとは。
まぁ、他の子供たちも似たような境遇で引き取られ、陰としての訓練を施されてきたわけだから、いつもどおりといえば相違ないのでしょうが……。
「はぁ……とりあえず、事情はわかりました。ですが、改めてお伺いいたしますが、本当に彼らを私が指揮するのですか? 今後の軍備増強もかねてとはおっしゃいましたが、具体的にはどのような未来予想図を描いておられるので?」
「ん~。そうだな。お前が運用しているその力をフルに発揮できるような、そういう組織に作り上げればよかろう。その方が都合がいいだろう? 新工房の人員も、お前たち三人だけじゃ足りないだろうしな」
「確かにそれはそうなのですが……」
「ま、ぶっちゃけ、自由に使えということだ」
そうおっしゃって、ニヤッと笑われる旦那様だった。
――はぁ……。なんと言いますか。
年々、適当振りにますます磨きがかかってきているような気がして、正直、将来が心配になってきましたよ。
正史ではあれだけ偉大な御仁へとご成長されていったというのに。
もしかして、私が禁術を手に入れたことが原因ですかね?
すっかり安心しきってしまっているとか?
いろいろなことが脳裏をよぎったが、今はそのようなことにうつつを抜かしている場合ではない。
私はすぐさま現実問題へと向き直り、どうしたもんかと頭を悩ませた。
旦那様のご要望どおり、彼らを組織するのはいいし、実力が足りなければ私の手で鍛え直して、公爵家最強の部隊に育て上げるのも悪くはないでしょう。
ですが、禁書の力をおいそれと多人数に教えていいとは思えませんがね。
「困りましたね……」
誰に言うでもなく呟いたときだった。
「あの、旦那様。お話中申し訳ありません」
前列一番右手側に立っていた金髪碧眼の娘がそう声を上げていた。
「ん? どうした、エルフリーデ」
「はい。あの、お話がよく見えないのですが、私たちはもしかして、旦那様の指揮から外されるということでしょうか?」
「あぁ。そうなるな。最終的にはお前たち陰すべてがヴィクターの指揮下に入ってもらうことになるが、とりあえずその前段階として、ここにいる新人十五名を本日よりヴィクターに任せようと思っている。何か異存はあるか?」
優しげな、されど王者の貫禄を見せる旦那様の言動に、長いウェーブがかった美しい金髪をハイポニーテールにしていた彼女は、一瞬困ったような表情を見せた。
その後、私のことを一瞬チラ見し、口ごもってしまう。
そんな彼女を見て、旦那様が肩をすくめられた。
「言いたいことがあるならはっきりと言え。今回ばかりは事が事だ。無礼を許すゆえ、さっさと申せ」
「……わかりました」
エルフリーデと呼ばれた娘は一度深呼吸したあと、旦那様ではなく、なぜか私を見て右手の人差し指を突きつけてきた。
「旦那様に反意を申し立てるわけではありません。ですが、今回の決定は断固反対です! 以前は確かに一度、ヴィクター様の指揮下に入って警備を行ったことがあります。ですがあれは、旦那様麾下の直轄部隊として動いただけのこと。私たちは旦那様のもとだからこそ、お仕えできる誇りと喜びを胸に、日夜がんばってまいったのです。それなのに、他の方の指揮下に入れなどとおっしゃらないでください!」
「なるほど、お前の意見はよくわかった。他の者たちも同じか?」
旦那様の表情からは喜怒哀楽のすべてが失われていた。
無表情に全員を見つめていかれる。
眼前の黒服たちは視線が合うと、皆が皆気まずそうに目を逸らした――ただ一人、状況がよくわかってない風の幼女を残して。
「ふむ。わかった。ならばこうしよう」
旦那様はそこまでおっしゃるとニヤッと笑われた。
なんだか非常に嫌な予感がしたのだが、こういうときの勘はよく当たる。
「お前らが納得いかないというのであれば、一つチャンスをくれてやろう」
「チャンス……ですか?」
エルフリーデが胡乱げに問い返してくる。
「あぁ、そうだ。今からお前らに試練を与える――エルフリーデよ!」
「は、はい!」
「今からヴィクターと試合をしろ!」
「え?」
「は?」
エルフリーデ嬢と私はほぼ同時にぽか~んとなった。




