68.四年後、相変わらずの公爵家
大変長らくお待たせいたしました。
本エピソードより【第2部】スタートとなります。
またしばらくの間、お付き合いくださると嬉しいです(ぺこり
大分秋も深まり始めた十月初め。
お嬢様六歳のお誕生日会を行ったあの日から、早くも四年半の歳月が流れていた。
現在、私は二十九歳となっている。
お嬢様も十歳となられ、旦那様も三十六となっておられる。
私の周りの環境はあまり変わっていない。
さすがに四年以上も経過しているから、公爵家に詰める者たちは全員それなりに年をとっているし、家族構成が変わっている者たちもいるだろう。
結婚を機に、夫の屋敷に入るために騎士を引退した女性たちも何人かいる。
訳あって働けなくなり、実家に戻っていった侍女たちも少数ではあるが、やはり幾人かいる。
しかし、多くの者たちは変わらず、このお屋敷の中で生活していた。
私はいつものように朝九時頃、お嬢様がお待ちになっている三階サロンへと向かったのだが――
扉の前に立った折、中からざわついた声が聞こえてきたため、ノックするのを躊躇ってしまった。
その間にも話は続いている。
「――あら、お父様? 私はもう幼くはないのです。そこまで甘やかさなくても結構ですわ」
「しかし、お前。ヴィクターには相変わらず甘えているではないか」
「それはもちろんにございますわ。だって、ヴィクターは私の専属執事なのですもの。わ・た・く・し・だけのヴィクターですもの。甘えていいに決まっておりますわ」
「あらやだ。あの娘ったら、女の顔をしてますわ……はぁ」
「アナマリア。あなたはあの娘をどのようにしつけたのですか……」
声を聞く限り、どうやらお嬢様だけでなく、旦那様を始め奥様や大奥様までおられるようだ。
しかし――
……いったい、あなた方はなんの話をしておられるのか……。
話のすべてを耳にしたわけではないので、実際のところ何を話されているのかよくわかりませんでしたが、どうやら旦那様のいつものお嬢様可愛さについて一悶着されているようだ。
――本当に相変わらずですね、旦那様は。四年経ってもそれだけは変わらない。
まぁ、それだけ平和で何よりといったところではありますが、正直、改善すべき点でもある。
旦那様だけでなくお嬢様に関してもそう。
日を増すごとに、あの方はどんどん聡くなられているような気がする。
精神面も本来の歴史同様、表向きはかなり強靭な女性へとご成長なさっておられる。
貞淑さに関しましても、十歳にして既に奥様並みの品性の高さを示し始めておられる。
本来の歴史ではあれほどじゃじゃ馬だったというのに、表面上は影も形もみられない。
そう。
あくまでも表面上は、ですが。
お嬢様は時折、私の前だと、駄々っ子のようになってしまわれるのだ。
本当にやれやれです。
あれだけは早急になんとかしなければなりませんね。
まぁいいでしょう。
ともかく。
私は扉一つ隔てた向こう側で、高笑いなさっているお嬢様のお声を聞きながら、ノックして中に入った。
◇
「おはようございます、お嬢様。それから、皆様方」
「おはよう、ヴィクター。今日もいつもどおりの時間ですわね」
「えぇ。それが私めの務めですので」
水色のドレスを着用したお嬢様が、ニコニコされながら私のもとへと近寄ってこられる。
扉のすぐ隣には、本日の早番を務めるリセルが立っており、私と目が合うと会釈してきた。
赤髪をポニーテールにしている彼女も今は二十三歳となっている。
十代だった頃はまだ少女の面影残る顔立ちをしていたが、今ではすっかり大人の女性特有の色香を醸し出していた。
「ところで、本日はみなさん勢揃いされておりますが、何かあったのでございますか?」
背が大分伸びて、今では私の胸の高さぐらいあるお嬢様に付き従いながら、部屋の奥へと歩いていった。
旦那様や奥様、大奥様は、お嬢様が普段おられる中央窓辺のテーブル席ではなく、入口から向かって左手奥のソファー席に腰かけておられた。
「いや、特に用ということもないのだがな。たまにはこちらで朝を過ごすのもいいだろうと思ってな」
そんなことをおっしゃりながらも、旦那様はどこか仏頂面だった。
「まったく……よくもまぁ、そのようにポンポン適当な台詞が出てきますわね」
とはアナマリア奥様だ。
「本当に。いくつになってもアーデに対する甘さだけは直らないのですね。いい加減、シャキッとなさい」
「何をおっしゃりますか、母上。私は別に甘くもありませんし、普段からキビキビしておりますとも」
奥様方二人から呆れたような眼差しを向けられながらも、旦那様は頬を引きつらせ反論なさっておられたが……。
――旦那様……ときどき私をチラチラ見るのはやめてくださいませんか?
いかにも助けて欲しそうにされている雇い主を拝見し、思わず溜息を吐いてしまった。
仕方がありません。
このまま無為に時間が流れるのもあれですし。
「それで、旦那様。どのようなお話をされていたのですか?」
話の矛先をこちらに向けるために助け船を出すと、待ってましたといわんばかりに会心の笑みをお見せになる。
「よくぞ聞いてくれた、ヴィクターよ。そのことなのだがな、実はアーデももう十歳になったし、そろそろ社交界デビューのための準備に入らねばならんと思ってな」
「準備でございますか」
貴族の場合、十五歳の成人の儀に合わせて王宮で夜会が開催される運びなっている。
そしてそこが、正式な社交界デビューの場として認知されている。
もちろん、十五になる前にお茶会や夜会などに参加することも多いため、正確にいえば既に社交界デビューを果たしている子供たちも多い。
しかし、未成年の場合にはデビューしたとは認められないのだ。
「なるほど。時期的には確かにそろそろですね」
「あぁ。そこでだ。五年後の正式デビューのための予行練習を兼ねて、アーデ自らが主催するお茶会を開催しようと計画しておったところなのだ」
「そういうことでしたか」
「一応、初めてだし、最初は小ぢんまりとしたものでよかろうと思ってな。それゆえ準備期間も一月ほどで足りるだろうと思っておったのだが、いろいろ根回しも必要だろう?」
旦那様は何かをくんで欲しそうなお顔をされている。
私はそれだけで、何をもめていたのかすべてを理解した。
つまりは娘可愛さと心配さゆえに、お嬢様主催のお茶会練習とおっしゃりながらも、旦那様ご自身がいろいろ準備なさろうと画策していたということなのでしょう。
そしてそのことを、お嬢様を始めとした奥様方に突っ込まれていたと。
ソファーに座る公爵家の方々を見渡してみると、相変わらず、奥様や大奥様が白い目を旦那様に向けられていた。
「大体のことはわかりました。それで、実際のところはどうなさるおつもりですか?」
私の質問には大奥様が答えられる。
「あなたも知ってのとおり、この手の夜会やお茶会の主催に関しては主に、各家当主の妻や娘がするものです。招待客への招待状や、お料理の手配、日取りなどに関してもそうですね」
「えぇ。存じ上げております」
「ですので本来であれば、今度のお茶会の差配もすべてアーデ自らが行わなければなりませんが、さすがにいきなりは無理でしょう。ロードリッヒではありませんが、一応、私やアナマリアがサポートに回る予定でいます」
「そうでしたか。でしたら何も心配いりませんね」
にっこりと微笑んでみせる私でしたが、
「それがそう簡単にもいくまいよ」
すかさず旦那様がどこか仏頂面でツッコミを入れてこられた。
「とおっしゃいますと?」
「最近はいろいろと周辺がきな臭いだろう?」
どこか意味深におっしゃる旦那様に、私はなるほどと思った。
確かに、最近の王国を取り巻く世界情勢はあまり芳しいとは言い切れない。
ある意味、ここ数年のお屋敷事情は結構明るく、平和な毎日を過ごしていることは事実だ。
宮廷内での派閥闘争は相変わらずよくはないが、とりあえず敵対勢力に神経を尖らせ続けなければならないといった状況にもなっていない。
あるいは、数年前から勃発していた西大陸での紛争も今は小康状態と聞く。
そういった意味では何も問題ないように見えるが、しかし、この国南東に位置するランヴァルシア帝国の動きは、ずっときな臭いままだった。
軍事力を増強、あるいは頻繁に大陸渡った諸外国と外交使節のやりとりをしているとも聞く。
直接お嬢様に対して何かが起きそうな雰囲気はないが、安心ばかりもしていられない。
旦那様はどうやら、そうおっしゃりたいらしい。
「つまり、何が起こってもいいように、何かしらの手を打って万全を期したいということですね?」
「そのとおりだ! わかっているではないか、ヴィクターよ!」
「え、えぇ。まぁ……」
旦那様の過保護振りを考えれば誰でも思いつく答えだった。
「まったく。考え過ぎなのですよ、お前は」
「何をおっしゃいますか、母上。備えあれば憂いなしと申すではありませんか」
「だからといって、『陰』を使うのはやりすぎだと思いますけどね」
「かもしれませんが、丁度いい機会だと思いませんか?」
旦那様と大奥様はそんなことを話されたあと、私の方を向かれる。
「というわけでだ、ヴィクターよ。今回のお茶会のことに限らず、今後の公爵家のことも踏まえて、一度、軍備の再編成を行おうと思っておる」
「再編成にございますか?」
「あぁ。以前、お前にも預けたと思うが、我が公爵家の陰の部隊をお前にすべて委ねる。奴らを指揮し、お前の手で新たな組織を作るがよい!」
「は?」
会心の笑みを浮かべられる旦那様が何をおっしゃったのか理解できず、私はただぽか~んとするしかなかった。




