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お菓子を作るお嬢様2

(アーデ視点)




 アーデはその後、エライセンに教わりながら残りの工程を着々とこなしていった。


 卵黄を混ぜてひたすらかき混ぜ、そこに小麦粉を入れて更に混ぜ、アーモンドパウダーも入れて混ぜ続けた。

 さすがに一人でやり続けるのは無理だったので、マーガレットやエライセンと交代で行った。


 その際、当然のように、二人が行っている作業を熱心に見つめていた。

 目で覚えて、すべての工程を頭に叩き込もうと必死だった。


 そうしてプレーン生地が仕上がったら、今度はそれを冷却魔法が使える料理人に手伝ってもらい、瞬間冷却した。

 いい感じに冷え切ったところで、ボウルから取り出してまな板の上に置き、麺棒で均一に引き延ばした。


「あとはこの型を使ってくりぬけば、とりあえずお嬢様がよくご存じの形になります」

「へぇ……あのお星様やハート、丸や四角はこの型抜き? で作ってらしたのですね」

「えぇ。型以外でも、他にいろいろやりようはありますが、今回は一番簡単なもので実践しましょう」

「わかりました」


 アーデは神妙な顔をしながら、指示されたとおりに生地を型でくりぬいて、オーブンプレートの上に並べていく。

 そうしてすべての工程が完了したとき、彼女は年相応の嬉しそうな笑顔を見せながら、両手を上げた。


「やりましたわ! これで……これでついに、私が作ったクッキーが完成するのですね!?」

「えぇ。あとはオーブンで焼けばおいしいお茶菓子の完成となります」


 にっこり笑いながら慇懃に腰を折る料理長に、アーデはひと仕事やり終え、今度は達成感に満ちた笑顔へと表情を変えた。


「ではお嬢様、焼き上がるまでの間、他の種類のものも引き続き、お勉強しましょうか。私がお手本をお見せいたしますので、ご覧になっていてください」

「えぇ。頼みますわ」


 そう答える小さなお嬢様は、額や頬に白い粉を付けながらも、本当に幸せそうに笑っていた。





 それから数時間後。

 既に十六時ぐらいになっていたものの、本日のお茶会は遅い時間に行うという旨を専属執事であるヴィクターに通達してあったため、彼は丁度時間きっかりに三階サロンへと足を運んでいた。


「おや? 本日は料理長殿もご一緒でしたか」


 軽く挨拶の会釈をしてからアーデの元へと近寄ってきたヴィクターに、すぐ側にいた料理長がなぜか手を擦り合わせた。


「そ、そうなんですよ。実はですね、本日のお茶のお時間は、新作料理の試食も兼ねておりまして」

「ほう。試食会ですか」

「えぇ。先日のお誕生日会でお披露目した新作メニューから着想を得ましてね。最近色々試しているのですよ。他にも話題になりそうな食事はないものかと」

「それはそれは。エライセン殿は本当に研究熱心ですね。さすが公爵家お抱えの料理長なだけはある」

「いえいえいえ。それほどでも! あは、あははは……」


 そう照れたような笑みを浮かべながら、なぜか乾いた笑い声を上げる恰幅のいい料理長だった。


「ちょっとお二方? よくわからない無駄話なんてしてらっしゃらないで、私の方に注目してほしいですわ」


 今現在、この部屋の主として君臨しているアーデが、どこかふくれっ面となりながらも抗議した。


「これは、申し訳ございませんね、お嬢様」

「す、すみません……」


 ヴィクターは慣れた感じでにっこり微笑みながら腰を折るが、エライセンはなぜかビクついていた。

 しきりに隣のヴィクターを気にしている。

 今しも逃げ出しそうな雰囲気だった。

 微妙におかしな空気となってしまったものの、


「では早速始めましょうか」


 と、アーデが合図を出す。

 本日は先程エライセンが発言したとおり、いつもと趣旨が違うため、アーデは定位置に腰かけていなかった。

 サロン隣の使用人控え室からテーブルを運び込んでおり、そこにクロスを敷いて、様々なお菓子や料理の数々を並べていたのである。

 ある意味、立食パーティーのような雰囲気だった。


「こちらはヤコウ鹿のもも肉をハーブとワインで煮詰めてパイ包みにしたものにございます」


 料理長がテーブルの上に並んでいる料理を一つ一つ説明していく。

 どうやら並んでいるのはどれも肉を柔らかく煮込んだ料理らしい。

 聖王国北東に生息する大型の鹿の肉を始め、牛肉を甘辛く煮込んだスープ。

 スライスしたバケットの上に、ほろほろになるまでビールで煮込んだ羊肉とチーズを乗せたもの。

 魚介類をワインで煮込んだチーズパスタ。

 などなど。

 他にもいろいろ準備されている。


「これまた随分と多いですね。見たところどれもメイン料理のようですし、今度の夜会の目玉料理ですか?」

「いえ、そういうわけではありませんが、いろいろ思いついたものですから」

「なるほど。では本日はこれらを試食して、今後のメニューに追加できるかどうか検討したいと、そういうことですか」

「えぇ、その通りなのですよ」


 エライセンはそんなことを言って愛想笑いを浮かべた。

 そしてそのあとを継ぐように、


「――はい!」


 待ってましたといわんばかりにアーデが右手を上げる。


「どうかされましたか? お嬢様」

「えぇ。実は今回は私もお料理に挑戦してみましたの」

「なんですと?」


 得意そうににっこにこしているアーデに、ヴィクターは予想外に面食らった顔を浮かべていた。

 彼が何を考えているのかはアーデにはわからなかったけれど、この際、そんなことはどうでもいい。

 既にお着替えもすませ、料理で汚れた手や顔なども綺麗になっている。

 準備は万端。

 彼女の楽しみは今から始まるのだ。


「お嬢様……もしかして、本当にお料理なさったとおっしゃるのですか?」

「えぇ、もちろんですわ。とはいえ、私が作ったのはこちらですけれど!」


 そう言って、彼女はクロスで隠していた大皿を一気にさらけ出した。


「なんと……」


 その言葉にどういう意味が含まれているのかはわからない。

 喜んでいるのか困惑しているのか。

 ヴィクターは目を丸くして固まってしまった。


 アーデが彼にお披露目した皿。

 その上に綺麗に飾り付けられていたのは、彼女が料理長たちと一緒にがんばって作った大量のクッキーたちだった。

 おそらく、百枚以上ある。


 いろんな形のバタークッキー。

 苺ジャムクッキー。

 オレンジジャムクッキー。

 チョコレートクッキー。

 アーモンドクッキー。


 本当に高級菓子店で作られた菓子類のように美しいものばかりだった。

 中には端っこの方が少し形が歪んでしまっているものもあるが、それがまた、いい感じの手作り感を演出している。

 一生懸命、食べてほしい人のことを考えて作ったアーデの真心の表れだった。


「うふふ。どうですか、ヴィクター。驚かれまして?」

「え、えぇ。もちろんにございます。いまだに信じられません。まさかお嬢様が本当にこのようなものをお作りになるとは」


 呆気にとられているヴィクターに、


「すべてをお嬢様お一人で、というわけではありませんが」


 と、アーデの背後に控えていたマーガレットが苦笑しながら付け加える。


「私が作ったのはこの、星とか四角い形をしたクッキーですわ。他は全部、料理長が作ってくださったの」

「そうなのですか」

「えぇ。本日はお勉強の予定も早めに切り上げられましたし、以前にお約束していたとおり、お料理教室を開いていただきましたの」


 アーデはニコニコ笑顔を崩さず、両手を広げてみせる。


「さぁ。そういうわけですから、早速試食会を始めたいと思います! もちろん、私が作ったクッキー、食べてくれますわね?」


 テーブル挟んだ向かい側にいるヴィクターに対して、アーデは下から見上げるようにじっと、笑顔のまま見つめる。

 ヴィクターはなんとも言えないような表情を浮かべていたものの。


「もちろんでございます。不肖このヴィクター、喜んで頂きましょう」


『試食会と言えば、いかな堅物のヴィクターとはいえ逃げ場はない』


 事前にそう、父であるロードリッヒから入れ知恵を叩き込まれていたアーデは、眼前の執事がお辞儀した姿を見て、マーガレットや料理長らと笑顔を交わすのであった。

 そして――


「おいしい! 本当においしいですわっ。見てくださいまし! これ、私が作ったクッキーですの!」


 アーデはそう、自分で作ったクッキーを口に運んでは、ヴィクターの隣で何度も何度も自慢げに微笑むのだった。

 そんな年相応の愛らしい少女を見守るように見つめていたヴィクターも、


「本当においしゅうございますね」


 そう声を漏らし、優しげな笑みで彼女を包み込むのであった。

グルメ系のお話、本当はもっといっぱい書きたいのですが、やっぱりお話を作るのは難しいですね。

一応、料理やお菓子、お酒の文明レベルとかも設定として用意してあるので、機会があったら色々入れたいところではありますが。

いつかグルメオンリーの物語も書いてみたいですね。

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