旦那様とフランツ(フランツの受難)2
(フランツ視点)
「おい、フランツよ」
「なんでしょうか……?」
「話は変わるが、最近アーデがますます俺に対して反抗的だと思わんか?」
「はい?」
本当にいきなり話が切り替わりましたなと、フランツは思わないでもなかったが口にはしなかった。というよりも、
(またですか……まったく、閣下にも困ったものだ。先程まであれだけ政争のことを真剣に考えておられたと思ったら、今度は例によってお嬢様の話題ですか……)
先程の渋面は家族――特に愛娘に手を焼いているときに浮かべるいつもの顔だった。
これで何度目だろうかと思いつつも、フランツは溜息を吐いてしまった。
「おい、聞いているのか?」
「聞いておりますとも。お嬢様がまた、ご機嫌斜めになってしまわれたのですね?」
「そうなのだ! 今朝の朝食時、あいつは俺になんと申したと思う? 『あら? お父様、そこにいらっしゃったのですね。まったくもって気付きませんでしたわ』だぞ!? 最初からずっと一緒に飯を食っていたのにだ! あれではまるで、アナマリアの怒っている時と瓜二つではないか!」
「そ、そうでございますか――どうせまた何かやらかしたのでしょう……」
小声でぼそっと呟いたのだが、
「おい、フランツよ! 何か申したか!?」
「い、いいえ」
「ともかくだっ。アーデがなぜ機嫌が悪かったのか皆目見当もつかんのだ。いくら考えても思い当たる節がない」
そう独り言のように呟いたあと、
「――いや……待てよ? 強いて挙げるとすればあれだろうか? いやいや。待て待て。まさかそのようなことで怒るはずもないしな……」
「閣下。一つよろしいですか?」
「なんだ?」
「今呟かれた、『そのようなこと』とはどのような?」
「あ? あぁ、大した話ではない。今日は新しく新設する工房の件で一日中、ヴィクターと話をする必要があるだろう?」
「えぇ、確かにそのようになっていますね」
「だからそのことをアーデに説明したぐらいなのだが――しかし、まさかその程度の理由で機嫌が悪くなるはずもないしな」
再びブツブツ言い始めてしまった主に、フランツは派手に溜息を吐いた。
(閣下……それが致命的な原因と、なぜお気づきにならない……)
『アーデンヒルデお嬢様がいたく専属執事を気に入っている』、というのは周知の事実である。
それなのに、彼女から一日とはいえ彼を取り上げたらどうなるかなんて、赤子でもわかろうものを。
普段はあれほど頭の回転も早く、宮廷では既に先代に匹敵する手腕を発揮し始めているというのに、家のことになると途端に阿呆となってしまわれる。
(本当に先が思いやられますよ。お嬢様がご成長なされて成人となられたとき、いったいどうなってしまわれるのやら)
今以上に親バカぶりを発揮しなければよいのだが――などと考えていると、
「おい、フランツよ」
「は、はい」
「よくよく考えてみたら、アーデがあのようになってしまったのはヴィクターが大怪我をしてからではないか?」
「え、あ、まぁ……そうでしょうね」
何を今更と思ったものの口には出さない。
「だろう!? 昔はあれほどきかん坊でじゃじゃ馬だったのに、あれから急激に普通の娘のようになったとは思わんか?」
「えぇ、まぁ……でしょうね」
「だろう!? 相変わらずわがままなところはあるし、今日みたいに突然機嫌が悪くなることも多いが、それ以上に貴族の娘として自覚を持ち、日に日に淑女然たる言動を見せてくれるようになった気がする」
「いいことではございませんか。おめでとうございます、閣下。これで肩の荷も一つ降りましたね」
にっこり笑ってなんとか話を逸らそうとしたのだが、
「いいわけあるか!」
「は、はい?」
「アーデはほんっと~~にっ。それはそれはもう可愛くて、とても頭の切れるいい子なのだ。それなのに、そのような娘があんな小さいうちから大人ぶった言動を示してみろ! 一瞬にして妻や母上のような凶暴女になってしまうではないかっ。そうなったら俺は針のむしろだ!」
ぶそ~として背もたれに寄りかかる主に、フランツはクスッと笑ってしまった。
「ずっとじゃじゃ馬振りに手を焼いておられたというのに、直ったら直ったで今度は第三の女帝の誕生を恐れなければならないとは。なんともはや、閣下は女難の相の天才にございますね」
「おいっ。笑い事ではないぞ! 被害に遭うのは俺なのだぞ!?」
「左様でございますね」
こみ上げる笑いが止まらず忍び笑っていると、ロードリッヒは舌打ちした。
「たくっ。外野はこれだから困るっ――しかし、これもよくよく考えてみれば、ヴィクターに責任があるとは思わんか? あいつが怪我をしてからこうなったのだ。やはりあいつはやばいぞ! ――おい、フランツよ。これ以上アーデがおかしくならないよう、こちらにも全力で気を配れ! よいな!?」
そんなムチャクチャな――と思ったものの、決して口にはできず、
「可能な範囲で」
笑いながらそう答えるだけだった。




