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旦那様とフランツ(フランツの受難)1

これ以降の4エピソードは、第一部完結記念のおまけとして書かせていただきました。

楽しんでいただけたらと思います(ぺこり

(フランツ視点)




 アーデンヒルデのお誕生日会が終わってから数週間が経過していた。


 結局、あの日捕らえた生き証人は自爆こそしなかったものの、予想どおり一番知りたかった事件の真相についてはほとんど口を割ることはなかった。


 というより、自白したくてもできなかったといった方が正しいだろう。


 何しろ、彼らは『王太子暗殺』という目的以外、何も事情を知らされないまま、実行部隊に組み込まれたらしかったから。

 ただ、一応彼らが何者なのかは判明している。


寂寞(せきばく)の猟兵団』と呼ばれる傭兵集団で、主に汚い裏の仕事を請け負う者たちらしい。


 金さえ払えば戦争にでも国家転覆にでも、暗殺にでも何にでも首を突っ込むのだとか。


 しかし、数年前に起こった西方大陸での紛争時に、彼らを利用した雇い主たちに罠にかけられ、壊滅寸前にまで追い込まれてしまったとのこと。


 そこで、生き残った連中全員で東大陸にあるこの国まで逃れたところを、素性のわからない男たちに仕事を依頼され、今回の犯行に至ったのだとか。


 昨日の今日でもあるし、本来は信用できない相手との取り引きに応じるべきではないが、食うに困って仕方なく引き受けたと白状した。


 ただ、例によって依頼主に心当たりはないし、仕事に失敗した場合はその時点で即猟兵団は解散される運びとなっていたらしく、おそらく今はもう首領や他の猟兵を探すのも困難だろうと自白していた。


 一応成功時の集合場所にも向かったが、予想どおりもぬけの殻。

 結局、アーデンヒルデ拉致未遂事件同様、めぼしい情報は得られなかった。


 それからヴィクターが怪しいと睨んだロンド・ゼーレ・ロメルト子爵の身辺調査も行われたが、特に不審な点はみられず、それどころか王家に忠実な犬といった印象しかないとのこと。


 単純に計画が失敗に終わり、警戒して大人しくしているだけかもしれないが。


「やれやれ……面倒なことだ」


 王宮に引き渡された賊や容疑者候補に関する報告書をひととおり読み終えた近習のフランツは、自身に与えられた公爵家の文官政務室内にて軽く溜息を吐いた。





 それから更に数週間が経過したある日のこと。

 フランツは通常業務のため、シュレイザー公爵家二階の執務室を訪れていた。


「失礼いたします」


 ドアをノックして中に入ると、正面の巨大な執務机に据え置かれた椅子に、主であるシュレイザー公爵が座っていた。

 そのすぐ横には彼の専属執事であるエヴァルトも控えている。


「来たか」

「おはようございます、閣下。本日はお早いですね」

「まぁな。最近いろいろ考えることが多くて眠りが浅いのだ」

「そうでしたか。医師に診てもらった方がよろしいのでは?」

「既に薬も処方してもらっているが、いまいちな」


 そこまでしゃべり、ロードリッヒは目元を抑えるようにする。

 相当疲れが溜まっているようだ。


「それで本日のご予定なのですが」


 翌日、あるいはその日の業務内容に関しては、前もって専属執事からロードリッヒに話がいっているが、予定が急遽変更となることもある。


 そのため、王宮との取り次ぎ業務を行っている書記官のフランツが、毎朝彼らを交えて確認作業する必要があるのだ。


 本来であればこのような無駄な手間などない方がいいのだが、三公五侯にあたる大臣クラスは王宮と各屋敷の二箇所で業務に当たっていることが多く、どうしてもこの手の作業が発生してしまう。


(まぁ、議会や各省庁の政策立案会議などがない限り、王宮には行かなくてすむから楽ではあるが)


 王宮(あそこ)に顔を出すと、そのたびに敵対派閥とドンパチやり合うことになるため、それを考えれば通信の手間ぐらい、大したことはない。


 そんなわけでひととおり打ち合わせを終えたあと、予定に変更がないことを確認してロードリッヒが背もたれに大きく寄りかかった。

 フランツはそんな主を見て、思わず苦笑してしまう。


「本当にお疲れなのですね。もしあれでしたら、ヴィクター殿に剣の相手でもしてくださるよう、私の方から願い出ておきましょうか? 身体でも動かせば気が紛れるでしょうし」

「剣……ヴィクターか」


 公爵は物憂げに呟いたあと、今度は額を抑えるように机に肘をついてしまった。

 そのうえで、右手でフランツを招き寄せようとする。


「はい?」


 フランツが小首を傾げて近づいていくと、


「あいつはやばい……」

「はい?」


 おかしな呟きが聞こえてきたような気がして、フランツは思わず問い返してしまった。

 すると、ロードリッヒは顔を上げたのだが、なぜか、左頬が引きつっていた。


「あいつはマジで頭がおかしい」

「はい? あの……おっしゃっている意味がよくわからないのですが?」

「あぁ。そうだろうな。言ってる俺だってよくわからんのだからな」


 もはや主が何を言っているのかさっぱりだった。

 元々、ロードリッヒはときどきおかしくなることはある。

 ただ、大抵の場合は家族が絡んでいるときだ。

 それ以外のことでおかしくなることなんてほとんどない。

 それなのに、このような言動を見せるとは。

 フランツは初めて見た気がする。


「閣下。やはり寝不足が原因で精神が参ってしまわれているのではありませんか?」

「……あぁ。確かにそうかもしれんな。だがな、フランツよ。俺の頭がおかしくなっていたとしてもだ。これだけは断言できる。あいつが異常だってことがな。わかるか? 俺の気持ちが?」

「え、えっと……」


 本当にちょっと、公爵が何を言っているのか理解できなかった。

 どう考えても、疲れて頭がおかしくなっているとしか思えない。

 しかし、ロードリッヒはそうと気付かず、更に続ける。


「フランツよ。お前も最近のヴィクターがおかしいとは思わんか? あいつ、毎日俺より早く起きて俺より遅くに就寝し、一日たりとも休まず娘の面倒を見ているのだぞ? それだのに、自由時間にあいつのところへ顔を出したら何をしていたと思う!? 練武場で超高速筋トレしていたんだぞ!? おかしいとは思わんか!?」

「えっと……」


 どう返事していいか迷っていると、まくし立てるようにロードリッヒが続けた。


「しかもだ。あいつ、日に日に化け物じみた戦闘能力まで身につけてきている。筋肉だって、冒険者時代よりも更に磨きがかかった芸術品のような見た目になってきておるのだぞ? おかしいとは思わんか!?」

「そ、そう言われましても……」


 白目を充血させながら勢いよく立ち上がる赤髪の獅子。

 もはや返す言葉もなかった。


 彼が言うとおり、確かにハードスケジュールをこなしているような人間が、欠かさず毎日自らの肉体に重圧をかけていた場合、普通だったら身体を壊してもおかしくはないだろう。

 しかし、人にはそれぞれ個人差というものがある。


 単純に、不死鳥のように蘇ったヴィクターが桁外れのポテンシャルを兼ね備えていただけなのかもしれないわけで。

 フランツの場合、無理やりそう納得しようと思えば簡単にできてしまうのだが、どうやらロードリッヒはそうではないらしい。


「俺はあいつが元気になってくれて本当に嬉しいと思っているし、娘のためにがんばってくれていることも心の底から感謝している。だがな。物事には限度というものがあるのだ。あいつは絶対におかしいぞ? そうは思わんか、フランツよ」


 もはやおかしいという言葉しか口にしなくなってしまった主に、


「そ、そうでございますね」


 フランツはそう答えることしかできなかった。


「ヴィクターめ。本当に体力バカにもほどがある。つい最近まで、あれほどよぼよぼのクソ爺みたいになっていたんだぞ? それなのに、おかしな秘術使って復活したかと思ったら、以前とは比べものにならないほどの身体能力を手に入れやがった。それほどまでに、あの禁書の内容は人知を超えるものだったということなのか?」


 独り言のように訴えてくる主に、フランツは困ってしまった。

 思わず彼の側に控えている老執事エヴァルトを見てしまう。

 彼もまた苦笑して頷くのみだった。


 ヴィクターが禁書庫に入り浸り、禁書の内容を実践したことをエヴァルトもフランツも知っている。


 だから、何かしら禁書――禁術や禁呪がヴィクターに影響を及ぼしたのだろうということは察しがつくが、それでも、彼が以前となんら変わらない人格者であり続けていることは紛れもない事実として、フランツは認識していた。


 とても礼儀正しく、アーデンヒルデお嬢様だけでなく公爵家の面々にも絶対服従を誓い、なんらやましいところは見られない。

 それどころかむしろ、より一層公爵家のために心血を注いでいるようにすら感じられる。

 まさしく、臣下の鑑のような男だった。


 エヴァルトともよく話すが、フランツもエヴァルトも二人して、その姿勢は見習わなければならないなと、常日頃から感じている。


 だからこそ、ヴィクターがそれほどまでに強靭な肉体を手に入れたのであれば、むしろ喜ぶべきことなのではないかと思った。

 心酔するロードリッヒ閣下の御為に働いてくれるのであれば、これほど喜ばしいことはないのだから。


(しかし……もしかして閣下は、何かご警戒なされているのだろうか?)


 強大な力を手に入れた筆頭執事が反意を露わにしないかどうか、危機感を抱いているのではないか?

 思わずそんなことを考えてしまったが、どうやら勘違いだったようだ。


「おい、フランツよ」

「はっ」

「くれぐれも、ヴィクターのあの身体能力の高さを他家の者に気取られるなよ?」

「はい? 他家……でございますか?」

「あぁ。あいつの身体だけじゃない。奴が手に入れたあのおかしな能力も禁術に関してもすべてだ。絶対に悟らせるな。さもなければとんでもないことになる。あいつを巡って他の家が動いたら、必ずや争奪戦が勃発するぞ」

「……なるほど。そういうことでございましたか」


 もしもの話。

 もし仮に、ヴィクターが手に入れた禁書の力が自分たちの想像を遥かに凌駕するものであり、それがまだすべて把握しきれていないのだとしたら。

 そして、その人知を超越した力を手にした男が公爵家に存在するのだとしたら。


 間違いなく敵対派閥が動き出す。

 その力の謎を解き明かそうと。

 その力を手に入れようと。

 あるいは抹殺。

 そうなったら、派閥戦争が激化する恐れがある。


「フランツよ。絶対にあいつを他の家に渡してはならない。情報漏洩しないよう徹底しろ」

「承知いたしました」


 胸に手を当て腰を折るフランツ。

 直後、その頭上から呟くようなロードリッヒの声が降ってくる。


「あいつは誰にも渡さん。そのためならば俺は、悪魔に魂を売っても構わん。これ以上、大切な友を傷つけるつもりは毛頭ない」


 そうシリアスにブツブツ念仏唱えるロードリッヒだった――が。

 ふと面を上げたとき、フランツはおかしなものを目撃してしまった。


 ――苦虫をかみ潰したような顔。


 まさにそれを体現したかのようなロードリッヒの渋面だった。

 彼とは長い付き合いとなるフランツにはよくわかった。

 その渋面が先程までの渋面とはまるで意味が異なるということが。

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