67.宴のあとのティータイム、そして大団円2
パーンッ。
三階北にあるサロンの扉をノックし入った瞬間、クラッカーの音が鳴り響いた。
思わず茫然となってしまう私に、
「ヴィクター! お誕生日、おめでとうですわ!」
「おめでとう、ヴィクター! これでお前も一つ、爺に近づいたな!」
サロンの椅子にも座らず、私の訪れを待っていてくださった公爵家の皆様方。
とても嬉しそうな愛らしい笑顔を浮かべてらっしゃるお嬢様を始め、その隣には旦那様がおられた。
私よりも爺に近い年齢のあなたにそんなことを言われたくないですよと、実際に一度爺を経験している私は笑ってしまう。
旦那様の隣には奥様がおり、更にその隣にはなんと、大奥様までおられた。
「本当に……噂には聞いていたけれど、すごいものですね。今の技術は。まるで元どおりのあなたに戻ったようではありませんか」
「えぇ。これもひとえに魔導産業の発展のお陰にございます」
私の義手を物珍しげに触られながらも、大奥様はどこか楽しげでいらっしゃる。
二女のリリアンローゼ様や、乳母に抱かれ、眠っておられるご嫡男グラハム=リーン様までお越しだ。
私はそんな彼らに囲まれるようにしながら、本日の働き、それからこれまで仕えてきた忠義について、とてもお褒めいただいた。
「これ以上ないお言葉。このヴィクター、本当に旦那様方にお仕えすることができ、幸せにございます」
片膝つこうとする私を慌てたように立たせようとなさる旦那様。
「よせ。そのようなことはするな。陛下も申しておっただろう。今日は無礼講であると。ゆえに今日に限っては、二度とそのようなことをするな。これは命令である」
「はっ」
「お父様? 無礼講なのにご命令なさるのですか?」
「やっ……それは確かに。一本取られたな! がはは」
お嬢様の鋭いツッコミに、旦那様は豪快に笑われた。
そのお姿はお客人の前で見せられた威厳あるお姿ではなく、ただの父親の顔、それだけだった。
「まったく」
「本当に」
奥様と大奥様が呆れられたように溜息を吐かれる。
「あ、そうだっ。ヴィクター!」
「なんでございましょうか?」
「これっ。私からのプレゼントですわ! 大切になさっていただけると嬉しいですの」
そうおっしゃって渡してくださったもの。
それは見事なシルクハットだった。
黒くてとても質のいい、一目で最高級品とわかる品。
「お嬢様……」
予期せぬ出来事に固まってしまった私に、お嬢様が得意げに微笑まれる。
「私、存じ上げておりますの。執事たるもの、外へ出向かれるときにはそれを被っていくのが礼儀であると」
「ヴィクターよ。もらってやってくれ。日頃の感謝の印だ」
「えぇ。本当に、いつも娘をありがとう」
「亡くなられた先代様も、あなたのことは随分と買っておられたのよ? うちのバカ息子の相手をしてくれて、本当に感謝するわ」
「ちょっ……母上! バカとはなんですか、バカとはっ。まったくっ、本当になんてことをおっしゃる!」
その場に笑いが起きた。
私は動揺のあまり、周囲に視線を彷徨わせる。
背後――出入口付近にいた侍女のリセルやマーガレット、それから護衛騎士のガブリエラ女史やシファー女史が、なぜか涙ぐんでおられた。
……あなた方は。
なぜ泣いておられる……?
思わずツッコミを入れたくなってしまいましたが、
「ヴィクター! 早速被ってみてくださいまし!」
「は、はいっ。承知つかまつりました」
恐る恐る被ってみると、まるで最初から私のためにあつらえられてあったかのようなフィット感だった。
「素敵ですわっ。さすが私が見込んだだけのことはあります。とってもよくお似合いですわ」
「ありがとうございます。不肖このヴィクター、一生の宝物とさせていただきます」
シルクハットが落ちないように軽く会釈したとき、後ろでどかっという音がした。
振り返ってみると、リセルとマーガレットが二人して倒れており、それをガブリエラ女史とシファー女史が「おいっ、お前らしっかりしろぉ」と叫びながら、必死になって介抱しておられた。
はて?
本当に意味がわかりませんね。
なぜ倒れておられる?
シルクハットを被った私を見て倒れるなどと、本当に失礼ではありませんか?
どこか恍惚とした表情を浮かべながら失神しかかっている二人。
そういえば以前、ミカエラ様が私のことをどうのと、変なあだ名で呼ばれていたような気が?
小首を傾げながら思い出そうとしましたが、まったく思い出せない。
まぁいいでしょう。
さして重要ではありません。
私は再度、正面に向き直ったあと、お茶会の準備へと移ろうとしておられたご一同を前に、大切なことを思い出した。
「あぁ、そうでした。お嬢様」
「何かしら?」
「私からも贈り物がございます」
「まぁっ。贈り物? 私にもでございますか?」
「はい。これにございます」
ワゴンに乗せて持ってきていた縦長の白い箱。
部屋の外に隠してあったそれを中へと招じ入れて、お嬢様の前へとお出しした。
毎年、お嬢様には何かしら贈り物をさせていただいている。
例年はいつも、パーティーが終わったあとで贈らせていただいたが、今年はこのような会を開かれるということで、このタイミングとなった。
「ヴィクター、これは何かしら?」
「開けてみてくださいませ」
「なんだか私、ドキドキしてしまいますわ」
お嬢様はお言葉どおり、本当に恐る恐るといった感じで大きな箱の蓋を上へと持ち上げていかれる。
その瞬間、
「まぁ! なんとお可愛らしい贈り物なのでしょうか。私、感激してしまいましたわ!」
そうおっしゃりながら、キラキラした瞳でじっと、それを見つめられた。
とても小さな我が主が見つめておられる先。
そこには、お嬢様の上半身ほどの大きさもある、茶色いクマのぬいぐるみが置かれていた。
「お父様! 見てくださいまし! 私のヴィクターが、このような素晴らしい贈り物を私のために贈ってくださいましたの!」
気絶してまったく役に立たなくなってしまったリセルたちの代わりに、他の侍女たちが運んできた紅茶を口にしておられた旦那様方。
お嬢様は、椅子に座るそんな彼らを振り返り、ぬいぐるみを抱き締めながら可憐な白い花束のような笑顔を浮かべられていた。
「おう。今年はいつになくデカいな。いつも何かしらもらっていたような気がするが」
「そうですわね。昨年はブローチでしたか?」
「ひょっとしたら、私たちが贈ったものよりも大きいのではなくて?」
旦那様を始め、奥様、大奥様が慈愛に満ちた笑みを浮かべられていた。
既に旦那様方からはお嬢様へと贈り物が贈られているのでしょう。
さすがに私が贈ったものの方が豪華になってしまいますと、不敬に当たるので一瞬ヒヤッとしましたが。
「ヴィクター! 本当にありがとう! 私、毎日この子を枕元に置いて、一緒に寝たいと思いますわ――その、あなただと思って」
言葉尻おかしな空耳が聞こえたような気がしましたが、ま、まぁいいでしょう。
「左様でございますか。お喜びいただけて何よりでございます。ですがお嬢様? 実はこのぬいぐるみには一つ、細工がございまして」
「え? 細工……ですか?」
「えぇ。少々よろしいですか?」
「えぇ」
もう二度と手放さないとでもおっしゃりそうな勢いで胸にぎゅっと抱きしめておられたぬいぐるみをお預かりすると、私はそれを、いくつかある丸テーブルの一つへと置いた。
クマのぬいぐるみは座っているタイプのもの。
私は周囲の視線が一心に自身とぬいぐるみへ注がれるのを感じながらも、ぬいぐるみの頭頂部を軽く人差し指で押した。
その瞬間。
「きゃ~~! なんですの、これ! すごいっ。すごいですわ! 見て! 見てくださいまし、お父様! あのクマさん、動いておりますわ!」
「ブファッ……。お、おい、ヴィクター! お前、なんだそのぬいぐるみは! なぜ人形が動く!? おかしいだろう! しかもなんだその動きは! アホみたいに高速移動しているではないか!」
「ちょ……旦那様! なんてはしたない!」
「まったく。このバカ息子は……」
いきなり動き始めたクマのぬいぐるみを見て、その場を飛び跳ねきゃっきゃなさるお嬢様と、口に含まれた紅茶を噴き出し、ぶ~ぶ~文句を言い始める旦那様。
奥様と大奥様はそんな旦那様にうんざりされたご様子で項垂れる。
私は改めてテーブルの上の物体を眺めた。
『超高速で飛び跳ね踊り狂う、クマのぬいぐるみ』
もし、これがしゃべるぬいぐるみであったならばきっと、
「ヨ~ヨ~、そこのお嬢さん。おいらと一緒に踊り狂わないかい? べいべ♪」
とでもしゃべるのだろう。
私が中に組み込んだ金属生命体によって踊るクマさんと化したそれは、ただひたすらに踊り続けていた。そして、
「すごいっ、すごい、すごい、すご~~~い!」
もはや、それしかおっしゃらなくなってしまったお嬢様。
そこら中を飛び跳ね、生き物のように部屋中を自由歩行し続けるぬいぐるみを一生懸命追いかけながら、年相応の愛らしい歓声を上げ続けておられる。
私はそんな、本当に平凡で当たり前な日常風景を描かれる我が主を前に、改めて、この時代に戻ってきてよかったと、心の底からそう思うのであった。
「ていうか、おいっ、ヴィクター! お前はあとで説教だ! 書斎まで来い!」
「え……?」
なぜ?
ぶそ~としておられる旦那様に、私はただただ、小首を傾げることしかできなかった。
――本編 第一部『お嬢様幼年期編』 完 ――
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このあと、【登場人物一覧】と【閑話】数話を掲載したのち、第一部完全完結となります。
(第二部は第四章からとなります)
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