65.事後処理と、残された謎
事後処理が慌ただしく行われていった。
さすがにこれだけの騒動を前にしては、お屋敷の外に出ていたお客人だけでなく、中にいた方々も緊急事態が発生したことに気が付かれたことでしょう。
警備兵に誘導されて中に避難されていた方々同様、ざわついておられた。
そんな中、私は生け捕りにした賊が警備兵に運ばれていくのを確認してから、殿下らのもとへと向かった。
「フィリップ殿下、それから王女殿下の皆様方、ご無事にございますか?」
「え、えぇ……あなたのお陰で助かりました。礼を言います」
「いえ。滅相もありません。出過ぎた真似をいたしました」
お三方は皆、青ざめた顔をしておられたが、さすがに第一王女殿下は最年長ゆえか、しっかりしておいでだ。
震えておられるフィリップ殿下と第二王女のカトリーヌ殿下お二方を抱きしめられながらも、毅然とした態度を崩されない。
私はにっこり笑ってから、遅れて駆け付けてきた救護兵らとともに負傷した近衛騎士のもとへ向かう。
どうやら全員鎧を着用していたお陰で、致命傷は受けておられないご様子だった。
「助かった。かたじけない」
「いえ。当然のことをしたまでにございます。こちらとしても、警備が不手際だったこと、心よりお詫び申し上げます」
「気にするな……あのような手練れ、どのみちどんな警備態勢を敷いたとしても、侵入を防ぐことはできなかっただろう」
「そうおっしゃっていただけると、こちらとしても胸のつかえが取れるというものにございます」
「あぁ。とにかく助かった。この程度の被害ですんだのは貴公のお陰だ。心より感謝申し上げる」
「いえ」
私は再び腰を折ると、中央テラスのたもとで依然、兵らに守られながら不安そうにしておられたお嬢様のもとへと向かった。
「お嬢様、不肖ヴィクター、五体満足で戻ってまいりましたぞ」
私の姿を認めて、さっと、騎士たちがお嬢様の前を開けてくださった。
私は小さなお嬢様の前で片膝つき、頭を垂れる。
「えぇ……えぇ、えぇ。よくご無事でお戻りくださいました。あなた様のご帰還、大変嬉しく思いますわ――さぁ、お顔を上げて、私に無事な姿をお見せになって」
「はっ」
私は跪いたまま、面を上げた。
お嬢様は……笑いながら涙を浮かべておられた。
どうやら、昨年のことを思い出させてしまったようです。
めざましい成長を遂げたとはいえ、まだ六歳の少女。
とても心細かったに違いありません。
「ヴィクター!」
「お嬢様……!?」
弾かれたように私の首へと飛び付いてこられたお嬢様に、周囲からは拍手や安堵の笑い声が上がった。
そんな中、私はただただ困惑しつつも、同時に胸が温かくなるのを感じていた。
そして――
『禁術』
エルフの大賢者エスメラルダが残した禁書に記されていた数々の禁呪や禁術。
改めて思い知らされた。
あれは……人が手にしていいものではないと。
絶大なる力を与える代わりに、その代償として我が身を滅ぼす。
際限なく沸き上がってくる痺れるような全身の痛み。
肉体を酷使したからか、それとも反作用か何かか……。
私はお嬢様に抱きしめられながらも、必死になってそれに耐え続けた。
◇
お屋敷の中に戻った私は、旦那様を始め、陛下とともに、秘密裏に二階の謁見室へと場を移していた。
現在、既に結界も復旧しているようで、魔力を敏感に感知できるようになっていた私は、その存在を明確に知覚できた。
空を見上げれば、きっと薄らと青白い膜のようなものが見えることでしょう。
「――事情はわかった。まったく。お前がいなかったらどうなっていたことか……。報告を受けたときには青くなったぞ」
「まったくだ。ともかく助かった。礼を言う」
お屋敷に戻ったときには既に、異変が起こったという報告だけはあらかた警備兵から伝達が行っていたようだが、詳細な状況説明はこの部屋に移ってから行われた。
旦那様と陛下は茫然となされ、そして、私に感謝のお言葉を授けてくださったというわけだ。
「しかし、此度の賊はいったい何者なのだ? ヴィクターの話では正規軍並みに訓練された精鋭というではないか。陛下、何か心当たりは?」
「俺にあると思うか? 寝耳に水だ。なんの心当たりもないわ。しかも、狙われたのはお前のとこのアーデではなく、フィリップたちというではないか。これはいったいどういうことだ?」
お二方は首をひねられ、最後は私の方を見られた。
「私にもさっぱりにございます。当初、賊の報告を受けました折、てっきりお嬢様が狙われたものとばかり思っておりましたが、騎士たちの包囲網を突破した賊が襲いかかったのは殿下方にございました。お三方のうち、どなたが実際に狙われたのかは皆目見当もつきませんが」
「ふむ。賊の大半は逃げていったと警備兵から報告を受けたが、それに間違いはないか?」
「私が彼らから伺いました情報も、そのようになっていたように存じます。おそらくですが、逃げていかれたという敵はすべて陽動だったのでしょう。本命である手練れを敷地奥深くへと侵入させるため、警備に穴を開けたのかと」
「ちっ。ようやるわっ。そこまで用意周到に準備していたということは、やはり前もって計画を立てていたということか?」
「おそらくは」
慇懃に答える私に、旦那様がもう一度舌打ちなさる。
そのうえで、陛下に向き直られた。
「ですが陛下。これは国家に対する反逆に等しい行為ですぞ? 貴族同士の私闘ならまだしも、殿下方のお命を狙うとはなんと不届きな!」
「わかっておるっ。ホンに忌々しい奴らだっ。十数年前にようやく戦争が終わり、国に平穏が訪れたというのに、再び内乱を誘発させる気か!」
以前、北方の地を治める領主が突如反旗を翻したことがあったと、噂で耳にしたことがある。
結局、王国軍によって壊滅させられたものの、至る所に飛び火した。
当時は飢饉が起こっていたらしく、その影響もあったとか。
お陰で地方領主双方が領土を侵略する戦争を起こしたせいで、介入せざるを得ず、多くの民が亡くなったそうだ。
当時、陛下は王太子殿下として旦那様とともに戦場を駆け、武勲を上げたのだという。
そして、そんなことがあってようやく平和な世界となり、現代に生きる人々は幸福を享受している。
「陛下、それから旦那様。いずれにしろ、此度の犯人は只者ではございません。ご用心召されよ」
「わかっている」
私の助言に、旦那様が答えられた。
私がなんとかギリギリ返り討ちにした賊。
あの方が素直に白状してくれればよいのですが、おそらく口は割らないでしょう。
もしかしたら、また自害するなり口封じされるなりするかもしれない。
そうなったら貴重な生き証人が消え、お嬢様のとき同様、振り出しに戻る。
今回の敵が宰相派閥でないことだけは確かだが。
王族を殺害して国を転覆させようなどとは現時点では考えていないでしょうから。
◇
騒動が収まり、なんとかある程度、元どおりの和やかな雰囲気へと戻り始めているパーティー会場。
夜会の時間は残すところあと三十分ほどだった。
会場へと戻った私たちは、壊れかけてしまった空気を元に戻すために、それぞれがそれぞれの役目をこなしていった。
「皆の者! なんだかおかしなことになって申し訳ない! だが、我が公爵家が誇る最強の騎士たちが、賊をすべて撃退し平安を勝ち取った! これもひとえに、皆のお陰だ! ここに集まる皆が有する貴族の誇りが、騎士らに勇気を与えたのだ! 誇っていいぞ、皆の者! 所詮賊の襲撃など、我らにとっては結束力を高めるための余興に過ぎない! 賊のお陰でより一層、我らの絆は深まったっ。そうは思わないか!?」
「そうだぁっ」
「えぇ! シュレイザー公のおっしゃるとおりですわ!」
「我ら一同っ、閣下のため、陛下の御為に、一丸となって働きましょうぞ!」
旦那様のかけ声に、その場にいた招待客全員が勝ちどきを上げられた。
本当に素晴らしいお人です。
敵の襲撃をも利用なさって、お家の勢力を拡大なさってしまわれるとは。
「ロードリッヒの申すとおりだ! 皆の者! 今宵は無礼講である! 残り僅かな時間を楽しもうぞ!」
「おおぉ~~!」
陛下の鬨の声により一層熱を帯び始める大ホール。
辺り一帯を支配するように、異様な熱狂が周囲へと広がりをみせていった。
「ありったけの料理をもってこい! 食料庫をすべて空にしても構わん! 客人たちが食い過ぎで動けなくなるまで、馳走を堪能させてやれ!」
旦那様が料理人や給仕の侍女たちへと檄を飛ばされている。
そこに浮かぶのは、本当に愉快そうな笑みだけだった。
そして――
殿下らのお姿はここにはない。
大勢の近衛らに守られながら、二階のサロンで休憩しておられる。
しかし、お嬢様だけはこの場にお姿をお見せになっていた。
お客人たちに愛らしい笑顔を振りまき、ご歓談なされている。
あれほど怖い目に遭われたというのに。
私はただ、感無量だった。




