63.火急を知らせる声3
テラスでくつろいでいた子供たちを囲むように、全方位へと油断なく警戒を飛ばす護衛の騎士たち。
すぐ側にはお嬢様の専属侍女を始め、殿下らの侍女たちも何人か控えていた。
どうやら、今すぐ大事に至るといったこともなさそうだ。
とりあえずの安全を確認し、ほっと胸を撫で下ろしたときだった。
「――お前ら誰だ……!」
どこからか、微かに誰かが叫ぶ声が聞こえてきたような気がした。
そして――
何かがパリーンと弾けるような、おぞましいほどに不愉快な感覚が全身を走り抜けていった。
「今のは……なんだ!?」
(ヴィクター様! ミカエラですわ!)
(どうしましたか? 今の不快感はいったいなんなのですか!?)
(まさか……今のを感じられたのですか? かなりの高位魔導士でもない限り、認識することすらできないというのに……)
(よくわかりませんが、要点だけ伝えてください!)
(そ、そうでしたわっ。あの……結界が破られました!)
(なんですと!? いったいどういうことですか? あの結界は早々破られるはずがない頑強なものだったはず)
(おそらく、それを上回る術者か何かから、攻撃を受けたのだと思われます!)
(ちっ。いざというときに使えないですね!)
思わず舌打ちしてしまった私に、「え? え? え? 今、ちっておっしゃいました? ちって……きゃっ」と、場違いでおかしな反応が返ってきた。
それを聞いて説教したくなりましたが、事態は更に悪い方へと傾いていく。
(こちらエッフェ。お屋敷周辺道路に、多数不審人物を発見。判断請う)
(こちらアッカ。庭園のそこかしこから、おかしな気配を感知。至急判断請う)
(こちらイクス。警備兵らが何者かと応戦中。判断願う)
(こちらヴィ。北東侵入者感知。発見された。離脱)
(こちらゼータ。北西。ヴィと同じ。逃げる)
(こちらファイ。南東同じく)
(こちらオメガ。南西、無理)
次から次へと入ってくる非常通信に、頭がおかしくなりそうだった。
ただでさえ、そこら中に魔法生命体を配置して通信維持するのに神経をすり減らしていたというのに、まさかここにきて、同時に緊急通信が入ってくるとは思いもしなかった。
「ぐ……してやられたということですか……」
こちらの上を行く戦略を敢えて採ったのかどうかわからないが、一つ言えることは、結界を破った賊が四方八方から大挙して押し寄せてきたということだ。
その数――
「少なくとも十人以上ということでしょう」
すり鉢状庭園の入口付近という、戦場とは遙か遠い位置に立っているというのに、既にそこかしこから剣撃が繰り広げられているような音が聞こえてきた。
特殊部隊はどうやら戦闘能力はあまりないようで、敵を見つけ次第、すぐさま撤収してしまったようだ。
しかし、公爵家の敷地外周をぐるっと囲むように建てられている塀付近には、警備の騎士らが大勢配備されている。
彼らが賊を一網打尽にしてくれることを祈るしかなかった。
「私が設置した探知機も既に全部、停止してしまったようですね。報告に間違いはなかったということですか」
ともかく、お嬢様や殿下たちの安全が最優先だ。
「お嬢様っ。ここは危険にございます! お早くお屋敷の中へとお戻りください!」
全速力でテラスへと駆け下りていく私に気付かれたのでしょう。
お嬢様や殿下らがきょとんとしておられる。
周囲を固める騎士らも、どうやら事態の推移に気付いていないのか、唖然としていた。
「ヴィクター! どうしてこちらに?」
「お嬢様! 不審者にございます! 至急、中にお戻りください――殿下方もどうか速やかに」
腰を折り丁重に礼を尽くす私に、
「おい、使用人! 不審者とはいったいどういうことだ? 何が起こっている!?」
王太子殿下護衛の近衛騎士の方々なのだろう。
明らかに不快そうにされている。
「ヴィクター殿。いったいなんの騒ぎでございますか?」
お嬢様の護衛を任されているガブリエラ女史も意味がわからないといった感じで、眉根を寄せておられる。
しかし、説明している時間が惜しい。
「ともかく、お急ぎください! 既に警備の兵が戦闘に入っております! ここもすぐさま戦場になるやもしれません!」
「なんだと!? 戦場!? どういうことだ!」
「説明している時間はございません。こちらとしましても、何が起こっているのか把握しきれていないのでございます! ですれば、ともかくお急ぎを……!」
「わかった……! ちっ。なんだというのだっ――おい、お前ら! 殿下たちをお守りしろ! 絶対に指一本触れさせるな!」
「はっ」
都合五名ほどの近衛騎士らに守られるような形で、フィリップ殿下を始め、王女殿下お二方が不安そうな表情をなされてお屋敷の方へと走っていかれた。
「お嬢様もお早く!」
「わかりました。ヴィクター、私をお守りくださいね」
「もちろんでございますとも! そのために私は地獄のような試練を乗り越え、ここまでまいったのですから!」
私はガブリエラ女史とシファー女史、それから専属侍女のリセル、マーガレット四名と互いに頷き合い、すぐさま殿下らのあとを追いかけた。
しかし――
「貴様! いったい何奴だ!」
「ぐあっ」
「な、なんだこいつっ。化け物かっ」
お屋敷へと向かっていた殿下らをお守りしていた近衛騎士らから怒号が上がっていた。




