61.火急を知らせる声1
パーティー会場は最高潮の盛り上がりを見せている。
新しいお酒の登場に、他の貴族の方々同様、陛下や王妃様も喜んでおられるようだ。
「おいっ、ロードリッヒよっ。なんだこの酒は!? メチャクチャうまいではないか!」
「えぇ。この甘み、芳醇な香り。時折舌を刺激するプチプチっとした弾けるような舌触り。本当に素晴らしいですわ。それに見た目もこのように上から下へと、徐々に色が薄くなっている。このような芸術的なお酒、今までに見たことがありませんわ」
「そうですか。お喜びいただけて何よりでございます」
大絶賛しながら豪快に飲まれる陛下と、優雅に少しずつ口に含まれては一滴一滴堪能してくださっておられる王妃様。
両陛下は対照的なれど、コールドカクテルを気に入ってくださっているのは間違いないでしょう。
「おいっ、そこの者! 酒をもっと寄越すのだ!」
思わず「おいおい」と、冒険者時代に戻ってしまいそうなほど、その反応に呆れてしまった。
あの分ですと、陛下お一人にすべてのお酒を飲まれてしまいそうでヒヤヒヤした。
「陛下。あまりそのように無茶な飲まれ方をなさいますと、お身体に障りますぞ」
「何を言うか、ロードリッヒっ。この程度の酒量で俺がぶっ倒れるか! がははっ」
まぁ、将来、陛下は実際にお酒の飲み過ぎで身体を壊され、晩年は苦しまれるのですけどね――と、それはいいとして、急いでお嬢様をお捜しせねば!
華やかで麗しく、楽しげなパーティー会場とは裏腹に、明らかに異質な空気をまとわせ、一人焦りながら周囲を練り歩き始める。
と、そんなときだった。
(こちらアッカ。ヴィクター殿、至急判断請いたい)
庭園内で巡回の任についていた女性特殊部隊員の一人から通信が入った。
(どうしましたか?)
(現在、前庭西の噴水庭園にて、一人の男性客が体調不良を訴えうずくまってる様子)
(わかりました。至急侍女を連れてそちらに向かいます)
通信を切った私は、警備の兵とともに壁の人になっていた侍女の一人に声をかけた。
彼女は軽く頷き、もう一人侍女を連れてくる。
彼女たちを引き連れた私は急いで現場へと急行した。
本当に。
この忙しいときに止めてもらいたいものですね。
こちらは急ぎ、お嬢様をお捜しせねばならないというのに。
「いったいどうされましたか?」
私に通信魔法を送ってきた者は側にはいない。
彼らは言わば公爵家の陰だ。
お客人相手はもちろんのこと、私の前にも姿を見せない。
彼ら一人一人の存在を肉眼で確認できるのはたった一人、旦那様だけである。
「す、すまない。酒の飲み過ぎで、少し調子が悪くなってしまってね」
通信内容どおり、確かに気分が悪そうだ。
顔色も青ざめ、冷や汗をかいておられる。
この方は確か、会場入りしたときにお顔を拝見している。
名前はロンド・ゼーレ・ロメルト。
名前が示すとおり、上級貴族で確か子爵位を持っておられる方だ。
年は四十代半ばといったところか。
ロメルト様は相当ご気分が優れないようだ。
今回のパーティーのために臨時で設置してあったベンチへと誘導するや否や、頭を抱えるように膝に肘をついてしまわれた。
「大丈夫でございますか? 本日、医務室の準備もできております。もしよろしければ、そちらへご案内さしあげますが?」
「あぁ……すまない。そうしてもらえると助かる」
「畏まりました。でしたら――」
私は引き連れていた侍女二人に命じ、ロメルト様を一階医務室へお連れするよう指示を出した。
侍女二名に肩を支えられながら徐々に小さくなっていく、青いタキシード姿の御仁を眺めながら、私は頭を振った。
やれやれ。
とんだ人騒がせなお客人だ。
あそこまで調子が悪くなるほど飲まないでいただきたいものだ。
とはいえ――
「妙ですね。この国の殿方は皆、湯水のように飲まれても、酩酊するようなことは滅多にないはず」
それほどペースが速かったということでしょうか?
それともいろいろな種類のお酒を飲まれたことで、酔いが早まったとか?
――と、いけない。こうしている場合ではありませんでした。
早くお嬢様をお捜しせねば。
(カイ。聞こえますか?)
(……こちらカイ。どうしたの?)
独自判断で屋根の上にいると報告してきた少女に通信を開いた。
(今もまだ、お屋敷の屋根の上におられますか?)
(いる。ここは本当にいろいろなものが見える。街の景色も綺麗。監視にはもってこい)
(そうですか。街の景色はともかくとして、まだいてくださってよかった。お嬢様がどこにおられるか、そこから確認できますか?)
(お嬢様? ……お屋敷から外に出てる人たちが結構多い。ちょっと無理かもしれない)
(そうですか。もしかしたら、王太子殿下らとご一緒かもしれませんが)
(……やっぱり見えない。どうする?)
(引き続き警戒お願いします。私はもう一度、屋内へと向かい、旦那様と相談してまいります)
(了解)
どこか無愛想な通信が切れ、私は再度、お屋敷の中へと入っていった。
旦那様は……いた。
陛下と一緒に大階段上に設置された玉座に並んで腰かけ、談笑なさっている。
既にカクテルの飲み比べも終わり、落ち着かれたといったところでしょうか。
正直、個人的にはあまり陛下と顔を合わせたくはないのですが……仕方ありませんね。
お嬢様の安全のためです。
「陛下、それから旦那様。ご歓談のところ申し訳ございません」
玉座の前まで登り、階段上で片膝ついて頭を垂れた私に頭上から声が降ってくる。
「どうしたヴィクター。改まって」
「はっ。実は、お嬢様のお姿をお見かけしなかったものですから、どちらへ行かれたのかご存じなのではと思いまして」
「あぁ、そのことか。確かさっき、王女殿下と話し込んでいた気がするな」
「王女殿下にございますか?」
思わず顔を上げそうになってしまい、慌てて低頭し直す。
そんな私に旦那様ではなく陛下がお声がけくださった。
「ヴァンドール――いや、ヴィクターよ。そう固くなるな。今は無礼講と申したはずだぞ?」
「はっ。かたじけなく存じます」
徐々に私の心がかつての感覚を取り戻していく。
まだ旦那様付きの護衛兼専属執事となったばかりの頃、私は現在の専属執事エヴァルト様のように、毎日王宮へと出入りしていた。
あの頃はまだ粗野な部分があり、よく粗相をやらかしたものだ。
「久しいな、ヴィクターよ。息災であったか?」
ニヤッと笑われた陛下は、そう声をかけてこられた。




