59.新しいムーブメント2
すぐさま使用人たちの間に、それまでとは違った動きが見られ始める。
ワゴンに乗せられたブランデーやラム酒、リキュールなどが大階段左右奥に作られた特設会場へと運ばれていく。
残念ながら、今回は果実ベースのリキュールの開発が時間的都合により、熟成期間の長いものが作れなかったため、大型魔導具製醸造装置を使用した熟成期間がかなり短いものしか用意できなかった。
それでも、カシス、オレンジ、リンゴ、マンゴーなど、いくつかのフレーバーなどは用意できている。
他にも、手筈どおり、最高級ブランデー、ウイスキー、ラム酒に加えて、追加でウォッカ、リンゴ酒、蜂蜜酒なども各種取り揃えておいた。
あとは事前に試した十種類のコールドカクテルを段取りよく作っていただくだけ。
そのための練習も繰り返してきた、
着実と準備が進んでいくカクテルカウンターの動きに気が付かれたのだろう。
招待客の皆様方がざわついてきた。
「おい、ロードリッヒ。何やら奥で使用人らが酒を運んできておるようだが、いったいあれはなんだ? 何やら見慣れないカラフルな液体がグラスに入っているものもあるようだが?」
さすがに陛下は目聡いようです。
先代国王が早くに亡くなられ、旦那様同様、陛下もお若い。
確か今、三十五とかそのぐらいだったでしょうか。
旦那様もあと少しで三十一になられるといった年の頃。
現陛下が王太子時代はよくお二人とも、肩を並べて戦場を走っておられたという話を伺ったことがある。
あの頃から仲がよろしかったのでしょう。
「あぁ、あれですか。あれはうちの使用人たちがこの日のために特別に準備した新しい酒ですよ」
「何!? 酒だと!?」
陛下のお側におられた旦那様のお言葉に、陛下が大層驚かれている。
あのお姿。
今しもカウンターへと駆け出しそうな勢いだった。
さすが酒好きとして知られているだけのことはある。
現在、お嬢様はひととおり挨拶回りを終えられ、陛下や旦那様の近くにはおられない。
侍女のリセルたちとともに料理の載ったテーブルを回られては、年相応に愛らしい笑顔を振りまいておられた。
おいしそうに料理を頬張られ、瞳をキラキラ輝かせておられる。
本当に楽しそうで、幸せそうなお顔をされている。
今、口にしてらっしゃる料理は……おそらく『洞窟コッカトリトスのリキュール煮込み』でしょうか?
確かリンゴのリキュールで甘く煮詰めた鳥型大型魔獣の肉料理だったはず。
口当たりがよく、フルーティーな香りで甘みも強いため、子供には人気の料理だった。
未来では宮廷料理として振る舞われ、現在は九歳と、幼い第一王女殿下もよく好んで食べておいででしたね。
ふと懐かしい光景が脳裏をよぎったが、そのとき、料理長が顔を覗かせ、私に合図を送ってこられた。
黙って頷くと、旦那様へと近づく。
「旦那様、すべて準備が整ってございます」
「うむ。わかった」
一度も顔を上げず頭を低くしたまま一歩下がる。
そのとき、陛下がこちらに視線を向けておられるような気がしましたが、とりあえず気付かなかったことにしておきましょう。
あとが大変になりそうですので。
「アーデ!」
旦那様が、離れたテーブルで食事を取られていたお嬢様をお呼びになった。
お嬢様はそれが何を意味するのかご理解なさったのでしょう。
すぐさま近寄ってこられると、私の存在に気が付かれ、嬉しそうな笑顔をお見せになる。
あぁ。
思わずかしずきたくなってしまいましたが、ぐっと堪える。
そのようなことをしたら、旦那様だけでなく、陛下にも『主従バカ』と笑われてしまうことでしょう。
私は再び壁の人となり、事の成り行きを見守ることにする。
左右のカウンターテーブルでは、料理人たちが次から次へと色鮮やかなカクテルを作り、並べ始めている。
そんな中、大階段中段へと登られた旦那様とお嬢様が一同を振り返られる。
「皆々の者! 今宵の夜会は十分に楽しんでくださっておられるだろうか? 今から我が愛娘アーデンヒルデより重大な発表がある! しかと聞かれよ!」
ざわついていた貴族たちが一瞬で静まり返る。
お嬢様は急激な場の変化に緊張なさっているご様子でしたが、軽く深呼吸なさってから口を開かれた。
「皆様方? 宴もたけなわとなりましたが、いかがお過ごしでしょうか? 楽しんでくださっておられるでしょうか? お料理やお酒の方はお口に合いまして? 当家でご用意いたしました品々は大変、彩りあるものばかりですが、皆様方を更なる天上の極致へと誘いたく思い、これより、今までに見たこともないような絶品の数々をご覧に入れてさしあげますわ」
お嬢様がそう前置きなさると、それまでカクテルの準備に追われていた料理人六名ほどが階段下に並んだ。
「今からご紹介いたしますは、当家の使用人たちが試行錯誤して考え編み出した、新しいお酒の飲み方にございます。それを、この私アーデンヒルデが、この場をお借りして皆様方にご提案させていただきますわ」
にっこりと微笑まれるお嬢様と一斉に腰を折る料理人の男女。
招待客は皆、狐につままれたような顔をされて、周囲の者たちとざわつき始めた。




