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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第3章】お嬢様のお誕生日会

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58.新しいムーブメント1

 乾杯の音頭のあと、大階段二階に設けられた二つの玉座に、旦那様とお嬢様が腰かけられた。

 それを合図に、位の高い者から順繰りにご挨拶が行われる。


 私はお嬢様付き執事であるが、今宵は旦那様と専属侍女たちがお側におられるゆえ、私が付き従うことはない。

 会場内に不備がないかどうか鋭く目を光らせ続けなければならない。


 同時に、今はすっかり静けさを取り戻している公爵邸の敷地内外で不穏な動きがないかどうか、警備の兵や密偵らから報告を受け、適宜対応しなければならない。


 正直、そちらが忙しくてお嬢様のご様子を伺うことができないというのが本音だ。


 本当はせっかくの晴れ舞台、お側にいて、適切にサポートさしあげ、その愛らしいお姿を脳内メモリーにひたすら記憶し、何度も再生――と、私は何を言っているのですか。


 世迷い言を必死に頭から追いやると、再び業務に集中した。

 通信魔法による報告は定時連絡とそれ以外の適宜ということになっており、既に十九時を回っている現在、一度目の報告はまったく異常が見られなかった。


 会場内も至って平穏そのもの。

 お祝いのご挨拶を終えられた招待客たちはそれぞれ、思い思いの場所へと散っていき、グラス片手に談笑し合っておられる。


 誕生会といえども夜会は夜会。

 社交の場であることに変わりなく、貴族にとっては自分の家の基盤を盤石にするための手段に過ぎない。


 皆それぞれ、家同士の繋がりを強固にしようと、権謀術数を繰り広げておられるのだろう。

 中には今回の宴のために特別にこしらえた真新しい料理を目聡く見付け、口に運んでおられる方々もいる。

 彼らは皆一様に、信じられないといった表情を浮かべておられた。


「このお肉、いったい何を使ってらっしゃるのかしら!? 物凄く芳醇で、それでいて口当たりがよく、変にあとに残らない。本当に素晴らしいですわ!」

「お肉もほろほろで、口に入れた途端、溶けてなくなってしまいましたわ! どういうことですの!?」


 男性の方々は政治に夢中のようだったが、奥様方や彼らのご息女方は、皆料理に夢中となっておられる。

 私が教え込んだビール煮込みや、それ以外の新しいスパイスの使用方法、この時代では使われていない具材などを用いた未来の宮廷料理など、狙いどおり、皆いい意味で驚かれていた。

 評判も上々。

 これならば話題性もぐっと上がり、今回のお誕生日会がきっかけとなってちょっとしたムーブメントが起こるだろう。


「ちょっと、そこの奥様方! こちらも見てくださいまし! 見たことのないスイーツまでございますわっ」

「まぁっ。本当ですわね。これはいったいなんなのかしら?」


 お上品に、それでいて明らかに食い気味となられている別のご夫人方。

 中央のテーブルに群がっておられるということは、おそらく、ラム酒シロップ漬けの焼き菓子でも見ておられるのでしょう。


 クッキーと同じ生地で作られた丸いパン。

 それを、煮詰めたシロップとラム酒で作った混合液に漬け込んだだけのもの。

 あとはホイップクリームやフルーツなどで盛り付ければ完成となる簡単焼き菓子だ。


 他にも、あのテーブルにはいろいろなスイーツが取り揃えられている。

 お茶会では定番のクッキーやマカロン、フルーツタルトにブッセ。

 マドレーヌにフィナンシェ。

 各種スポンジケーキ類。


 クッキーは様々な形やフレーバーが用意され、マカロンに至っては、本来は外がカリッと、中がさくっとしているだけのクッキーみたいな焼き菓子だが、今回はそのマカロンを二枚使ってホイップクリームとフルーツなどを挟み込んだものを用意してある。


 他にはこの時代にはないカヌレやミルフィーユなども準備しておいた。

 パーティー終わりにお土産としてお渡しする菓子にはガトーショコラなんかもあったりする。


 スイーツに目がないご婦人方が狙いどおり、徐々に群がり始めておられる。

 私は厨房へと続く大階段裏の扉から様子を窺いに来た料理長を見つけ、無表情のまま軽く頷いてみせた。


 その意味を察してくださったらしい彼は、ぱっと笑顔となり、奥へと消えていく。

 相当心配しておられたのでしょう。

 立ち去っていったその背中に、肩の荷が下りたと書かれていた。





 ひととおり挨拶が終わったようだ。

 既にお嬢様の前には列ができておらず、ようやく堅苦しい社交辞令から解放されて、二階席から下に降りられていた。


 初めのうちは、お嬢様は旦那様とともにホール内を移動し、招待客へとお声がけなさっていた。

 挨拶のときもそうだったが、まだ六歳という幼い年齢にもかかわらず、大人顔向けの気丈な態度で居続けられた。


 終始笑顔で応対され、歓談へと移られてからも笑顔を絶やさない。

 本当に公爵家の鑑のようなお方へとご成長なされたようだ。

 以前のわがまま放題なお姿が幻だったようにすら感じられる。


 何がお嬢様をそこまで変えたのかは、まったく見当もつきませんが、本当に嬉しく思いますぞ。

 人生をやり直し、再び相見えることができ、本当に感謝申し上げます。


 私は思わず感涙にむせび泣きそうになり、慌てて頭を振った。


 いかん!

 感動している場合ではない。

 お嬢様があのように立派になられたのだ。

 今度は私が、何一つ淀みのない素晴らしい夜会へと仕上げてみせましょう。

 現在時刻は二十時を回ったところだった。

 そろそろですか。


 会場内で警備に当たっている護衛騎士が何人も壁の人となっているのと同様に、背景の一部に徹していた私は招待客の様子を確認した。

 まだ高級ワインは足りているはずですが、どうも、始めに旦那様と陛下が雰囲気を盛り上げ過ぎたようだ。


 いつもであればもう少し、権謀術数に勤しんでおられるはずの各家当主の皆様方が、既に夜会を楽しむ方向へと舵を切っておられた。

 中にはこの夜会を通じて、婚約者となるべき相手を探してらっしゃる若い方々もおられる。


 皆様方、用意した新しい料理に興味を示され、堪能されておられるご様子。

 あの分ですと、ワインの進みが予想外に早くなってしまう。


 私は厨房に待機しているはずの料理長へと、近くの壁に設置されていた魔導通信機を通じて指示を出した。

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