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6.左手がうずく1

 これで何度目の死だろうか。


 そもそも、転生自体、何度目なのかわからないので死んだ回数なんて把握できるはずがない。

 ともかく、私は三度目の死を迎えたと認識して、薄ぼんやりと(まぶた)を見開いていった。


「こ……」


 ここはどこだろうと口にしようとして、声がまったく出ないことに気が付いた。

 視力も定まっていない、

 真っ白な薄明かりに包まれた世界。

 酷く身体(からだ)が重く、自由が利かない。

 どこかに寝かされていることだけはわかる。

 かろうじて自由に動かせる頭を少し巡らせる。


 大分光に慣れてきた瞳が、いろいろなものを情報として脳内へと送り込んできた。

 ぼんやりとした視界に映し出された室内は、私の記憶の中にあるシュレイザー公爵家の医務室を彷彿とさせた。


 公爵家の本邸は宮殿といわれるだけあり、医務室もかなり広い。

 医療用ベッドが十は置けるぐらいの広さがある。


 私はそんな数あるベッドの中でも、一番窓際のベッドに寝かされているようだ。

 ということは、治療が間に合い、助かったということなのだろうか?


「そう……です……か……」


 掠れる声を発しながら、私は心の底から安堵した。

 これで、これからの人生、生涯をかけてお嬢様をお守りすることができる。


「ですが……」


 意識やいろいろな感覚が明瞭になるにつれて、全身を走る悪寒や激痛が否応なく増してきた。


 上半身裸の状態で、胴体すべてが包帯でぐるぐる巻きになっている。

 かろうじて露出していた右腕も、そこかしこが紫色に変色していた。

 なんて酷い有様だろうか。

 これほどまでに強く、毒の影響を受けてしまうとは。


 そういえば、毒矢を左腕に喰らっていたのでしたね。


 私は苦痛に耐えながら、状態を確認しようとそれを視認し――思わず声を失ってしまった。

 上半身同様、肌がまったく露出しないほどに包帯でぐるぐる巻きとなっていた左肩と左腕。

 そこにあるはずのものがまったく見当たらなかった。


「腕が……ない……?」


 そう、毒矢を受けた肘から下すべてが失われていたのだ。


「なんて……こと……だ……これでは……」


 せっかく命が助かったとしても、お嬢様の護衛など務まるはずがなかった。

 ただでさえ、全身を毒素に冒され、まるでいうことを聞いてくれないというのに、そのうえ、腕までなくなったら……。


「ぐっ……」


 精神的ショックやわき上がる絶望が原因か、身体中を襲う怖気(おぞけ)が一段と強さを増してきた。

 思わず暴れそうになってしまう。

 しかし、そんなときだった。


「ヴィクター! 目を覚まされたのですね!? 侍医!? 誰かいませんか!?」


 静かに扉を開けて入ってきた一人の少女が、私の姿を見るなり大慌てとなって、再び外へと駆け出していった。

 アーデンヒルデお嬢様その人だった。

 どうやら、私が気を失ったあと、何事もなく無事、保護されたようだ。


「ヴィクター! 目を覚ましたか!?」


 どれくらいの時間が経ったか。

 お嬢様が部屋を出ていかれてから割と早く、白衣を着用した医師や看護師などを引き連れ一人の男性が入ってきた。

 掠れた視界でも、その威風堂々とした佇まいから誰なのかわかる。

 腹に響く猛々しいお声がこのお屋敷の主であることを物語っていた。


「旦那……様……」


 病人とはいえ、主に対して寝たまま相対するなど無礼千万。

 私は自由が利かない身体を無理やり起こそうとしたが、


「ぐっ……」


 雷撃魔法でも喰らったかのような激しい痛みに全身が焼かれ、そのまま倒れ込んでしまった。

 拳一つの間すら背中を浮かせることができなかった。


「何をやっておるっ。病人は病人らしく、そのまま寝ておれっ」


 駆け寄るように近寄ってこられると、旦那様は近くに置いてあった椅子に腰かけ、なんともいえないお顔をされた。

 旦那様の背後には、先程出ていかれた我が生涯の主、アーデンヒルデお嬢様も控えておられる。

 今となっては本当に懐かしいお姿だった。


 ついこの間までは、お美しくご成長なされた貴婦人のお姿をされておられたというのに、今私の目の前におわすお方は、とても小さくて愛らしいドレス姿となっておられた。


 大人になってもあまり背が伸びなかったことについて、よく悪態をついておられたが、五歳の彼女の姿は紛れもなく、本当に掌の中に収まってしまいそうなほどの幼さだった。


 どこか泣きそうなお顔をされているお嬢様のお姿を見ているだけで、身体中の苦痛が嘘のように引いていくようだった。


「おい、侍医よ。それでどうなのだ? ヴィクターは再び動けるようになるのであろうな?」


 力強く勇ましい声が室内に轟く。

 旦那様はどこか苛立ったようなお声を、忙しなく動く白衣の者たちへと向けられていた。


「今のところ、確約はできかねます。錬金術による最新医療を始め、最先端魔導医療、高等治癒魔法と、ありとあらゆる方法を試みましたが、現状、ここまで回復させるのが手一杯でございます」

「手一杯ではすまされんのだ! いいからやれ! 絶対にヴィクターを死なせるでないぞ!? 必ずや、元どおりの身体に戻すのだっ。よいな!?」

「は、ははぁ!」


 私の周りを取り囲んでいた医者二人と看護師四人が、一斉に畏まって低頭した。

 こんな身なれど、思わず、私は苦笑してしまった。

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