56.お誕生日会の始まり
十八時を回った。
シュレイザー公爵家の敷地内には、既に大勢の魔導馬車が大門のロータリーを訪れていた。
お屋敷正面入口に横付けし、お客人を降ろされたあと、再びぐるりと前庭を一周するようにロータリーから大門外へと去っていかれる。
そういった一連の流れができ始めていた。
敷地の外の大通りにも渋滞ができ、ロータリーや大庭園を囲むように作られている道路も渋滞している。
パーティー開場時刻より前にお越しくださったお客様方は、庭園テラスで優雅なひとときを過ごされている方々もいれば、散策しておられる方々もいる。
招待状を提示し、ご記名なさってから中待合の貴賓室でくつろがれている方々もおられる。
招待客は八十名と聞いておりましたが、この様子ですと、それ以上集まっておられるのではないでしょうか?
高級ワインが足りるかどうか、一抹の不安が。
(こちらエッフェ。不審車両なし。不審人物もなし。周辺異常なし。誘導順調)
(こちらアッカ。多少の混乱は見られますが、概ね良好)
(こちらイクス。警備兵らの配置、万事問題ありません)
(こちらヴィ。北東異常なし)
(こちらゼータ。北西異常なし)
(こちらファイ。南東問題なし)
(こちらオメガ。南西異常ありません)
通信魔法が使える特殊部隊の少年少女から次々に報告が入ってくる。
パーティー会場入口でお客様方の対応をしていた私は和やかな表情や発する言葉とは裏腹に、まるで違う、鋭い声で「了解しました」と通信を返したのだが、
(こちらミカエラ。問題なく結界作動中)
(こちらカイ。屋根、異常なし)
屋根?
おかしな通信が入ったせいで思わず営業スマイルが引きつってしまった。
(屋根とはどういうことですか? そのような場所に人員を配置した覚えはございませんが?)
(確かに命令されてない。でも、必要と思った。だからここにいる。以上。引き続き警戒態勢に入る)
一方的に通信が切られ、沈黙が流れた。
確かコードネーム『カイ』という少女は十三歳ぐらいと聞いたことがある。
本人たちとは誰とも会っていませんが、なんだか大昔のお嬢様を思い出しますね。
まぁいいでしょう。
何が起こるかわからない。
考え得る限りの場所に『目』を置いておくことは重要です。
私は気分を切り替え、ミカエラ様に「そのままお願いします」と返事して通信を切った。
◇
招待客の皆様方が全員、パーティー会場へとお入りになったのは開場から三十分過ぎた頃合いだった。
貴族のマナーとして、権力が高ければ高いほど敢えて遅刻するのが正しいとされる世界。
つまりは予定どおりということ。
残すは王族のみ。
会場となる大ホールは普段とはまるで違う装いとなっている。
倍は明るいのではないかと思われるほど、吹き抜け二階の天井からぶら下がった豪奢なシャンデリアが煌々と室内を照らしている。
壁には鮮やかな赤や白、青といった垂れ幕が飾られ、一段と華やか装いを見せている。
料理人や侍女たちが苦労して作り、盛り付け、運び入れた豪勢な料理の皿も各テーブルに置かれている。
銀のトレイにワイングラスを載せた給仕の侍女たちが、優雅な立ち居振る舞いで、招待客の高貴なる方々へと、酒を振る舞っていた。
実に見事なものです。
欠点の欠片すら見られない完璧な舞台。
この場のすべてがキラキラと輝いて見える。
さすがシュレイザー公爵家。
これならば、来場されたお客様は皆満足して帰られることでしょう。
そして、歴史に名を残す素晴らしいお誕生日会になることでしょう。
えぇ。きっとそうです。
そう一人、内扉付近の壁に背を向け会場の様子を眺めていると、急にざわつきが起こった。
会場内にいたお客人たちの波が左右へと別れる。
「おお、これは陛下。お早いご到着で」
「うむ。政務が順調に進んだゆえな。こうして早く足を運んだのだ」
大ホール入口付近に控えるように立っていた一人の貴族が、来訪された剛毅なお方と和やかに話しておられた。
王者の衣装に身を包んで会場に現れた御仁。
それこそまさしく、この聖王国の国王ロイ・バーゼクライン・リヒテンアーグ陛下その人だった。
「これは陛下。よくぞお越しくださいましたわ。歓迎いたします」
それまで招待客のお相手をなさっていた奥様や大奥様が豪奢な青のドレスをなびかせながら、陛下のもとへと歩み寄っていかれた。
「我が孫も、陛下にお祝いしていただく栄誉を賜り、大変光栄に存じておりましょう」
大奥様も、普段とは違ってふんわりとした優雅な笑みを浮かべておられた。
既に社交の場からは引退なされている身なれど、やはり、陛下がおわすパーティーにはご出席せずにはいられない。
そういうことなのでしょう。
「まぁ、そう畏まるな。本日は無礼講なのであろう? そうでなければ俺も心ゆくまで夜会を楽しめぬわ」
「まぁ、陛下ったら」
陛下は豪快に、奥様方は「おほほ」と上品に笑われながら、奥へと歩いていかれた。
陛下がいらっしゃったことで、すべての準備が整った。
いよいよこれから宴が始まる。
あとは本日の主賓であらせられるお嬢様と、それをエスコートなさる旦那様が大階段上がってすぐの大扉から姿をお見せになるのを待つばかり。
しかし、そこで予想外な出来事が起こった。
「――わかってるってっ。そこまで心配されなくても大丈夫ですよ!」
「本当かしら? あなたはいつもボケ~っとしていてそそっかしいんですもの。本当に気が気でありませんわ。もしシュレイザー公にご迷惑おかけするようなことにでもなりましたら、王家の名折れです」
「姫様。それに殿下も。よそ見なさらず、前を向いてくださいませ。転ばれますぞ」
「うっふふ。本当にこの子たちはいつも賑やかですこと」
一際華やかな集団が一塊となって会場内へと入ってこられた。
まさかっ。
私は他の参加客と同じように、内扉付近で慌てて再度腰を折った。
護衛の騎士らに守られるように中へと入ってこられた御方々。
間違いない。
王妃ミリエリア・ミュンセル・リヒテンアーグ様と、王女殿下のお二方。
そして正史――本来の歴史では、将来愚王としてお嬢様の夫となられるはずの王太子殿下だった。




