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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第3章】お嬢様のお誕生日会

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54.途絶1

 大ホール大扉を出た通路の反対側に、同じく現在口を開けたままの大食堂大扉がある。


 大食堂は格式高い晩餐会などで使用される特別な空間だ。

 今回のように立食形式の夜会や、舞踏会などでは当然使われることはない。

 目指す目的の厨房は左手奥にある。


「進捗の具合はいかがですかな?」

「これは、ヴィクター殿。とりあえず、見てのとおりでございます。手の込んだ煮込み料理などは昨日から行っておりましたので、あとは盛り付けるだけにございます。パスタやサラダ、炒め料理なども、朝からひたすら仕込みを行っておりましたので、既に鍋の中に作り置きがなされている状態です」

「左様ですか。では万事問題なく?」

「えぇ、お陰様で。新メニューの方も、なんとか味がうまくまとまりまして、ヴィクター殿のご提案どおりのものが仕上がっていると思われます。ご試食なさいますか?」

「そうですね。では、軽く」


 私は小皿に盛られた『高原大羊のもも肉ビール煮込み』を口に運んだ。

 ビールや無数の香辛料、それからスパイスなどで長時間煮込まれ、茶色のソースに包まれたほろっほろの身は、一口噛んだだけですべてが溶け解れてしまった。

 ビール特有のコクや、デミグラスソースのような甘みやうまみ、鼻に抜ける芳しい香辛料の香りが、羊たちが暮らしていた大草原の風景を脳裏に思い描かせてくれる。


 ――まっこと美味! この一点につきますな。


 何より、未来で食べた宮廷料理そのままの味が、いろいろなことを思い出させてくれる。

 辛いこと、楽しかったこと、何より私だけに向けられたお嬢様の愛に満ちた笑顔。


「とてもいい仕上がりです。これならお客人すべての舌を堪能させること間違いないでしょう」

「そうですか! それはよかった。実は、いまだに自信がなかったのですよ。ヴィクター殿のご要望に応えられるだけの逸品に仕上がっているのかどうか」

「何をおっしゃいますか。これだけ上質で味わい深い料理をこしらえられるだけの腕をお持ちのあなたが、そんな弱気なことでどうなさいますか。ここへと辿り着くまでの間、どれだけ苦労なさっていたかも存じ上げております。それを承知していたからこそ、必ずや成功させてくださると信じていたのですよ?」

「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけて本当に光栄にございます。これからもひたすら精進し、国一、いえ、世界トップクラスの料理人を目指して励んでまいります」


「えぇ。頼みましたよ」

「はい。承知いたしました――あ、そうそう。デザートの方もお召し上がりになりますか?」

「いえ。そちらは既にテイスティングは終えておりますから、大丈夫です。それに、ラム酒やリキュールが含まれておりますから、酔ってしまっては業務に支障を来しますゆえ」

「そうでございますか。ではあとは」

「えぇ。特に問題もなさそうですので、このまま段取りどおり、手際よくお願いいたします」

「わかりました」


「それからくれぐれも、カクテルの方の準備だけは用心して行ってください。会場で配合を調整なさる料理人の方々ともしっかりと段取りを行っておいてください。間違っても、先日のようなミスをなさらないように。よろしいですね?」

「は、はいっ。もちろんにございます!」


 じっと見つめる私に、ミス発注の件を思い出したのか、料理長は背筋をピンと伸ばした。

 私はひととおり厨房内を眺め、他の料理人におかしな動きが見られないことも念のため確認しておく。

 緊張や体調不良で大失態を犯すことは非常に多い。

 その兆候がある者は、かわいそうではありますが、今回の仕事からは外れていただくしかない。


「ん?」


 他にも、料理人の誰かが敵勢力に買収されて悪巧みを実行に移そうとしていないか確認していると、大ホールにしかけておいた探知機――金属生命体(フリッツクローム)から通信が途絶えた。





 大急ぎでホールへと戻り、ホール中央左右の壁に置かれていた観葉植物のうち、玄関入口から見て右側の壺のもとへと歩いていく。


 そうして中を覗き込んだのだが、案の定、半分しか入っていない土の表面に、役目を終えた金属生命体がただの金属となってべったりと、黒い固体となって張り付いていた。


「これはいったいどういうことでしょう? まさかもう既に、このお屋敷の内部に不審人物が入り込んでいるということですか?」


 だとしたら非常にまずい。

 私が探知機をそこら中にしかけたときには既にお屋敷の中にいたということになる。

 つまりは中にいても怪しまれない人物――使用人や兵に化けるなりなんなりして、既に賊が内部へ潜入しているかもしれないということだ。


 しかし、そもそも論として、この探知機化はそこまで敵と味方を見分ける高度な魔法が組み込まれているわけではない。

 明らかな殺意や邪念を放出していると、魔力は歪な色へと変化するのだという。

 それを識別するように命令したのが探知機生命体だった。

 つまり、付近にそのような邪悪の塊がいた場合、自ずと反応してしまう。


「やはり、これはあまり実用価値がないのかもしれませんね」


 人の心など、ちょっとしたことで邪念が湧いて、それがやがて殺意へと変わる。

 このような人の多い場所では特にそうだ。

 使いどころを選ぶ必要がある、そういうことですか。


 私は期待外れな探知機魔法に軽く失意の溜息を吐いたのだが――そんなときだった。

 お屋敷の外へと続く内扉の外からおかしな視線を感じ、そちらを向いた。

 瞬間、何かが陰に隠れたのを私は見逃さなかった。


 今現在の私の動体視力は、筋力や運動神経とともに本来の私を遙かに凌駕している。

 今はまだ、肉体が回復してからあまり時間が経っていないため、まだまだ完全に馴染むまでには至っていないが。


 体力や魔力もそこまで高くはないので、長時間動き続けることもできない。

 それでも、瞬発力だけは常人の域を凌ぐほどには向上している。

 だからこそ、それを捉えられたのだ。


 私は非常に残念な気分となりながらも、お屋敷の外へと逃げていかれたその人の背中を視認し、あとを追いかけた。

いつも本作を愛読してくださり誠にありがとうございます。


明日(7/11)より、毎日一話更新となります。

よろしくお願いいたします。

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