53.会場視察と進捗状況確認
一階大ホールのパーティー会場へと移動した私は、会場の設営状況を確認していた。
忙しく立ち働いている侍女たちが私の姿を見つけて会釈をしてくる。
私はそれに右手を挙げて答えた。
筆頭執事である私は、全侍女たちを指揮する侍女頭のメアリー様より立場が上となっており、すべての使用人をまとめ上げる立場にある。
同時に、今回のパーティーの下準備を取り仕切る立場にもあった。
そのため、パーティーが終わるそのときまで――もっといえば、片付けが終わり日常へと戻るそのときまで、気を抜くことはできない。
私は塵一つ見逃さないつもりで、周囲を見渡した。
既に昨日のうちにあらかた設営は完了している。
このお屋敷はエントランスが外扉と内扉の二重構造となっており、外扉を入ってすぐのところに玄関大ホールへと続く内扉が設けられている。
内扉を潜らず、左右へと走る廊下をひたすら突き進んでいくと、角を曲がった先辺りから、サロンや応接室、貴賓室などへ入室できる扉がいくつも姿を現す。
基本、パーティーを開催するときは、まずは来賓の方々をそこへとお招きし、時間まで待っていただいてから大ホールや、格式高い晩餐会が行われる一階大食堂へとお連れすることになっている。
今回のお誕生日会も同様に、開場の時間前にご到着なされたお客様方にはご記名いただいたうえ、各お部屋でお待ちいただくか、お屋敷の大庭園を散策していただくかのどちらかとなっている。
「ふむ。特に問題はなさそうですね」
大ホールは二階まで吹き抜けとなっており、二階天井のシャンデリアが室内を明るく照らしている。
会場内に運び込まれた丸テーブルには白くて清潔な、そのうえ、刺繍が入った豪奢なクロスが敷かれている。
大ホール左右奥には、バーのようなカウンターも設置されており、本日の目玉となるコールドカクテルを提供する場となっている。
それからエントランス入って正面には大階段があり、吹き抜け周囲の二階通路へと上がれるようになっている。
二階からは、一面ガラス張りとなっているバルコニーへも出られる。
それらも全解放される予定だ。
「いいですね。あとは夕時に料理を各テーブルに運び入れれば会場は問題ないでしょう」
パーティー中は会場内にも警備の騎士が何人か配置される他、お屋敷の至る所に兵が配置される予定だった。
そちらの準備はすべて旦那様や旦那様付き執事のエヴァルト様が手配してらっしゃるので、私はノータッチだ。
ただ、お嬢様やお客様方に万一のことがあってはならない。
私個人の方でも一応、やれるだけのことはやっておく必要がある。
そう思い、昨日までの間に旦那様とご相談のうえ、一つの対策を立てている。
それは魔法が使えるようになった私が司令塔となり、警備兵とは別口で周辺警戒に当たるというものだ。
基本的に通信魔法は高い魔法技術を持つ者しか扱えない魔法といわれており、このお屋敷に詰める騎士階級の兵らは一応、魔力操作できる者も何人かいるが、ミカエラ様やジゼル殿ほど、能力が高い者たちは存在しない。
そのため、お屋敷や敷地内の各所に配置した兵らと随時、連絡のやりとりをすることができないのだ。
しかし、それを可能とする部隊が存在する。
それが、先代様が指揮しておられた特殊部隊だった。
彼ら陰の部隊は先代様がご存命であらせられた頃、どこからか連れてこられた孤児や訳ありの子供たちで構成されているとのことで、密偵のような役割を担っているらしい。
潜伏技能はもとより、情報収集能力や高い魔力操作技術すら兼ね備えているエキスパートとのこと。
実際に会ったことはないが、年齢もまばらで、年の多い者たちは現在、世界に散らばっていてお屋敷内にはいないそうだが、訓練中の若年層の子供たちならお屋敷内にいるとのこと。
そこで、彼らを使って情報のやりとりをすることになったのだ。
ただ、それでも私の不安は拭い去ることはできない。
未来でも、そして一年前にも苦い経験をしている。
私はお屋敷から外へ出てひたすら南西の角地へと歩いていった。
そこには大門のロータリーから続く車庫がある。
魔導馬車や馬車馬を繋ぐ厩舎。
それから旦那様専用の魔導車が置かれている。
角地まで来た私は懐から掌大の黒い人型金属を取り出した。
一見すると操り人形のように見えるが、これは文字どおり、傀儡魔法である擬態兵装魔法で作り上げた金属生命体だった。
これに与えた任務はただの一つ。
不審人物を見かけ次第、魔力の狼煙を上げ、役目を終えることだ。
通信魔法には応用技とも呼ぶべきものがある。
本来は詠唱呪文に通信したい相手との間に共通の合い言葉を入れることで、双方向通信が可能となる。
今回はそれを逆手に取り、金属生命体とも常に通信状態を維持し、異常事態が発生したら、通信が途切れるといったプロトコルを組み込んである。
単純だが、位置情報が確実なうえ、タイムリーだから何かあったときに素早く動ける。
「頼みましたよ」
私は茂みの中に隠すように一体、また一体と、お屋敷の塀に沿って外周を歩きながら、そこら中に設置していった。
今の私の魔力総量と技能だと、最大で八体が限度だ。
そのため角地に一つずつ、南以外の塀中央に一体ずつしかけた。
これで七つ。
もう一つは会場となる大ホールに一体。
見事な観葉植物が植えられた壺の中に放り込んだ。
おそらくパーティーが終わる二十一時までは魔力が持つはずだ。
それ以降は……どうなるかわからない。
「さて、あと確認しておかなければならないのは厨房でしょうか」
それを終えたら、夕時、もう一度すべての確認と警備状況の把握。
まだまだやることは多そうですね。
◇
十六時を回り、会場内が慌ただしくなってきた。
大階段裏にある大扉の向こう側から料理が盛られた大皿などがワゴンに載せられ運ばれてくる。
各テーブルの中央には、先日苦労して調達してきた最高級ワイン『貴婦人の囁き』で作られたタワーが建っている。
一テーブルあたり、およそ二十本使用して作られているため、会場内にある十テーブル合わせて全部で二百本ほどとなっている。
これは飲むために置かれているわけではなく、単純に訪れたお客たちへパーティー主催者側がどれほどの財力=権力を持っているかを誇示するためのものだ。
一見、金の無駄遣いで下らない風習に思われるが、貴族社会では欠くことのできない通過儀礼だった。
食べきれないほどの高価で豪勢な料理や酒の数々を振る舞ってみせることで、揺るぎない財力を有していることを、身内にも来訪客にもアピールすることができる。
金があるということは、即ち権力基盤を築くための資金が潤沢であることを意味する。
富は繁栄の象徴でもあり、憧れや崇拝の対象ともなり得る。
権力があるからこそ、大金が転がり込んでくるともいえる。
だからこそ、お家が盤石であるということを周囲へと示す必要があるのだ。
そしてそのための手段として必須となっているのが、パーティーでの大盤振る舞いだった。
というより、そもそも貴族社会におけるパーティーや夜会とは、場を楽しむために行うものではない。
互いの力関係を確認し合うための場だ。
あるいはお家同士の繋がりを強固にしたり、結婚相手を見つけたり、仲間内の結束を高めるための場。
貴族の社交パーティーとはそのような意味合いを持っている。
だからこそ、多量の高級酒類が必要だったのだ。
しかし、普通にやっていると、今回はおそらく足りなくなるだろう。
招待客はそれほど多くはない。
シュレイザー公爵家にとって親しい家に限定して招待状を送ってある。
王族を始め、シュレイザー公爵派閥や中立を決め込んでいる一部の宮廷貴族たちのみ。
確か合計で八十人ほどと伺っている。
帰りにお土産として、タワーになっている以外の『貴婦人の囁き』を二本と、カクテル以外に用意する予定の新しい焼き菓子をお渡しする運びとなっている。
普段であれば千本ほど調達できているから余裕で間に合うのだが、今回はまったく足りていない。
何しろこの国の国民は皆酒豪が多い。
ワインなど、余裕で一人あたり四本とか開けてしまわれるだろう。
幸い、今回は社交の場であるから湯水のように飲まれる方はおられないだろうが、それでも、なんとか早めにカクテルなどに注意を引き寄せ、そちらをメインでお飲みいただかなくてはすべてが終わる。
私は会場内の準備が順調に進んでいることを確認できたので、その足で一階厨房へと向かった。




