52.感涙にむせぶ
「お嬢様、六歳のお誕生日、誠におめでとうございます」
「ありがとう、ヴィクター! 私、無事に今日という日を迎えられまして、大変嬉しく思っておりますの。これもひとえに、ヴィクターのお陰ですわ」
「いえ、滅相もございません。私の力など、取るに足らない矮小なものにございます」
「そのようなことございませんわ! 私が小さな頃からずっと見守ってくださり、昨年も、まるで物語の騎士様のようなご活躍で私の命をお救いくださったのですもの。本当に感謝しているのですよ?」
本日はお誕生日会の関係で普段とは一日の流れが異なる。
そのことをお伝えするために、いつものように朝九時頃、お嬢様のもとを訪れた。
お嬢様のお召し物はいつもと変わらず室内着のドレスであらせられたが、パーティーが始まる本日十八時になる一時間ほど前には、お嬢様がお好きなピンク色のパーティードレスへと衣装替えなさる予定だった。
「そうおっしゃっていただき、不肖このヴィクター、感謝の念に堪えません。これからも日々精進してまいりますゆえ、何卒、これからもよろしくお願いいたします」
「えぇ。私の方こそ、よろしくお願いいたしますわね」
腰を折る私のすぐ目の前でにっこりと微笑まれる愛らしいお嬢様。
この時代に戻ってきてからあと少しで一年になろうとしている。
本当にあっという間だったような気がしてならない。
この間、いろいろあり過ぎて困惑することばかりだったが、何よりも驚いたのはお嬢様のご成長振りだった。
一年前も利発な受けごたえをしておられたが、今は更に磨きがかかっておられるような気がする。
何より、この一年で随分と雰囲気も変わられた。
見た目は……残念ながら、お嬢様の長年の悩みであらせられる小柄体型ゆえか、それほど背が伸びておられず、愛らしいお顔もまだまだ幼い。
それでも、本来の歴史で見聞きしてきたお嬢様と照らし合わせてみても、精神性は段違いだった。
よくお勉強なされている。
それが私にとっては何よりも嬉しいことだった。
「ところでヴィクター。その腕は……?」
本日ご尊顔を拝してからずっと感じていた視線。
お嬢様付きの侍女であるリセルやマーガレットからも指摘されましたが、やはり気になるようです。
何しろ、本日が義手の初お披露目ですから。
「これは義手にございます。とても高性能なものが入手できましたゆえ、以前と変わらず、両腕で仕事をこなせるようになりました」
にっこり微笑みながら左手を動かす。
平民が使用するような義手は、本当にただ腕がついているように見えるだけのもので、正直実用性がない。
それに比べて、富裕層や貴族が使う魔導具製のものは、魔法金属と同じく、魔力を流し込んで動かす仕組みとなっている。
ただ、やはり相当高度な魔法操作が必要となる他、私が体得した禁術と違い、本物と寸分違わない動きをさせるのは不可能とのこと。
どうしてもどこか機械的な動きとなってしまう。
何より、見た目が完全に機械の腕だ。
「本当にすごい……! これ、正真正銘の義手なのですか?」
「えぇ。もちろんにございます。触られてみますか?」
「えぇ!」
私は左手をお嬢様の方へと差し出した。
お嬢様は恐る恐る手袋の上から私の左手を両手で触られる。
瞬間、びっくりされたようなお顔となった。
「ヴィクター! これっ。本当にすごいですわ! 堅さがあるのに、どこか柔らかくもある。それに、温かいですし、しっかりと腕の形をしてますの!」
「えぇ。ですから高性能なのですよ。ですのでお嬢様、今後はもう何もご心配なさらずとも大丈夫にございます。私は見事、不死鳥のように蘇ってまいりました」
「えぇ、えぇ。ヴィクター……本当に……」
本日のお嬢様はよく表情がお変わりになる。
嬉しそうに笑われたり、驚かれたり、そして安心なさって……泣き顔に。
「お嬢様、お目を擦ってはなりませんよ。腫れてしまわれますから」
「わかっております。ですが、嬉しいのです。私のせいで、あれほど苦労してらしたヴィクターが、ようやく、まともな日々を送れるようになられたのですから」
私の腹にお顔を埋めるようにしながら抱き付いてこられたお嬢様。
私はその小さな頭を見下ろす形となっておりましたが、壁際のリセルに目配せして、お嬢様の介抱をお願いした。
本当なら頭の一つでも撫でてさしあげたかったのですが、それは使用人の立場では許されない。
専属侍女であれば、お世話係としてある程度は許されるものの、執事である私はしてはならない。
私はリセルに慰められているお嬢様のお姿を拝見し、胸がチクリと痛んだ。
お嬢様はやはり、私があのような姿となってしまったことを、ずっと気に病んでおられたのでしょう。
自責の念に囚われ、どこかご自身を責めておられたのかもしれません。
そう考えるとやはり、危険を承知で禁術に手を出してよかったということになるのでしょう。
「それでは本日のご予定ですが――」
大分ご気分の方も落ち着いてくださったご様子でしたので、私は早速本題に入った。
ひととおりご説明申し上げたあと、腰を折って踵を返す。
その際、お嬢様はどこか寂しそうなお顔をされていたような気がしましたが、後ろ髪引かれる思いを無理に打ち消した。
本日はお嬢様の晴れ舞台。
失敗するわけにはまいりません。
何より、会場の安全を確保するという最優先任務がある。
会場となる大ホールを始め、お屋敷すべてを隈なくチェックしなければ安心してパーティーなど開催できるはずがない。
私は扉へと歩きながら、付近で壁の人となっていた護衛騎士の姉妹へと軽く会釈をした。
ガブリエラ女史とシファー女史のお二方は私に敬礼する。
本日は護衛任務の形式もいつもとまるで異なる。
いつもなら交代で護衛の任についているところだが、本日は別に増援の護衛が三名ほど付くことになっているため、二人は朝からパーティーが終わるまでの間、ともに行動してお嬢様の安全を死守することになっていた。
「本日もお頼み申し上げます」
「はい。心得ております!」
「――おります!」
姉は勇ましく、妹はどこかほんわかとした空気を漂わせながら応じた。




