51.すべての準備は整った
魔導工房で禁術である擬態兵装魔法の一つ、人体の再構築を試みてより一週間が経過していた。
いよいよ、お嬢様のお誕生日会が明日に迫っていた。
あの日、実験した当日。
医務室へと運ばれていった私を診察してくださった医師は、何度も何度もあり得ないと驚愕されていた。
以前の私は、医療器具によるスキャニングで肉体を解析したところ、明らかに無理やり神経を繋ぎ合わせたかのような、継ぎはぎだらけの画像となっていたそうな。
それなのに再検査したところ、まるでその傾向は見られず、それどころか常人以上に健常だったらしい。
壊死していた細胞を治癒した跡も、綺麗さっぱり消えているとか。
画像映像は専門家でなければ見てもよくわからないそうなので、実際拝見させていただいたが、個人的にはよくわからなかった。
しかし、立ち会われた医師を始め、スカーレット女史もミカエラ様も、それからミカエラ様の同僚の男性魔導士ジゼル殿も、大騒ぎとなっていた。
それを見る限り、やはり、治療は成功したということなのだろう。
いやはや、おそるべきは古代の叡智ということなのでしょう。
とはいえ、予想はしていましたが、そのあとが大変だった。
一週間経った今では普通に身体も動くようになっていますが、今日に至るまでのリハビリはやはり、相当に辛いものがあった。
肉体が再生したということは、言うなれば、まったく負荷がかかったことのない新品の細胞と、身体の一部が入れ替わったということでもある。
そのような状態では、健常だった他の細胞とうまくリンクするはずもない。
神経も入れ替えられているから、私個人という身体に細胞がまったく馴染んでいないため、うまく動かせなかったのだ。
それゆえ、今までのように動かすためにはやはり訓練が必要となる。
想像を絶するほどに大変な毎日を繰り返しておりましたが、それでもこれに耐えれば元どおりの生活が送れるとあって、私はまるで苦にならなかった。
むしろ楽しくもあった。
残念ながら、左腕の再生はあの禁術では不可能らしいので今なお片腕がないままではありますが、それでも、身体を鍛えれば鍛えるほど、筋力と肉体強度が飛躍的に向上していくような感覚が確かにあった。
身体の動きも毒に倒れる以前より洗練されているような気がして、本当に面白かった。
どれほど潜在能力が向上したのかわからないぐらい、まったく肉体の限界を感じない。
最上級ランクに位置する冒険者や英雄たちは、もしかしたらこういう感覚を持っておられるのではないだろうか?
……いえ、言い過ぎですね。
確かにそれと似たような感覚を備えているかもしれませんが、私が彼らと同じになれるはずがありません。
元々が中途半端な人間なのですから。
たとえ潜在能力に向上が見られたとしても、彼らほどの一流にはなれないでしょう。
私は朝から工房にこもりっぱなしで、現在再び流体魔法金属を生成していた。
リハビリは順調に進んでいる。
まだ万全とはいえないが、それでも、長剣を握れるほどには筋肉と神経が回復してきている。
しかし、やはり今の私には重すぎた。
だからあまり多用しない方がいいとは思いつつも、今の自分でも扱えるような軽くて丈夫な武器ができないかと、ここ二、三日、試行錯誤を繰り返していたのである。
そうしてようやく一つの案に辿り着いた。
擬態兵装魔法はそもそも、自身が持つ魔力を金属に流し込んで自由自在に操る魔法である。
魔核を埋め込んで金属生命体を生み出すことも可能だが、その本分はやはり、魔法操作による擬態にある。
生成されたばかりは流体だが、その後、魔力を伝達することで固形にも流体にも思いどおりに形状変化させられる。
それが最大のメリットだ。
つまり、これを使って、義手と長剣――もっといえば、片刃の刀を作り出せば、相当に扱いやすくなるのではないか。
そう思ったのだ。
魔法金属は文字どおり手足のように扱えるし軽い。
素材の調達にてこずったが、特殊な加工方法をする以外は現存する材料でもなんとかなるので、それほど難易度が高いわけではない。
何より、魔法金属こそ、義手に相応しい。
「幸い、魔力の操作方法も今の私であれば、ある程度は普通にこなせるようになりましたからね」
まだ練習し始めたばかりだから、ずぶの素人だ。
しかし、今まで使えなかった魔法がある程度普通に使えるようになっている。
だったら今後、もっと鍛え続けていけば、相当な使い手になれるのではないだろうか。
何しろ、私には禁書の知識があるのだから。
禁呪とされるいくつかの初歩魔法や時幻魔法が使える日もそう遠い未来ではないだろう。
私は薄暗い地下室で一人、ほくそ笑んだ。
◇
そして翌日。パーティー当日。
前日のうちにやれることはすべてやってきた。
急ピッチで作り上げた高純度の魔法金属を魔力操作による形態変異で、本物と見分けがつかないような刀として作り上げた。
更には、今後、私の左袖が風になびいてぶらつくようなこともない。
貴族の御方々が目にされて、思わず眉をひそめてしまうような不測の事態ももう起こらないだろう。
それほどに、刀同様、本物の腕と見分けがつかないような義手が左肘から生えていたのである。
公式な執事業を行うときには白い手袋を着用しているが、それを外しても本物の指や手の甲、掌にしか見えない。
「本当に素晴らしきかな、禁忌魔法」
私は自室の姿見で、上半身裸の自分を眺めていた。
冒険者時代にできた刀傷は相変わらず無数に残っている。
しかし、それ以外は毒に倒れる以前とまったく変わらない見た目となっていた。
痣のようになっていた傷跡ももうない。
痩せ細った脆弱な肉体も、今は均整の取れた美しい筋肉美に彩られている。
過分でもなく、貧弱でもない。
丁度いい肉厚。
何より、まったく違和感なく普通に動く左腕が今はある。
高度な魔力操作を要求されるが、義手程度であれば今の技能でも問題ない。
私は白いシャツを着用し、タイをつけ、ジャケットを羽織った。
手袋も身につけ、髪型を整える。
未来では白髪交じりの後ろに流した黒髪だったが、今は七三分けで右側の前髪が軽く垂れているような髪型。
後ろは襟足でひとまとめにし、黒いリボンで結んである。
どこにも綻びはない。
まさしく、どこへ出ても恥ずかしくないようなお嬢様付き専属執事の完成だ。
魔法金属製の若干湾曲した刀も鞘ごと腰に帯剣する。
現在時刻は朝の五時。
私は部屋を出て、単身、長くなりそうな本日の戦場へと赴いていった。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
本エピソードをもちまして【第二章 禁呪魔法】が完結となります。
次のエピソードからいよいよ激動の新章スタートとなります。
今後とも、応援のほどよろしくお願いいたします。
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