49.マギアプロトコル3
毒矢にやられて倒れたとき、私は一度死んだのだと、治療に当たってくださった医師や魔導士たちからあとで聞かされた。
毒が原因で、すべての筋組織と神経組織がズタズタに引き裂かれてしまい、相当酷い状態になっていたのだとか。
よくて脳死、悪くて即死だったと、そう聞かされた。
しかし、錬金術の粋を結集して作り出されたといわれるかなり高価な秘薬が存在しており、生命の礎と名づけられたその薬を服用したことでなんとか一命を取り留めたのだそうだ。
しかし、そんな高価な代物を使っても、私の身体は元には戻らなかった。
なんとか生命活動が続けられるぐらいには神経も筋組織も繋ぎ合わされたけれど、ボロボロとなってしまったことに変わりはない。
たとえ魔導テクノロジーの最先端を行く再生医療機器や、最高位の治癒魔法でもそれ以上はどうすることもできなかったという。
だから私は禁書庫で、『人体の再構築方法』という禁術を見つけたとき、狂喜したのだ。
『壊れた細胞を除去し、新たに同一の生きた細胞をコピーし再構築させ、元あった場所へと定着させる』
そういった『規約と手順』を示す魔法言語を魔核に記述し、魔法生命体として生み出すことで、再生不可能となってしまった肉体を元どおりの身体に戻せるという話だった。
だから私はそれを実行に移し、そのうえで体内へと取り込み、壊れたすべての細胞を作り直そうとしたのである。
もし目論見どおりいけば、すべてがうまくいくはずだった。
作り直された神経や筋組織は、再構築が終わったばかりの頃はうまく身体が動かせなくなってしまうようだが、リハビリ次第では元の身体以上に効率的に肉体を動かせるようになるとかで、超人的な身体を手に入れることも夢ではないとのことだった。
更には、魔力伝達回路も修復され、よりよい流れとなって効率よく魔力を運用できるようになるとか。
何より、今まで魔法適性がないと思って諦めていた魔法。
今回の人体再構築を通じて、魔力の可視化という副産物まで生み出せるらしく、魔力操作も容易になるとか。
魔法適性がない人間は魔力を認識できないからうまく魔力操作できないだけで、心の目で魔力が視えるようになれば、魔力の錬成、詠唱呪文による魔力の魔法化と操作、行使がすべてやりやすくなるのだそうだ。
だから私は歓喜した。
元どおり以上の肉体を手に入れることができ、更には魔法まで使えるようになるのだから。
禁書に記されていた戦略級極大魔法は、さすがに魔法技術や相対魔力量が圧倒的に低い我々人類には扱えないらしいが、それでも、今は存在しないロストアトリビュートと呼ばれる時と幻属性のちょっとした禁呪程度なら使用可能になるとか。
だから、私は大いに期待していたのだ。
しかし、残念ながら、どうやら実験は失敗に終わってしまったようだ。
さすがに一度にすべての細胞を同時に修復などしたら、当然臓器不全を起こして死に至ってしまう。
だから細胞一つ一つ丁寧に確実に処理されるよう、魔法金属生命体を調整していたのだが。
あれほどのおぞましい激痛。
吐血し、あまつさえ気を失ってしまうなどと。
やはり、禁術は所詮禁術だったということだろうか?
それとも何か、手順を間違えたのだろうか?
今となっては何もわからない。
というより、なんの感覚もなかった。
真っ暗闇な世界を私は浮遊している。
おや?
どこかで何か声が聞こえたような気がした。
赤ん坊の声だろうか?
クスクス笑うような声が聞こえる。
こっちだよ、そっちじゃないよと、誰かが話しかけているような気がした。
「あなたたちは、誰なのですか?」
声をかける私に彼らは答えない。
ただただ、いたずらっぽく笑うだけ。
仕方なく、私はあてどなく歩き続けた。
やがて、微かな光が見えてくる。
おや?
その光は私の顔のすぐ側を飛んでいた。
淡い光の玉のようなそれが三つほど、踊るように舞っている。
笑うような声がそこからした。
「まさか、先程のあれは、あなたたちだったのですか?」
しかし、やはり何も答えてはくださらない。
「仕方がありませんね」
私は彼らとともに、永劫とも思えるようなときを、ひたすらさまよい歩き続けた。
疲れも何も感じない。
悩みも苦しみもまるでない。
こんな時間をずっと生きていくのも悪くないかもしれない。
そう思い始めた矢先だった。
私の身体が急に光り始めた。
なんの感覚もなかった身体に熱を感じ始めた。
それまで形として視認できなかった掌を顔まで持ってくる。
なぜかないはずの左手までそこにはあり、両手から赤い炎が噴出し始めていた。
全身を流れる青白い粒子のようなものまで見えた。
私はその瞬間、唐突に理解した。
それが魔力であり、魔力の流れなのだということを。
「あ~あ……」
突然、光の玉が残念そうな声色を吐き出した。
「もっと遊びたかったのに」
別の誰かがしゃべった。
「でも、これからはボクたちみんな一緒だよ」
別の光が楽しそうに笑った。
私もなんだか楽しくなった。
「そうですね。あなた方は今後とも、ずっと私とともにあるのですから」
――魔力。
ひたすら心臓から生み出され続けるよくわからない力。
魔法の源となり、ときどきおかしな現象を引き起こす不可思議な力。
「そういうことですか。あなたたちが魔力の根源でしたか」
清々しい気分となり笑う私に、周囲を飛び交う光が無尽蔵に増えていった。
眩しくて目を開けていられなくなってしまう。
そんなとき、ふいに、私は全身の感覚を完全に取り戻していた。




