48.マギアプロトコル2
「これは……」
「おい、ヴィクター。いったい何が起こったっ……」
「ヴィ、ヴィクター様……」
「これは……すごいですわっ。まさに叡智! 未知なる現象! いったいどのようにしたらこのようなことが……!?」
こういった魔法反応が起こることを事前に理解していた私ですら、実際に目にして驚いてしまったが、旦那様方も一様に様々な反応を示された。
流体魔法金属から発せられる光が収まりを見せ、まるで生き物のようにうねり狂い始めるそれ。
キラキラとした粒が見えるそれらはまるで、魔物として知られるスライムのようだった。
そんな異様な物体の中に、先程投入した黒真珠のような魔核が存在している。
始めそれは飛び跳ねるように頻繁に場所を移動していたが、やがて木っ端微塵に弾け飛ぶように消えてしまった。
流体魔法金属に浸透した結果だ。
そのように理解している私はいよいよそのときがやってきたと覚悟を決めた。
「旦那様、それから皆様方」
静かにテーブルを囲む旦那様方を見渡す。
「準備が整いました。これより、禁呪の一つ、擬態兵装魔法を応用した人体再構築を行いたいと思います」
腰を折る私に、旦那様が生唾を飲まれる。
「本当に今更だが、大丈夫なのであろうな? もしも失敗などしようものなら……」
「わかりません。これは古に封じられた禁呪であり禁術でもあります。このような技術がなぜ大昔に禁術指定されたのか、その理由を考えれば本来であれば試さない方がいいのでしょうが」
あの禁書の中には、使用方法や、不毛の大地化による禁術指定理由以外にも、いろいろなことが明記されていた。
この傀儡魔法としてくくられている大カテゴリー内に章立てられている擬態兵装魔法には、これが記述された時代に発展を遂げた魔法科学ですら解明できなかった不可解な謎があったらしい。
それが、極まれに発生するおかしな現象。
予想外の結果を生み出したり、意図しない物体が作られたり、または、ただの魔法生命体ではない、文字どおり生きているとしか思えないものまで生み出されることがあったとか。
古代人たちはその原因に魔力が関係しているのではないかと考えたらしい。
今の時代の人間も当たり前のように使っている魔力だが、実際に魔力とはいったいなんなのか。
その正体を知る者は誰もいない。
どうして人は魔法という異形の力を使えるのか。
なぜ魔力なんてものが存在するのか。
大昔の者たちも研究したが、結局わからなかったらしい。
しかし、禁書に記されていた魔力の可視化という現象を体得することで、魔力がまるで意志持つ生命体のようにうねっている姿を体感することができるようになるとか。
もしかしたら、そのうねりが禁術に影響を及ぼしているのではないかと考えたそうだが、結局のところよくわからず、それどころか、なぜ擬態兵装魔法のような技術を生み出せたのかすら、説明がつかなかったらしい。
そのため、擬態兵装魔法を使用した不毛の大地の一件もあって、「やはり危険な技」として禁術指定されたそうだ。
だからもし、今回、その意味不明な現象が起こった場合は……。
「旦那様、もし万が一のことがございましたそのときには、お嬢様によろしくお伝えください。不肖、このヴィクター、最後の最後まで、お嬢様にお付き合いできず、申し訳ございませんでしたと」
慇懃に腰を折る私でしたが、
「ぬかせっ。しっかり禁呪を成功させ、生きて無事、元どおりの身体となって戻ってこい!」
「はは。旦那様は相変わらずですね」
怒っておられるのか、それとも悲しんでおられるのかよくわからない表情を浮かべておいでだった。
私はもう一度、お三方を見回し、そのあとで、既に壺から飛び出してテーブルの上で蠢いていた流体魔法金属――いえ、『損傷細胞再構築プロトコル』が書き込まれた金属生命体へと向き直った。
白いシャツ姿だった私は上半身裸となり、先のない左肘をそれへと突き出した。
その瞬間、勢いよく金属生命体が私の左肘へまとわりつくや否や、傷跡や毛穴という毛穴すべてから、勢いよく、体内へと吸い込まれていった。
「ぐぁっ」
おぞましい感覚が左腕から全身へと突き抜けていく。
正真正銘、スライムに内部から捕食されたかのような気分だった。
血も細胞も何もかもすべてが灼熱に焼き尽くされていく。
立っていられず、床の上に片手と両膝をつく格好となってしまった。
「ヴィクター様っ」
「く、来るなっ」
慌てて私を介抱しようと動かれたスカーレット女史を鋭く制した。
いつもの営業口調で対応する余裕などまったくなかった。
「来ては……なりま……せんっ。接触すれば、他者にまで悪影響が……」
この禁術がどのような効果をもたらすのかなど、本当のところ使用した私にもよくわからなかった。
身体の内部へと取り込んだ私だけに効果があるのか、それとも触れた者たちにも影響を与えてしまうのか。
「とにかく……みなさん……離れて……がはっ」
「おいっ、ヴィクター……!」
「ヴィクター様っ……」
「…………」
脳も内臓も全てが解け出してしまったのではないかというほどに、ドロドロとした鮮血を口から吐き出していた。
床を汚したそれが、スライムのようにうねり狂っている。
「これは……本当に……成功するの……ですか……?」
私の意識があったのはそこまでだった。
誰かが叫んでいたような気がするが、地べたに突っ伏してしまった私にはもはや、何も知覚できなかった。




