45.西のゴミ集積場1
「では」
私ははやる気持ちを抑えて中へと入っていく。
貴族の紋章が描かれた馬車を見た者がいたからだろう。
タキシードを着た場違いな服装の私に、中の作業員たちが騒然となる。
すぐに責任者らしき中年男が大慌てで駆け寄ってくる。
「し、失礼ですが、ここはお貴族様方が来られるような場所ではございません。すぐさま、避難された方がよろしいかと」
「本来であればそうしたいのですが、やんどころのない事情がございましてね」
そう前置きして事情を説明すると、責任者は運搬業者や作業員を手際よく集めてくれて、相談し始めた。
しかし、
「大変申し訳ございませんが、その……お貴族様が探されているゴミは先頃、焼却炉の中に放り込んで燃やしてしまったばかりらしくて……」
「なんですと……!?」
彼の言葉に愕然となる私だったが、そんなとき、突然、「ボ~ンッ」と、何かが破裂するような音が聞こえてきた。
「まさかっ……」
背筋がざわつく感覚に襲われる。
周辺が一気に騒然となった。
「おいっ、いったい何事だ!? さっきの音はなんだ!?」
「わ、わかりませんっ。もしかしたら、焼却ゴミの中に、何か異物が混ざっていたのかもしれません!」
「ちぃっ。なんでそんなことになるんだっ。ゴミの分別はきちっと行えと、何度も言っているだろうがっ」
「も、申し訳ございません!」
責任者と、もう一人の副責任者らしい人物が言い争っている。
「お二方、そのようなことをなさっている場合ではないでしょう! 今は一刻も早く、避難されるなり、現場を確認されるなりなさらないと!」
「そ、そうでしたね。取り乱しました――おい、お前ら、現場はどうなっている!?」
「は、はいっ。奥から逃げてきた者たちによりますと、第三焼却室にて小規模の爆発が起こったそうです! 幸い、焼却炉は破損せず、今は緊急停止しているとのことです」
「あい、わかったっ。今すぐ俺も向かう!」
浄水施設も焼却施設も、その中枢を担う設備はすべて魔導具である。
魔導産業革命の恩恵を十二分に受けた最先端技術で作られた業物だ。
多少の爆発程度ではびくともしないということですか。
私はほっとするとともに、奥へと向かう責任者のあとについていこうとしたのだが、
「申し訳ございません。これより先は、たとえお貴族様といえども、立ち入りはご遠慮いただきたいのです。大変汚い場所ですし、危険な場所ですので」
「私は一向に構いません。もしかしたら、私が探しているものが原因で先程の爆発が起こったのやもしれませんから、その調査を行う必要があるのです」
「なんですと? もしかして心当たりがおありで?」
「本当にあのレストランで出たゴミが焼却炉の中にあるのでしたら、ですがね」
責任者はしばらく考えた末、頷いた。
「わかりました。ではご同行ください」
そうして責任者と私、それから数名の作業員らは細い工場通路の中を移動し、重厚な金属扉の前で立ち止まった。
船の舵のような丸いドアノブを何度もぐるぐる回したあとで、扉がガチャッと開き、中から蒸気が噴き出してくる。
熱気と悪臭が通路に立ち込める。
さすがというべきか。
責任者が申したとおり、これは貴族が来るべき場所ではない。
服にまで臭いが付きそうだった。
内部は広々とした部屋となっており、そこに巨大な丸い釜が設置されていた。
正面には丸いガラスのような小窓がはめられており、内部を確認できるようになっている。
――これが噂に聞く焼却釜ですか。
既に装置は停止しているとのことだったが、中のゴミはまだ燃えているようだ。
遠目からでも窓から見えるゴミは真っ赤に燃えていた。
「危ないので少し離れていてください」
責任者はそう前置きし、自身は近寄っていって窓から内部を覗き込んだ。その瞬間、
「バカなっ。なんだこりゃ!? どうして中に火トカゲの幼体が入り込んでいやがるんだ!」
「なんですと?」
悲鳴にも似た叫び声を上げて、慌てて飛び退る責任者。
その声に反応したかのように、釜の中からガンガンと鈍い金属音が鳴り響いてきた。
私は悲鳴を上げる周囲の作業員たちを尻目に、ゆっくりと近寄っていった。
火トカゲといえば、火を吐く中型魔獣として知られる獰猛な生き物だ。
幼体は一メトラル(一メートル)ほどだが、成体になると三メトラルを越すといわれるほどの巨体で、とても厄介な相手だった。
本来であれば、彼らの生息域は赤道付近の砂漠や火山の辺りなのだが、どうしてこのような場所に。
しかも、なぜ焼却釜の中に。
考えられる可能性はいくつかあるが、
「……なるほど。どこかのおバカさんが故意か、それとも誤って火トカゲの卵をゴミと一緒に処分したようですね」
「卵ですと!?」
「えぇ」
覗き窓から中を覗き込んでいた私は、中にいた三十セトラル(三十センチ)ほどしかない小さなトカゲと目が合った。
その瞬間、そいつは炎に包まれながらも、私を威嚇するように突進してきては長い尻尾で分厚い金属釜を叩いてくる。
なるほど。
確かに火トカゲですね。
炎で焼けることはなく、むしろ栄養にしてしまう生き物。
そして強靭な尻尾と顎と牙。
冒険者時代に戦ったことはありますが、随分と手を焼いたものです。
ブレスを喰らって髪を燃やされたことも何度かありましたね。
あのときは本当に「クソがっ」と、思いましたが。
「シュレイザー公爵様の執事殿とおっしゃいましたか」
「ヴァンドールで結構ですよ」
「で、ではヴァンドール殿。卵とはいったい、どういうことでしょうか!?」
「簡単なことですよ。釜の中に卵の破片のようなものが落ちています」
「なんとっ」
「あれは火トカゲと同じく、燃え尽きることはございません。とても石のように固く、溶岩が固まってできたような形状をしているのです。おそらく、そうと気付いて、あるいは気付かずにゴミと一緒に捨てられたのでしょう」
「なんてことをっ。火トカゲの卵をゴミと一緒に捨てるなど! これはただ事ではすまされませんぞ!」
「そうですね。これを行った者は、おそらく厳罰となるでしょう。すぐさま衛兵に知らせて、対処していただいた方がよろしいかと。それから決して、釜の蓋を開けないようにお願いします。この魔獣は燃えているものを餌にどんどん成長してしまいますし、とても危険な生き物です。そこら中に火の手が回ったら取り返しがつかないことに」
「存じておりますともっ――ヴァンドール殿! 此度はお手数をおかけし、申し訳ございませんっ。感謝申し上げます!」
急に慌ただしく動き始める周囲に、私は落胆しながらその場をあとにした。




