40.商談という名の脅迫?3
コッポラーの秘書が商談室に取り付けられていた結界魔導具の制御スイッチを作動させたのを確認し、魔導契約書にサインをさせてから、これからやろうとしていることの内容を事細かく説明してみせた。
結界魔法が作動している間は、外からはいっさいの干渉を受け付けないうえ、内部に侵入することもできない。
そのため、盗聴魔法もいっさいが無効化される。
これで、契約内容が外に漏れることはない。
「まさか、複数の酒や果物などを混ぜ合わせて、新しい味を作り出そうとは」
未来では普通に作られていて、庶民にも愛されていたコールドカクテルだが、今の時代では存在自体誰も知らない。
炭酸水に関しても同じだ。
ワインなどに香辛料やミルクなどを混ぜて温めて飲むホットカクテルは北方地方でよく飲まれているものの、華やかな舞台などで飲まれるものではない。
リキュールに関しても同様だ。
既に一部の愛好家の間では飲まれている香り付けされた蒸留酒だが、昔ながらの流れを汲む薬草酒に似たものばかりしかないと、記憶している。
ミントやスパイスなどで風味付けされた、香りを楽しんで飲む香草系リキュールは水で割って飲むだけ。
ヘーゼルナッツなどで風味付けされた種子系も出回っているものの、やはりこちらも香草系と同じだ。
華がないわけではないものの、製法や飲まれ方があまり洗練されておらず、他の果実系などの甘みを重視したものの種類が圧倒的に足りないため、結局流行っていないのだ。
将来的には酒の飲まれ方に見直しがかかり、コールドカクテルの登場によって様々なリキュールが登場することになるが、今はそのときではない。
そして何より。
この国の者たちは概ね、貴族も平民も皆等しく、一つの品種として用意された酒を水割りやロックで飲むことはあっても、他のものと混ぜ合わせて飲むといった習慣はほとんどない。
ホットカクテル以外は。
だからこそ、魔導具の登場により魔法が使えない人間でも簡単に氷が作り出せる世の中になったというのに、いまだにコールドカクテルという飲み方が定着していないのだ。
「確かに、これならば、新しい物好きのお貴族様の間では評判になるかもしれませんね」
「えぇ、そうですね。先程もご説明いたしましたが、見た目も様々な色を用意できますし、トッピングによってはまさに芸術品ともいえるものが作れると思います。本来は飲み手の好みやそのときの気分によって、バーテンダーが何を作るかといったおまかせも、このお酒の売りの一つですけどね」
「なるほど。ですがまずは、といったところですか」
「えぇ。今回のパーティーを通じて、この新しいお酒を世にお披露目し、来賓の方々が気に入ってくだされば、新しい流行も起こすことができるでしょう」
そしてそれがお嬢様のお誕生日会がきっかけともなれば、益々公爵家の名に箔がつき、お嬢様の株も上がる。
これぞまさに一石三鳥。
「ですがくれぐれも」
「わかっております。このことは誰にもしゃべりません。まだ死にたくはありませんからな」
「えぇ、是非そうしてください」
話はこれまでとばかりに、あとのことはコッポラー商会にお任せして、待っていた馬車に乗り込んだ私とスカーレット女史たち。
ひとまずこれで、発注ミスについてはどうにかなるでしょう。
まぁ、いくつか気になることはありますが。
――新しい酒の飲み方という確実に起こるであろうムーブメント。それを、既得権益を持つ教会がどう解釈するか。
まぁなるようにしかならないといったところですか。
ともかく、二週間という短い期間で、私が指示したとおりのリキュールや果実水などを準備してくれることを期待しましょう。
そして必ず、パーティーの場ではプレゼンテーションを成功させられるように、料理長たちにもがんばってもらわなければ。
お酒だけでなく、料理やデザートの数々もこれまでになかったものを用意してご覧に入れましょう。
二週間後のパーティー会場の熱狂振りを脳裏に思い描きながら内心ほくそ笑んでいると、何やら熱い視線が注がれているのに気が付き視線を上げた。
スカーレット女史だった。
名前のとおり深紅の髪と瞳を持った愛らしい彼女は、どこか潤んだ瞳をこちら側へと向けてきていた。
「どうかされましたか?」
「い、いえ。その、私、あのような商談の場を初めて拝見させていただいたものですから、その、ヴィクター様のお姿があまりにもお美しく光り輝いて見えて……」
「美しい……? 私がですか?」
「は、はいっ……」
「ふむ……。変ですね。私は一介の執事にございます。妙齢のご婦人方の目にそのように映るなど、とてもとてもあり得ないことでございますよ。元は無骨な下町の冒険者でしたしね。おそらく、スカーレット女史は慣れない付き添いでお疲れになってしまわれたのでしょう」
「いえ……そのようなことは……」
小首を傾げる私に、相変わらずもじもじされる彼女の代わりに、真横に座られていたミカエラ様が、
「うっふふ。ヴィクター様もお人が悪い」
「はい?」
「先程の商談。あのように、明らかにこちら側に非があったにもかかわらず、ご自身に有利なように一方的に事を運んでしまわれる才をお持ちだというのに、とんと、ご自身のことには無頓着であらせられるのですわね」
「それはどういう意味でございましょうか」
「うっふふ。簡単な話ですよ。あなた様はご自身が思ってらっしゃるほど、干からびてはおられないということです」
「干からびる……とは?」
「ヴィクター様? お屋敷の侍女たちの間で、いいえ、時折いらっしゃる他家のご婦人方の間で、ヴィクター様がどう呼ばれておいでかご存じですの?」
ミカエラ様はそこまでおっしゃり、艶然と笑ったあとで耳打ちなされた。
「とてもお美しい麗しの黒公子様。あるいは『狂わせの略奪者』、ですわ」
とてもおかしそうに笑われ続けるミカエラ様に唖然としてしまった私と、そんな私を相変わらず熱っぽい視線で見つめてくるスカーレット女史。
魔導馬車はひたすら商業地区を走り続けていった。




