39.商談という名の脅迫?2
「まいりましたね」
公爵家の権力を使って、最悪無理やり差し替えろと強硬手段に出ることも可能ですが、品位が下がるし教会とも揉めることになるからなるべくなら使いたくない。
どのみち、きっちり千本用意することも不可能でしょう。
かといって、安酒千本などいらないうえ、宙に浮いてしまった二百本だけ買い取ったとしても、本来用意するはずだった高級酒があまり手に入らないのでは、パーティーそのものが成り立たなくなってしまう。
「一応伺っておきますが、もし仮にこちら側が在庫不良となった『溜息』二百本すべて買い取ったうえで、優先的に『囁き』をすべて回すように依頼した場合は可能ですか?」
「そ、それでしたら当方としましても、特に損害もありませんので可能かと思われますが、ですが、先程も申し上げたとおり、今から千本はとてもとても」
「ふむ。ではいかほど用意できそうですか?」
「え、あ、はい。えと――おい」
コッポラーは秘書と何やら相談したあとで頷いた。
「すべての大口取引を一時停止したとして、五百本が限度かと思われます」
「五百ですか。まったく足りませんね。なんとかならないんですか?」
「無茶言わないでください。本来であれば、先程いらしてくださった伯爵様のお家にも回すはずだったのです。それをすべてキャンセルしたとしても、五百が限度でして」
「なんとか増産体制を整えられませんか?」
「そうしたいのはやまやまなのですが、何分、月に醸造していい数というのが教会から定められておりまして、流通量が厳しく制限されているのですよ」
「なるほど。まぁ、そうでしょうね」
高く売れるからといって、たくさん製造し不良在庫にでもなったら、処分するために安く売るしかなくなってしまう。
そうなれば、最高級ワインとしての価値がまったくなくなってしまう。
何より、既得権益を持つ教会の取り分もまた目減りする。
「手詰まりですね」
この聖王国は旦那様がよく飲まれているように、ブランデーの醸造や消費量もかなり多い。
貴族平民問わず、こちらも人気がある。
しかし、社交の場ではワインの方が圧倒的に好まれる傾向にあった。
それはアルコール度数がブランデーより遙かに低く、社交の場に向いているからだ。
ブランデーやウイスキーのような度数の高い酒類は、水や氷で割って飲むことも多いが、冬の寒い時期、身体を温めるための寝酒として飲まれることの方が圧倒的に多い。
そのため、パーティー会場ではあまり好まれない。
パーティードレスではなく、寝間着で夜会を楽しむようなものだからだ。
「足りない分を安酒で補うのは言語道断。他の高級品を代わりに出すのもはばかられる」
普段、雇っている兵士にも当然、食事とは別に酒を毎日支給することになる。
そのため、最悪今回引き取らなければならなくなりそうな安酒二百本は、彼らに回す用として先行貯蔵しておけば、損失は最小限ですむ。
いずれはどこかで補充することになるでしょうし。
ですが、パーティーでの出し物に回せるものがないというのは致命的です。
足りない五百本をどうするか。
何か代わりになるものを考えなくてはならないようですね。
何を準備すれば……あぁ、あれがありましたね。
作ろうと思えばいくらでも作れるのに、この時代ではなぜかまったく登場していないあのお酒が。
「え、えと……いかがいたしましょうか……?」
私が思考の海に深く潜り込んでしまったからでしょう。
黙り込んだ私にコッポラーは酷く焦っている様子だった。
「つかぬ事をお伺いいたしますが」
「は、はいっ」
私の問いかけに、彼は背筋を伸ばす。
「今回、あなた方の商会とは少々、いろいろな面で齟齬が生じてしまいました。何が言いたいかわかりますね?」
この方々には気の毒な話ですが、これも公爵家、ひいてはお嬢様のお誕生日会を成功させるため。
申し訳ありませんが、踏み台にさせていただきますよ。
心で笑いながらも、含みを持たせてじっと睨み付けるように見つめていると、これ以上ないといわんばかりにコッポラーは見る見るうちに顔面蒼白となってしまった。
「ぞ、存じ上げておりますとも! は、はは、ご、ご冗談が過ぎますぞ、ヴァンドール殿」
「冗談? 今回の一件は冗談ではすまされないのですよ。手違いに関しては発注したこちら側にも責があります。ですが普通は安酒千本も注文されて、何も確認しないというのもおかしな話です。一介の下級貴族であればまだしも、当家は王家や大公に次ぐ、最上位貴族なのですから。安酒など注文するはずがありません」
「そ、それはそのとおりですが」
「そして今回、あなた方が行った当家への対応。とても看過できるものではございません」
「そ、それは……!」
「ですがそれには目を瞑ると申し上げました。そのことを罪に問うことはないでしょう。ですが今後、あなた方の商会が今までどおり、当家と取引できるかどうかはわかりません。すべては旦那様のご意向次第です」
「なっ……そ、そそそ、それはまさかっ……大口契約すべてを白紙になさると、そうおっしゃるのですか……!? そんなことをされたらうちは……!」
「経営状態が悪化することは避けられないでしょうね。この話が知れ渡れば、他の貴族の方々も当然、事情をお知りになりたがることでしょうし、もし状況をご理解なされたら」
私はそこで敢えて言葉を切った。
コッポラーもここまでこの商会を大きくしてきた商人だ。
これ以上言わなくてもわかるでしょう。
「お待ちくださいっ。ヴァンドール殿! なにとぞっ。何卒、それだけはご容赦を!」
コッポラーは大慌てで立ち上がると、私の方へとやってきては、そのままいきなり土下座した。
「なんでもします! なんでもしますから、どうか取引停止だけはご勘弁ください!」
「おや? ふふ。私は何も、停止するとは申しておりませんよ?」
「で、では!?」
「さて? どうでしょうかね。これから二週間という短い時間であなた方がどれだけ、当家のために尽力なさってくださるか。そこにすべてがかかっているとご理解ください」
「は、はいっ。なんでもご協力いたします!」
「よろしい。では、可能な限り最高品質のブランデーとウイスキー、それからラム酒をかき集めてください。銘柄も、普段、当家が発注しているものに限ります」
「ブランデー、でございますか?」
「えぇ。ブランデーやウイスキーなどです」
「それは構わないのですが、ですが、パーティーには向いていないかと」
「確かにそのままでは使えません。ですので、それを使って新しいお酒を生み出すのですよ」
「新しいお酒ですと!?」
「えぇ。ここからは他言無用にお願いしますが、守秘義務契約を結んでくださることを約束してくださいますか? 破れば、命に関わるような契約です」
魔導具による絶対契約。
ものによっては、破れは即死する。
コッポラーはしばらく茫然としていたが、当然、もはや彼に逃げられる術はない。
魂が抜けたようにゆっくりと頷く彼に、私はにっこりと微笑んだ。
「ではお教えいたしましょう。私が作りたいのはコールドカクテルと、現在流通していない果実ベースのリキュール、そして炭酸水です」
「へ?」




