4.暗躍し始める狂信者たち1
大上段から振り下ろした長剣が、薄汚い格好をした荒くれ者の手にする大剣に受け止められた。
甲高い金属音が辺りに響き渡り、数合の打ち合いの末、賊が手にした剣が芝生の上に弾き飛ばされていた。
「ちぃっ。くそがっ」
筋骨隆々で浅黒い肌をした男が口汚く罵り、下からすくい上げるように蹴りを見舞ってくる。
私はそれを軽く後方跳躍してかわした。
公爵家の敷地は広大な土地を有す。
母屋である宮殿を始め、大庭園や礼拝堂の他に、雇うことが許されている私兵が詰める兵舎まで建てられている。
だのに、敷地外周を囲む塀をいともたやすく乗り越え、賊が忍び込んできた。
ざっと確認しただけでも十名近くいる。
先程相手をした大男の他に、お屋敷から駆け付けた私を取り囲むように、四名ほどが剣を手に身構えていた。
この時代には既に魔導銃と呼ばれる魔力を糧とした弾丸を発射する高価な拳銃なども開発されているが、それらを誰も手にしていないところを見ると、どうやら彼らにはあまり潤沢な資金が与えられていないということなのだろう。
「ヴィクター!」
塀のたもとには、四名ほどの賊によって外へと連れ出されようとしているお嬢様の姿が確認できた。
塀を挟んで外に二名、内に二名いる。
「お嬢様ぁ! 今すぐお助けに上がりますゆえ、しばし待たれよ!」
泣きそうな顔を浮かべられながら、私の名前を叫ばれたお嬢様に安心していただこうと、私は声の限りに叫んだ。
一方では、心の奥底から沸き上がってくる、いまだかつて感じたことのない狂気じみた怒りに気が狂いそうになっていた。
未来の出来事を知っているからかもしれない。
どこの馬の骨ともしれない輩どものせいで、お嬢様の運命が狂ってしまったのだから。
もう二度と、我が敬愛するお嬢様をあのような目に遭わせるわけにはいかない!
「お前ら! 自分たちがいったい何をしているのかわかっているのですか!? 誰の差し金なのか正直に白状なさい!」
「はぁ? 何いってんだてめぇはっ。たかが執事ごときが調子に乗ってんじゃねぇぞっ」
一人の男が嘲り笑って、飛びかかってきた。
振り下ろされた剣はかなりのスピードでしたが、私はこれでも、元A級冒険者。
中途半端なモブ野郎ではありましたが、三下程度に後れを取ることなどない。
「ふんっ」
「なっ……」
華麗なステップを踏んで、たやすくかわした私の剣が奴の背後から背中を真一文字に切り裂いた。
凄まじい勢いで鮮血が飛び散り、事切れた賊が芝生の上に突っ伏す。
周囲を見やると、他の賊どもが愕然としていたが、
「お前らっ、一斉にかかれ!」
最初に相手をしていた大男が、手放した大剣を拾い、突っ込んできた。
遠巻きにしていたもう一人も加わり、大男以外の計四名が一気に距離を詰めてくる。
しかし、私の剣術は彼らを圧倒した。
化け物レベルの最上級冒険者が相手だったらこうもいかないが、敵の実力はせいぜいがB級。
「相手が悪かったですね!」
高速剣撃を繰り出す私に手も足も出ず、一人また一人と大地に突っ伏していく。
そこら中で甲高くも鈍い響きを上げて、砕けた敵の長剣が宙を舞い、遅れて血飛沫が青空へと花を咲かせた。
そうして、最後に残ったのはやはり、大剣を手にした大男だった。
「くそがぁっ」
上段、下段からのすくい上げ、そして叩き付けと、ありとあらゆる方法で攻撃が繰り出されてきたが、それらをすべて防いだ。
「もたついている暇はありませんのでね。さっさと終わらせますよ」
私はなんの感情も込めず、敵が一閃してきた横殴りの剣撃を、真上に跳躍してかわし様に、一回転しながら剣を振り降ろそうとしてそれに気が付いた。
「ちっ――伏兵かっ」
塀を取り囲むように植えられた庭木。
その中に、弓を手にした賊が二名、潜んでいた。
「くっ……」
こちらに狙いを定めて次から次へと矢が打ち出されてくる。
そのことごとくを長剣で叩き落として対処していたが、狙ったように大剣の大男が同時に突っ込んでくる。
「死ねやっ、クソ雑魚野郎がっ」
私は咄嗟にその攻撃を避けながら、伏兵との間に大男を割り込ませるように移動し、一気に切り捨てていた。
「がはっ」
ドカンと倒れる大男。
しかし、安堵している余裕などなかった。
「お嬢様っ」
「ヴィクター! ――ぃやっ、助けてっ」
塀を跳び越え外へと運ばれてしまったお嬢様が、石畳の路上に停車していた魔導馬車に今しも連れ込まれようとしていた。
「お嬢様ぁっ」
私は懸命に走った。
飛来する矢をギリギリかわしながら、塀に取り付く。
そしてそのまま飛び越えようとした――まさにそんなときだった。
「お前ら何やってんだっ。さっさと始末しろ! 絶対にそいつを近づかせるんじゃないぞっ」
暴れるお嬢様を無理やり馬車へ押し込もうとしていた男が怒鳴った。
頬に傷、腕に獅子の入れ墨をした三十代ぐらいの男だった。
「あいつは……」
奴と私はまったく面識がない。
しかし、腕に入れられた入れ墨に妙な引っかかりを覚えていた。
どこかで見たことがあるような……。
「まさか……! あいつはっ」