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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第2章】禁呪魔法

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35.奔走するモブ執事

「失礼しますよ」

「これはヴィクター殿ではありませんか。いかがされましたか?」


 昼食が終わってまもない時間帯。

 この時間はまだ、お屋敷の料理人は四階大厨房に詰めていることが多い。


 昼食の準備から配膳、片付けなどが終わったとしても、そのあとはまた、夕食の仕込みや、お嬢様方がお召し上がりになるお茶やお茶菓子の準備をしなければならないからだ。


 場合によっては、お客様がいらっしゃることもある。

 大奥様は既にご引退なされているものの、奥様は現役の公爵家当主のご夫人だ。

 上級貴族として、そして三大公爵家として、社交界を引っ張っていかなければならないお立場にある。


 そのため、他の貴族のご婦人方をお誘いになって、サロンでお茶会を開かれていることが多いのだ。

 そういった兼ね合いもあり、一階の大食堂隣の大厨房と、公爵家の方々がご使用になる四階食堂隣の厨房は、いつもフル稼働だ。


 リセルから何やら問題が起こっている可能性があると聞き、早速料理長のもとを訪れた私に、恰幅のいい身体付きをした四十代後半の男性料理長が笑顔で応じていた。


「実は、先程リセルから、何やら厨房で随分と慌てていたと伺ったものですから、それで様子を見に来たのですよ」

「あぁ……そのことですか……ぃやぁ~……お恥ずかしい限りです」

「何かあったのですか?」

「えぇ、その、大変言いづらいことなんですが、実は今度行われるアーデンヒルデお嬢様のお誕生日会で用意するはずだったワインの銘柄に発注ミスがございまして……」

「なんと……!」


 私は料理長が話してくれた内容を聞いて、軽く目眩(めまい)を覚えた。

 お嬢様が六歳となられたことをお祝いするための晴れ舞台。

 それなのに、そこで出されるはずの料理や酒類に手違いがあっていいはずがない。


 貴族のパーティーとは、ただその場の空気を楽しむためのものではないのだ。

 名目上は確かにお嬢様のお誕生日をお祝いする会だ。

 しかし、私含めた身内は当然、心からお慶び申し上げるが、列席されるお客様はそのような感情など持ち合わせておられないのだ。


 皆社交の場として利用し、己が富や権力の基盤を築くための場として利用する。

 それが貴族たちが開くパーティーの本懐。


 そして、夜会を主催する側の貴族は、自らの品位や権力が以前と変わらないことを他に示すという意味合いが強い。

 つまりそれが、今度開かれるお誕生日会の正体だった。


「まずいですね」

「えぇ。本当に。なんとお詫びしてよろしいやら」

「このことは旦那様は?」

「それが、気が付いたのが旦那様がお出かけになったあとでして、すぐに使いの者を出そうとしたのですがあいにくと捕まらず」

「まぁ……そうでしょうね。エヴァルト様も旦那様付き護衛騎士の皆様や近習のフランツ殿も、皆旦那様とともに登城しておられるでしょうから」

「えぇ。ですからまだ連絡がつかず。一応、奥様や大奥様にはお知らせしたのですが」


「なんと?」

「はい。本日は大切なお客様がお見えになるから対応は取れないと」

「そうですか。困りましたね」

「えぇ。開催まであまり時間もありませんし、他の準備は滞りなく行われているのですが、何しろ、本来準備しようと思っていた銘柄は我が国でも一級品に当たる最高級のものでして。当然、他の貴族の方々も普段から好まれてお飲みになるものですし、早いところ数を確保せねば取り返しのつかないことに」


「でしょうね。ちなみに、発注ミスとおっしゃいましたが、どれと間違われたのですか?」

「はい、それが……その……『貴婦人の()()』を『貴婦人の()()』と……」

「なんですと……?」


 貴婦人の囁きとは、建国王がとても愛してらしたといわれる王妃様の囁き声が大変お美しかったという逸話からつけられた最高級銘柄のことだ。

 対して溜息の方は、王妃様の溜息がとても心を(えぐ)る辛きものだったという逸話から名づけられた、少し渋みの強い、一般庶民が好んで飲む安酒である。


 そう。

 つまりは、たった一字、単語を間違えただけで最高級品と安物をミス発注してしまったということである。


「なんという……とんでもない大事になりますよ?」

「は、はい……。ですから私どもも朝からずっと仕事に身が入らず……」

「この失態、いったい誰がやらかしたのですか?」

「そ、それは、その……最近入った新人の見習いでして……」

「はぁ……」


 終始青ざめた顔をして落ち着きなくオロオロしている料理長に、私は非常に残念な気分となってしまった。

 この方も確か、貴族の出だったような気がしますが、かれこれもう、十年以上はこのお屋敷で料理人の仕事をされていたはず。

 料理の腕は一流とのことですが、やはり、人を使う能力には欠けているようです。


「エライセン殿」

「は、はいっ」

「その新人は今どうしておりますか?」

「い、一応、大奥様のご命令で、反省室に入れておりますっ」


 反省室とは名ばかりで、実際には兵舎地下にある留置場である。

 現在は誰も犯罪者は入っていないはずだが、普段あそこはこのお屋敷の界隈で捕らえられた犯罪者を一時的に放り込んでおく場所。

 非常に残念ではあるが、中には公爵家に仕える者の中にも罪を犯してしまう者がいる。

 そういった者たちも当然収容されることとなる。


「そうですか。大奥様の命により、既に処置がなされているのでしたら、私の方から言うことは何もありません。しかし、困りましたね……」


 このままでは我が主の晴れの舞台が台無しとなってしまう。

 最悪、公爵家の品位が落ちることに関しては苦渋の決断ではありますが目を瞑りましょう。


 しか~し!

 お嬢様の名に傷がつくことだけは断じてあってはならない!

 もしそのような大罪を働いた者たちは、等しく死を賜らなければならない。

 それほどに重大事項なのです!


「――いいでしょう」

「はい?」

「私が今から行って、話をつけてきてさしあげると申しておるのです」

「そ、それは誠ですか!?」

「えぇ。お嬢様付き執事に二言はございません」


 私は言い捨てるように背を向け歩き始める。


「ですが二度と、このようなことのないように、よろしくお願いいたしますよ?」

「は、はは~~!」


 振り返らずに歩き去る私に、そのときの料理長がどんな姿をしているのか知る術はない。

 しかし、既に興味の失せていた私にとってはどうでもいいことだった。

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