28.禁書庫に入り浸る日々2
魔力と名の付くとおり、おそらく魔導書の類いか何かなのだろうが、魔力を錬成するとはいったいどういう意味だろうか?
私は魔法適性がなかったため、魔法の勉強すらしてこなかった。
それゆえ学がなく、そもそも魔力の正体についても本当のところよくわかっていない。
「他には……」
他の文献も目を通していくが、
『世界の成り立ちと終焉』
『歴史の闇に葬られた真実』
『空間と時空の相関関係』
『失われた古生命と現存する希少種』
『神々の黄昏』
『魔導災害報告書』
などなど。
歴史や生物、学問に関するものが多く散見された。
しかし中には、
『禁忌錬成と鉱物』
『失われた魔法属性』
なる気になる単語も見受けられた。
中でも、一際異彩を放っていたのはやはり、例の『禁忌魔法』だろう。
「これは……いったい……?」
内容を確認しようとペラペラとページをめくってみると、そこには意味不明な概念ばかりが記されていた。
『空間制御に関する章』
『時の扉に関する章』
そして、
「闇の禁呪『傀儡魔法と擬態兵装魔法』の章……ですと?」
文章を読むのを先送りにし、図案と表題だけを片っ端から閲覧していくうちに、私は知らず知らずのうちに、身体の内側から沸き上がってくる狂喜にも似た興奮を抑えることができなくなっていた。
「バカな……流体魔法金属による生命の創造と人体の再構築だと……? 魔力の可視化……?」
思わず、粗野だった冒険者時代の自分に戻ってしまった私は、そこに描かれていた魔法の概念の数々に愕然とした。
『魔力錬成の理を知れば、自ずと魔力操作の理念も知ることになるだろう』
『天上人の槍もて、裁きの雷砲を穿つ』
『地底人の灼炎もて、天地をも切り裂く禍武器とならん』
『深海のネビュイラもて、空より飛来せし礫を豪砕す』
「なんだ? この文言は……これの意味するところはなんだ? ……『禁忌精霊魔法』? なんだこれは? む? これは魔法金属生命体の図案か? な……バカなっ。魔導機兵だと? これではまるで――」
本の中程に載っていた人型の図案を見て、鳥肌立ってしまった。
今の私になる遙か前の本当に古い記憶の中にだけ存在するアレ。
「これではまるで、人型兵器ではないかっ……しかもこの形状……まさか機動要塞……? ――宇宙戦艦なのか!? いや、待て。早まるな。ただの飛行船とも考えられる。しかし――」
だとしても、あり得ないことだった。
私の知るこの世界にこんなものは存在しない。
いや、正確にいえば、本来の歴史においても、高度に発達した文明がかつてこの世界に存在していたという記録が残されていなかっただけだ。
単純に、今の時代同様の生活をしていた人間たちが大昔にいて、彼らが残した古文書が相当数残されているという程度のこと。
だから文明力とかその手の情報を知る術がほとんどなかったのだ。
しかし、古代語――古エルフ語で書かれたこの禁書の中にそれが載っている。
表紙には豪奢な装飾が施されているだけで、この本全体の表題は付いていない。
そのため、この本が何をテーマにいろいろなものを載せているのかはわからないが――
ただ、少なくとも、禁忌魔法を始めとした現代人の知識にはまるであり得ない概念ばかりが載っているのは確かだった。
「まさか……これほどとは。この本を書いた大昔の人間はそれほどの技術を持っていたということですか? それとも、概念だけを生み出し、絵空事を夢見ていただけの妄想人だったということでしょうか……?」
禁書の内容に圧倒され、背もたれに寄りかかりながら茫然となってしまった。
今の時代でも普通に魔導列車や魔導飛行船などは開発されているから、古の時代にあったとしてもなんら不思議ではない。
ただ、性能面が問題だった。
図柄しか見ていないからなんとも言えないが、見た目の形状がどれもこれも洗練されている。
そこから判断するに、相当な技術が注ぎ込まれていることだけは確かだった。
もし本当にここに書かれていることが事実で、なおかつ、この本の中、もしくは世界のどこかに製造方法や禁忌魔法――それこそ戦略級の極大魔法の数々が載っているのだとしたら、
「世界がひっくり返る……とんでもないことが起こりますよ……?」
ようやく落ち着きを取り戻した私は、三十年後の未来を想像して血の気が引いた。
あの時代では、確実に古代語が解読されるようになっている。
そして、このような古の文献が世界中に散らばっており、一斉にそこかしこで紐解かれる。
その結果、何が起こるのか。
「第二次魔導産業革命……そして、行き過ぎた文明力による急激な文明発達と戦争、世界の崩壊」
そんな未来しか想像できない。
もしかしたら本来の歴史でも、私たちが処刑されたあと、世界は滅びの道を歩んでいたのかもしれない。
何しろ、三十年後の未来では、この公爵邸は政争に敗れて宰相派閥に差し押さえられていたのだから。
当然、この禁書も奪われ、それだけでなく、世界中の禁書も解読されて、実験が繰り返される。
つまりは世界滅亡へのカウントダウン――
あまりにもおぞましい結末。
そんな未来、決してあってはならないことだった。
お嬢様の幸せな未来がその時点で完全に潰えてしまう。
なんとしてもそれだけは阻止しなければならない。
心の奥底で何かが鎌首もたげたような気がした。
「神は私に、修羅になれと仰せか?」
誰にいうでもなく自問するが、当然答えは返ってこない。
それ以前に――
「あのエスメラルダというエルフの魔女――いったいあなたは何者ですか? このような危険極まりない文献を所持し、旦那様の一族にお預けになった。そして、エルフの大賢者であるあなたならば、この内容はすべてご存じのはず」
それなのになぜ、こんなものをお預けになったのか?
三十年後の未来で私におかしな術をかけたあの方の死に顔が思い浮かばれる。
あの方は言った。
私に無念を晴らせと。
それはつまり、復讐しろと仰せか?
もしかして、私はまんまとあなたがしかけた罠に導かれて、ここへと辿り着いてしまったということですか?
私の行動すべてを予見して――もしくは時を遡らせたその魔法の力でやり直しの未来を目撃して?
「ふふ……踊らされるのも悪くありませんが、趣味ではありませんのでね。いっさいお断りさせていただきますよ。お嬢様に関してはどんな手段をもってしてでもお守りいたしますが、復讐などと」
もしその過程で、世界に対して復讐しなければならなくなったのだとしたら、望むところではありますが、しかし――
「やはり、私はあなたに踊らされるわけにはまいりません。ですが、同時に感謝してもいるのですよ? 今こうして、お嬢様に降りかかった火の粉を払うことができたのですから。何より――」
私はもう一度、禁書へと目を通した。
『流体魔法金属による生命の創造と人体の再構築』
『魔力錬成の理と魔力操作の理念』
もしかしたら、この二つの概念を理解すれば、私は元どおりの身体に戻れるかもしれない。
いや、それだけではない。
適性がないから使えないと思っていた魔法。
もしかしたらこちらも――
私は表情が綻んでいくのを禁じ得なかった。
今、私はちゃんと笑えているでしょうか?
いつものような冷静な執事として、お嬢様付きの執事として、にこやかな笑顔を浮かべられているでしょうか?
薄暗い室内に置かれた魔導置き時計の表面ガラスと、小型の鏡。
そこに映っていた若かりし頃の私の笑顔は――どこかどす黒く、邪悪に歪んでいるような気がした。




