26.公爵家の禁書庫2
「なんと形容すればよいやら……」
ただひたすら圧倒される物量。
この部屋の中にいったいどれだけの貴重な本が眠っていることやら。
「だろう? まぁ、正直、俺はあまり本は好きではないからな。ここには我が歴代公爵家当主が数百年かけて集めた貴重な文献が大量に保管されているといわれているが、まぁ、見たくもないから俺は何があるのか知らんがな」
そうおっしゃりながら豪快に笑われる旦那様。
相変わらずというべきか。
文武両道とはいわれているが、昔から身体を動かす方が好きだったと伺っている。
言葉どおり、本当に読まれていないのだろう。
ここにあるのは文字どおり、千年を数えるこの聖王国の歴史的貴重な文献が大量に眠っているというのに。
おそらく、世界的に禁書指定されているような代物も、数多く眠っているに違いない。
私は武者震いを抑えることができなかった。
可能性は限りなく低いだろう。
しかし、これだけの分量。
必ずや、現状を打破する何かが見つかるに違いない。
未来で私におかしな術をかけた大賢者にしてエルフの魔女エスメラルダが持ち込んだとされる文献。
もしそれが、禁書指定されるような魔導書であったならば。
「魔法適性のない私でも、それらを扱えるようになる秘術が見つかるかもしれない。あるいは肉体再生の――ぐっ」
興奮し過ぎたせいか、全身に刺すような痛みが襲ってきてしまった。
あまりの激痛に、思わず呻き声を上げてしまう。
「うん?」
興味深げに書棚をあさっていた旦那様が、訝しむように振り返られる。
しかし、すぐさま何事もなかったかのように本漁りを再開なさった。
そして――
「あぁ、あったあった。これだ。これこれ。確かあの女、これを持ってきたような気がするな」
そうおっしゃりながら、山積みになっていた本から分厚い金刺繍の施された一冊を取り出し、部屋中央の埃の被った机の上に置かれた。しかし、
「ん? 確か、よくわからない白い鎖で、十字にがんじがらめとなっていたような気がするのだが、変だな?」
「どうされましたか?」
「いや、昔見たときには鎖で封印されておったと思ったのだが、改めて手に取ったら、それが見当たらんのだ。変だな……」
旦那様は「まぁよかろう」と肩をすくめ、本を開かれた。
私は一瞬、小首を傾げたが、すぐにそれに気が付いた。
部屋の隅。
先程旦那様が本を持ち出してこられた場所近くの床の上に、噂の鎖が砕けた状態で落下していた。
――ひょっとしたら、長い歳月の間に封印が解けたとか? それとも……。
可能性は限りなく低いものの、この書物は例の魔女のもの。
そして私はあの女性におかしな術をかけられた。
もしかしたらそれが反応したのかもしれない。
このような未来が来るかもしれないと予見していた大賢者が、あの術で封印が解けるようにと。
まぁ、ただの憶測でしかない。
私は気を取り直して、ペラペラとページをめくっていかれる旦那様の背後からその中身を凝視し――瞬間、身体の奥底から得体のしれないものがこみ上げてくる感覚に襲われていた。
『禁忌魔法』
そこにはそう書かれていたのである。つまりは、
「読める……読めますぞっ、旦那様!」
「おお?」
この時代では解読方法が見つかっていないはずの古代文字で書かれた古代の本。
未来で王妃様となられたお嬢様の伝手で、古代文字の解読方法を入手し、興味本位で学んでいた日々。
結局未来では禁書指定されているような古文書の類いは一冊も拝見できなかったが、今まさに、それが目の前にある。
「旦那様!」
私は勢い込んで、その場に片膝をついた。
「不肖、このヴィクター。旦那様から承ったこの任、しかと完遂し、身命を賭してお嬢様をお守りすることを改めてお誓い申し上げます!」
深々と頭を垂れる私に、
「お、おおう? なんだかよくわからんが、期待しておるぞ、ヴィクターよ。見事にやり遂げてみせよっ」
「はっ――御意に」
こうして、私はその日以降、ひたすら禁書庫へと入り浸る毎日を送り、ただお嬢様をお守りするという目的のためだけに、邁進し続けていくのであった。
ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
本エピソードをもちまして、【第一章 モブ執事のやり直し】完結となります。
このあと【閑話】【簡易登場人物一覧】などを挟みまして、新章へと突入いたします。
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