21.新任護衛騎士
翌朝、いつものように大ホールである一階の玄関ホールで執事全員集めて本日の連絡事項を言い渡していると、ちょっとした騒ぎが起こった。
「ねぇ、聞きまして?」
「えぇ。本当に酷いですわ。いくら平民とはいえ、役に立たなくなったら簡単にポイとか」
「そうなのですか? 私は身分が原因ではなく、旦那様のお怒りをかったと伺いましたわ」
「そうなのですか?」
「えぇ。ですがいずれにしろ、ヴィクター様がおかわいそうですわ」
玄関ホールの片隅で、掃除係の若い侍女たち数名が何やら噂話に花を咲かせているようだった。
やれやれ。
本当に女性というものはこの手の話がお好きですね。
このお屋敷の中で平民出身は私だけですし、貴族の女性というものは得てして、そのような噂話を好む傾向にありますが、それにしても。
このまま放っておくと面倒が増えそうだ。
私は打ち合わせを中断してでも、彼女たちの勘違いを正した方がよいのではないかと思ったのだが、
「あなたたち、下らないことをおっしゃってないで、早く持ち場につきなさい!」
どこからか現れた侍女頭のメアリー様が檄を飛ばされた。
若い娘たちは「はいぃぃっ」と悲鳴を上げて散り散りとなっていく。
私は感謝の意をお伝えすべく、師匠に軽く会釈をする。
メアリー様はなんともいえないお顔をされて、その場を去っていかれた。
さて、これで落ち着いて打ち合わせを続けられる。
そう思ったのだが、
「ヴィクター殿」
お屋敷の入口が開き、数名の女性騎士たちが姿を現した。
公爵家が抱える私兵は大抵騎士階級の下級貴族か、男爵位以上の爵位を持つ家柄で、跡取りになれなかった上級貴族の子弟たちで構成されている。
騎士団としては認められていないため、公爵家騎士団という名前をつけるわけにはいかないものの、私兵とはいえ立派な騎士たちである。
「本日より、アーデンヒルデお嬢様専属の護衛騎士の任を賜りました、ガブリエラ・ド・エルドライゼと申します。以後、お見知りおきを」
「同じく、本日着任いたしましたシファー・ド・エルドライゼと申します。姉ともどもよろしくお願いいたします」
白銀の鎧を着込んだ彼女たちは一斉に胸に手を当て敬礼する。
「旦那様から話は伺っておりましたが、まさか昨日の今日でいきなりとは。本当に仕事がお早い。こちらからもよろしくお願いいたします」
私も丁寧に腰を折った。
私のことを気遣ってのことか、それともお嬢様可愛さの表れか。
どちらでしょうかね?
心の中だけでほくそ笑んでから、騎士二人の横に並ぶもう一人の女性に目をやった。
「おや? あなたは見覚えがありますね。その節はお手数おかけいたしました」
「いえ。それが私の仕事ですから。なんでしたら、今すぐにでもまた、診察してさしあげますわよ?」
「ご冗談はおやめくださいませ」
深々と頭を下げる私に、「うっふふ」と艶っぽく笑われる紫色のローブを身につけられた女性。
彼女は公爵家お抱えのもう一人の魔導士とともに、私の治療に当たってくださったミカエラ・ゼーレ・エスペランツァーという名の魔導士だ。
セカンドネームにゼーレとついているところを見ると、彼女は上級貴族のようだ。
この国では官位を持つ貴族階級すべてに特異なセカンドネームが下賜される仕組みとなっている。
一目で高貴なる家柄とわかるようにするためだ。
シュレイザー公爵家がクワィエットを名乗っているのもそれが理由である。
八大貴族と呼ばれる三公五侯に当たる宮廷貴族はすべて正二位、従二位の官位を王家から下賜され、すべてがクワィエットを名乗っている。
対して、伯爵位以下の宮廷貴族が正三位、従三位にあたり、ゼーレと名乗ることが許されている。
ガブリエラ女史が名乗っている『ド』は下級貴族である騎士階級を表している。
同じ騎士階級やそれ以外の貴族であっても官位を持たない家もあるため、彼らは専用の名前を持っていない。
つまり、今目の前におられる方々は、全員、正真正銘高貴なる家柄の子女ということだ。
年も全員、十八とかそのぐらいだろう。
「ぉぃ、ミカエラっ……悪ふざけが過ぎるぞ……!」
私の前に現れた三名の女性陣をしげしげと眺めていると、ガブリエラと名乗られた、これぞまさしく女騎士という風格の水色髪のポニーテール女史が、小声でミカエラ様を諫めるようになさった。
貴族の序列でいえば、立場上、ミカエラ様は上位に当たるというのにその気安さ。
なるほど。
どうやら二人は仲がよろしいようだ。
「そのようなことをいわれましても、私の前にあの方がおられるのが悪いんですわ。ガブリエラ? あなただって、目の前に見たこともない新品の武器が転がっていましたら、是が非でも触りたくなるでしょう? それと同じことです」
「お前と同じにするな。私は変人ではないっ……」
「あら? 失礼なおっしゃり方ですこと。私はただ純粋な好奇心から、あの方のお身体に興味があるだけですわ」
ミカエラ様は艶然と笑いながら、最後、私に流し目を寄越された。
一瞬、背筋に寒気が走った。
そういえば、寝たきりだった頃、彼女やもう一人の同僚魔導士に治療を施していただいていたとき、このミカエラという女史は、茶色の双眸をらんらんと輝かせながら私の身体をいじくり回していたような気がする。
おそらく、おかしな防護魔法やら、異常なまでの回復の早さがどうとか、もう一人が述べていたから、純粋な研究心からなのだろうが……。
いやはや、相変わらず研究者とは恐ろしい。
魔導士の中には精神異常者が多いとも聞く。
そのせいで、今では希少種となってしまっているエルフや狐族の村が襲われ、魔力や魔法研究のための人体実験にされてしまうこともあるとか。
私もそうならないようにこの女史とは距離を置かねば。
「それで、ヴィクター様? 診察の方はいかがなさいますか?」
ねっとりと絡みつくような視線を感じ、私は咳払いをした。
「本日は予定が立て込んでおります。それはまたの機会ということで」
「あら、残念。では、今夜あたりにでも……うっふふ」
私は必死になって、背中を走るぞぞぞという感覚を堪えながら、お屋敷勤めをする他の執事たち三名に軽く連絡事項を言い渡し、散会した。
旦那様付き執事のエヴァルト様はこの場にはいない。
あの方はお屋敷付きではないため、直接旦那様と行動をともにされるからだ。
私のもとを去って各自持ち場に戻っていったのは奥様付き執事と、アーデンヒルデお嬢様の妹君にあらせられる二女のリリアンローゼ様付き執事、そして、ご嫡男であらせられる赤子のグラハム=リーン坊ちゃま付き執事の計三名だ。
大奥様は既に引退された身ということで、執事は付いておらず、代わりに先々代の頃よりお屋敷勤めをされてきた年老いた侍女や、専属侍女たち数名が身の回りのお世話を申しつかっている。
「ではまいりましょうか。本日はお嬢様警護の引継ぎの件に関してもひととおりご説明さしあげねばなりませんから、一分一秒と時間を無駄にできません」
「はい。承知いたしました。我が身命を賭して、任務を遂行することをここに誓います!」
「ひゃわわ……!? わ、私も誓いますっ……」
どこか勇み足な気配を見せる姉のガブリエラ女史と違い、妹のシファー女史は、どこかオロオロしながらも慌てて追従した。




