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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第1章】モブ執事のやり直し

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19.戦力外通告2

 静かに告げられた言葉。

 表情にも声にもなんの感情もこもっていない、抑揚のない声色だった。

 私は――


「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「それは、今の私ではもう、満足にお嬢様をお守りすることができない、というご判断からでございましょうか? 私ではもう、シュレイザー公爵家のお力にはなれないと、そういうことでございましょうか? だから解雇――」

「違う! そんなわけあるかっ」

「え……?」


 悔しげに叫ばれた旦那様に私は愕然となった。

 旦那様のお顔には苦悩の(しわ)が刻まれ、今しも稲光を伴う滝のような雨が降り注ぎそうだった。


 ――旦那様……どうしてそのような、苦しげなお顔をしてらっしゃるのですか?


 私は、そのお辛そうなお顔を見ていられなかった。

 私自身、こんな身体になってしまったし、いつかこういう日がやってきてもおかしくはないと、ある程度覚悟はしていた。

 だから、実際に解雇通告されて、さすがにショックは禁じ得なかったものの、それほど驚きはしなかった。


 ただ無念でならない。

 その一語に尽きる。


 以前のように身体が動いてさえくれたらと、左腕さえあったならと、何度歯がゆい思いをさせられてきたかわからない。

 ましてや、こんな身体ではもはや、剣を振るうことすらままならない。


 これではとてもではないが、三下相手にすらお嬢様をお守りすることなどできはしないだろう。

 だから、もしかしたらという思いもあったから、「そうですか」と、寂しく思うと同時に覚悟を決めたのだ。


 それだのに、旦那様は違うとおっしゃる。

 暇を出すと宣言しながら違うとおっしゃる。


「違うのだっ……ヴィクターよ! そうではないっ。私が言いたいのはそういうことではないのだっ」

「では……どのような?」

「母上だ……」

「え? ……大奥様がどうかなされたのでございますか?」


 頭を抱えるように机に肘をついて項垂れてしまわれた旦那様。


「俺はもう少し様子を見たらいかがかと進言したのだ。お前は臣下であると同時に俺の友であり、大切な娘の命の恩人でもあるのだからな。だからたとえこの先、まともに仕事ができなくなり、ずっと病床につくような事態になったとしても、放り出すようなことなどあり得ない。ずっとこの屋敷で面倒見てやる。そう思っておったのだっ。だがな、母上はそうではなかった。母上はな、いつまでお前を()()()()()()()のか。さっさと解放してやれと、そう言ってきおったのだ!」


 先代当主の妻であらせられる大奥様オヒーリア様は現在五十四歳という若さであるが、先代が死去し、家督を旦那様がお継ぎになったことで、一線を退(しりぞ)いておられる。


 現役であらせられた頃は、夫婦揃ってかなりの切れ者として知られ、もしあの方が男子であったならば、宰相派閥などできなかったのではないかとさえいわれていたほどだ。


 先代当主ご存命だった頃、先代ご自身もその政治手腕で敵対派閥すべてをねじ伏せていたものだが、完全に潰しきること叶わず、結局、亡くなられてから宰相派閥が盛り返してきて、現在の二極化が進んでしまったとされている。


 王立魔導研究機構に属する魔導士団などは中立を保っているし、王をお守りする立場にある近衛騎士団も、軍務大臣を務めるのが旦那様なので、こちら側と見ていい。


 しかし、もう一つの騎士団である鉄騎兵団は宰相派閥、神殿騎士団に至っては、この国が総本山となるリンドヴァル正教会の直轄部隊なため、どちら側につくかまったく予測できない。


 現に、三十年後の未来でも、結局あの騎士団だけはクーデターに加わらず、静観の姿勢を決め込んでいたわけだし。


 そういったわけで、大奥様が政治に絡んでくださっていれば、本来の歴史でも、もう少し状況は好転していたのかもしれないが、基本、女性は政治に口出しすべきではないというのがこの国の常識である。


 それゆえ、未来、王国を完全私物化してしまったお嬢様は、余計に標的にされたのだろう。


「大奥様でございますか。あの方らしいおっしゃりようといえば、そのとおりでございますね」


 なぜ旦那様が暇をやるとおっしゃったのかなんとなく読めた私は、ふっと笑ってみせた。

 どうやらそれが気に入らなかったらしい。


「おいっ。人事のように笑っておるが、事はお前の進退に関わってくることなのだぞ?」

「心得ておりますよ。ですが、大奥様はやはり、お慈悲のあるお方です。私に退職金を下賜してくださったうえ、余生を安隠居せよと仰せなのでしょう?」

「そうだ。今後、何不自由なく暮らせるだけの生活費や医療設備、薬品、それらすべてをくれてやったうえで、お前を追い出せと、そう言ったのだぞ!?」

「旦那様。それはあまりにひねくれたものの見方というものですよ」

「何を言うかっ。事実であろう?」


「いいえ、事実などではございません。よろしいですか? 大奥様は今の仕事は私には辛いだろうからと、一線から身を引くよう心配りしてくださっているのです。本来であれば、問答無用でクビを言い渡されてもおかしくないのが貴族社会にございます。たとえそれが労災であったとしてもです。使い物にならなくなったのならば、ばっさり切り捨てる。これは貴族でなくともよくある話です。ですが、大奥様は十分な生活の保障までしてくださるという。これほど過分な申し出、普通であればお受けしないはずがありません」


「だったら何か? お前は喜んで安隠居すると、そう申すか? どこか適当な田舎に家を建て、そこで余生を過ごすとでも!?」

「それは……どうでしょうね」


 私にはやらなければならないことがある。

 たとえ満足に身体が動かなかろうとも。

 たとえ、無理がたたって早死にすることになろうとも。

 私には、やることがある。


 お嬢様をちゃんとした淑女に育て上げ、間違った道へと進まないようにご助力さしあげる必要があるのです。

 それが、私がこの時代からやり直すことになったそもそもの理由であり使命であると、今だったら声を大にして言える。


 もちろん、歴史を変えるということが、いかに大変なことなのかは身をもって体験しているので重々承知しているつもりです。

 何しろ、たった一つの事件をなかったことにしただけで、ここまで身体が壊れてしまったのだから。

 ですがそれでも、私はこの使命を全うしたかった。


「旦那様」

「なんだ?」


 グラスに残っていたブランデーを一気にあおられながら、不機嫌そうに答えられる旦那様。


「旦那様は私に安隠居して欲しいとは思っておられないということでよろしいでしょうか?」

「当たり前だ。もし業務ができなくなったとしても、そのあとは俺の愚痴を聞く係に任命してくれるわ」

「ご冗談を……。ですが、それもいいかもしれませんね」

「だろ? そうしたら、昔みたいにタメ口で一緒に酒でも飲みながら笑い話もできるしな」


「えぇ。そうですね。本当に素晴らしい未来予想図です。ですが、今の私が望んでいるものはそんなことではございません」

「だったらなんだ?」

「お嬢様を最後までお守りし、将来、公爵家のご令嬢として恥じない素晴らしい女性へとお導きすることにございます」


 じっと見つめる私に、何かおっしゃりたそうに変な顔をされる旦那様。

 けれど、結局は派手に溜息を吐かれ、呆れたように笑われるのだった。

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