14.お嬢様のお茶会2
「これは旦那様。どうしてこのようなところへ?」
旦那様は、夏のドレスに着飾った奥様を数歩後ろに伴われていた。
その奥様も、奥様専属の侍女や侍女頭であるメアリー様をお連れし、彼女らが差し出した日傘の下を歩かれていた。
「なに。先程御前会議が終わったばかりでな。車で屋敷まで戻ってきたところ、お前たちがいるのを見かけて、それで寄ったまでだ」
そうおっしゃりながら、油断なく周囲へ視線を走らせなさった。
今この場には、私を始めとしたお嬢様付き侍女二人とお嬢様、それから旦那様や奥様、専属メイドとメアリー様、それから旦那様付き執事以外の人間は見かけない。
しかし、実はそれ以外にも、この場の雰囲気を壊さないようにと、遠くから公爵家お抱えの精鋭部隊がお嬢様を警護していたのである。
「ふむ。変わりないようだな」
「はい。あれからまったく賊の気配すら感じられません」
「そうか。ならばよいのだがな」
「えぇ。私もよもやあの一回きりで、邪な企てがなくなるとは思っておりませんが」
「だろうな。まだ何か、必ずや腹黒いことを企んでおるだろう」
「そうでございますね。引き続き、お屋敷中の警戒レベルを引き上げたままにした方がよろしいでしょう」
「あぁ。そのつもりだ」
旦那様はそう締めくくられたあと、「ところで」と、私に耳打ちなされた。
「傷の具合はもうよいのか?」
「はい。お陰様で大分よくなってきております。今はまだ、四六時中杖や車椅子などが必要となりますが、そのうちこれもいらなくなるかと」
「そうか。だったら何よりだ。医師や魔導士連中も驚いておったぞ? お前の毒への抵抗力だけでなく、その回復の早さに」
「そうなのでございますか?」
回復能力云々の話は初耳だった。
「あぁ。いかな最先端の魔導具や最高位の魔法であっても、あれほどに酷い壊死は早々簡単には治らんらしいからな。ここだけの話、半年から一年はかかると聞いておったぞ?」
「誠でございますか?」
事件があったあの日から一月半ほどが経過している。
今は丁度、八月の頭ほど。
事件があったあの日はまだ、六月の半ばほどだった。
半年かかるといわれていた傷が僅か一月半で回復するとは。
もちろん、完治したわけではないからまだもう少しかかるとは思うが――
ひょっとして、これもあのエルフの魔女が放ったおかしな術の影響か何かだろうか?
しかし、当然、医師や魔導士にすらわからないことが、無知な私にわかるはずがない。
「まぁいい。とにかくだ。早く完治してくれ。でないとまた一緒に酒が飲めんからな」
そこまでおっしゃってニ~っと笑われた。
「あぁ、そうそう、それから。あまり娘を悲しませないでくれよ?」
そうおっしゃったあとは、意味深な、嫌みな笑顔に取って代わられる。
どうやらしっかりと、お嬢様がしょぼくれていたお姿を見られてしまっていたらしい。
「もちろん、承知しておりますとも」
私はなんと答えようかと迷いつつも、差し障りない受けごたえをお返ししたのだが、
「旦那様……」
夏の暑い空気が一気に凍り付きそうなほど、その場がひんやりとした。
奥様である。
「な、なんだ?」
「以前から何度も申し上げておりますが、アーデをこれ以上甘やかしてはなりません。あなた様がそんなだから、あの娘があそこまでわがままに育ってしまわれたのです」
ずずい~っと、背後に忍び寄る奥様に、大慌てとなられた旦那様が大仰に振り返られて仰け反った。
「そ、そこまで甘やかしてはおらんだろう! 大体がだ、しつけしつけと厳しくし過ぎではないのか? それが原因で――」
「何かおっしゃりましたか?」
「……い、いえ、なんでもございません」
何か反論なさろうとしたようでしたが、奥様に勝てる人間など、このお屋敷には大奥様以外、誰一人おりません。
残念でしたね、旦那様。
結局その後、一方的にああでもないこうでもないと、溜まりに溜まった憤りなどをいっぱい詰め込み、お説教し続けられる奥様だった。
三大公爵に名を連ねるシュレイザー公爵家当主であり、また軍務大臣を務める偉人でもあらせられるお方であっても、こうなってしまっては形無しということですね。
一人、懐かしくも平和な夫婦喧嘩を眺めながらニマニマしていると、
「ヴィクター、ヴィクター……」
私のタキシードの裾を引っ張りながら、お嬢様が背後から小声を発せられた。
「どうかいたしましたか?」
私はゆっくりと振り返った。
お嬢様は両手を後ろに回して至極真面目なお顔をされながら、
「少ししゃがんでくださいな」
「はい? こうでございましょうか?」
そう答えつつも杖を使ってゆっくりと膝や腰を曲げていき、お嬢様の背の高さに目線を合わせたときだった。
「えいっ」
年相応の、本当に愛らしい笑顔をお見せになりながらも、私の口の中へとクッキーを放り込まれるのでした。
……いやはや。なんというか、本当にお嬢様はお可愛らしいですね。
素直にそう思えてしまうほどに、そのとき拝見したお姿は、これまで経験した二度の人生の中で初めて目にする年相応の、本当に愛らしい微笑だった。




