13.お嬢様のお茶会1
「ヴィクター! よくぞ私のお茶会にいらしてくださいました。歓迎いたしますわ」
そうおっしゃりながら、お嬢様はスカートの裾を広げられる。
さすが奥様に厳しくしつけられただけのことはある。
お転婆だったとはいえ、ひととおりの宮廷作法はすべてマスターなされている。
元々とても利発な女性であらせられたので、物覚えもよかったのでしょう。
本当に、幼いながらもよくぞここまでご立派に成長なされたものです――まぁ、その厳し過ぎる教育の反動からか、手がつけられないぐらいのお転婆になってしまわれたのですが……。
「さぁさぁ、立ち話もなんですから、どうそこちらにお座りになって」
お嬢様はご自身がお座りになる予定の椅子とは反対の、テーブル挟んだ対面に私を誘導なさろうとしました――が。
「お嬢様、私はお嬢様専属の使用人にございます。主であらせられるお嬢様と同じ席にて着座など、恐れ多くてできかねます」
当然のように腰を折って丁重にお断りさせていただいたのですが、やはり当然のように、お嬢様は愛らしい頬をぷっくりと膨らませた。
「何をおっしゃいますの! もう大分歩けるようになったとはいえ、私のせいで怪我をされたのですよ? あなたを歓待するのは私の務めですわっ。ですからどうか、そこにお座りになってくださいまし。そして、私と一緒にお茶をお召し上がりになってくださいませ」
そう結び、にっこり微笑まれるのだった。
さて、どうしたものか。
いつもであれば、私がお嬢様のためにお茶やお茶菓子を用意し、あの方をもてなす立場であったにもかかわらず、こんなことになるとは。
私は使用人ではあるが、幼いお嬢様の教育係も務めている。
それが専属執事に課された任務だからです。
ですので、間違ったことをなさるお嬢様を厳しく叱る必要があるのですが……。
あの期待に満ちたキラキラとした瞳。
奥様から受け継がれた碧玉のような透き通ったお美しい瞳を前にして、どうしてそれを拒絶することなどできようか。
あの愛らしいお顔が曇ってしまわれた日には、私の心まで湿ってしまうことでしょう。
あぁ、神よ。
なんと残酷なことをなさるのか。
お嬢様をお救いし、事件をなきものにすることは叶いましたが、よもや、このようなことになろうとは。
運命とは本当にわからないものです。
「さぁ、ヴィクター。早くお座りになって。今日は私がおもてなしする立場にあるのですから、お茶の方も私が入れさせていただきますわ――えぇ、えぇ。大丈夫ですわ。入れ方はちゃ~んと、リセルから教えていただきましたから」
まいりましたね……。
私は楽しそうにニコニコしてらっしゃるお嬢様ではなく、お嬢様の背後に控えていた二名の侍女を恨めしげに見つめた。
名前を呼ばれたリセルという名の若い女性が、「申し訳ありません」と言いたげに、無表情のまま無言で頭を下げてくる。
ハイポニーテールにした見事な長い赤毛がゆらっと揺れる。
いつも無口で凜とした佇まいの女性だが、仕事も有能で、結果的に今回に限っては「本当に余計なことをしてくれたものです」というわけだ。
対してもう一人のどこかきょとんとしていた金髪侍女も、私と目が合うと大慌てでお辞儀した。
マーガレット・リンゼベルグ。
それが彼女の名前だ。
私の師匠である侍女頭メアリー様のご息女で、リセル・マルガリーテと違い、かなりのおっちょこいで有名な女性でもある。
二人とも一応、お嬢様専属ということで、お嬢様筆頭使用人である私の部下ということになっている。
リセルが十八、マーガレットは十六とまだ本当に年若い新米侍女だ。
「お嬢様……」
私は悩んだ挙げ句、やはりここは、きちっと教え諭さなければならないと思い口を開きかけたのだが、私が何を言おうとしているのか表情を読み取り察してしまわれたようだ。
笑顔が一瞬にして消えてしまう。
「私……本当にヴィクターに恩返しをしてさしあげたいだけなのです。ですが、他によい方法が思いつかなくて。あれもダメ、これもダメと、全部お母様や使用人たちに叱られてしまい、もうどうしていいかわからないのです!」
「お嬢様……」
どこか泣き出してしまわれそうなほど悲しげな表情をされながら、お嬢様は俯いてしまわれた。
「腕をなくされ、今もまだ、矢傷から受けた毒に苦しめられていると聞きます。私、それを思うと、いてもたってもいられないのです。なんとかして、その苦しみを取り除いてさしあげたい。そう思ってやまないのです!」
何かを堪えようとするかのように少し震えながらも、お顔を上げられ、私のことをじっと凝視してこられた。
私はなんと申せばよいのかわからず、一瞬声を詰まらせてしまったが、未来での悲劇を知っているからこそ、思うのです。
「お嬢様。お嬢様のそのお心だけで十分にございます。不肖、このヴィクター、お嬢様のお心遣い、本当に嬉しく思うておるのですよ? ですのでどうか、お気に病まれませんように。そして、もし本当に、私に対してどうしても恩を返したいとおっしゃってくださるのでしたら、どうかお嬢様。私に笑顔をお見せください。そしてお幸せになってくださいませ。それが私が今、最も望んでいるものにございます」
そう結び、私は痛む身体に鞭打ちながら、小さなお嬢様の目線に合わせるように片膝ついて笑った。
「ヴィクター……」
「はい」
「本当にそのようなものでよろしいのでしょうか?」
「もちろんでございます。これ以上の褒美はございません」
「ですが私は、何かご褒美を頂けるといたしましたら、とても愛らしいぬいぐるみなどをお母様に所望しますわ」
「それは個々人それぞれに、好みというものがあるからにございます。お嬢様と私めが望むものは当然異なります。奥様や旦那様の望むものも、もしかしたら同じかもしれませんが違っていてもよいのです」
「本当にそうなのでしょうか?」
「もちろんです。ですのでお嬢様、どうか私に笑顔をお見せください。そして将来、決して道を踏み外さず、お家の鑑となり、誰よりもお幸せになってくだされ」
じっと見つめる私に最適な答えを返そうとしておられるのか、幼いながらもしっかりとお気持ちを整理なさっているご様子だった。
「……わかりましたわ。ヴィクターがそれでよろしいとおっしゃるのであれば、此度は諦めます。ですが、時折でよいのです。私のわがままに少しだけお付き合いくださいまし」
「はっ。喜んでお相手つかまつります」
そう答えて笑う私に、ようやく、お嬢様は元どおりのとても愛らしいキラキラとした笑顔をお見せくださった。
私は再び杖を支えに立ち上がる。
これでようやくお嬢様の午後のお茶会が滞りなく進む。
そう安堵したときだった。
「やれやれ。お前らはなんというか、相変わらずだな」
威勢のいい声色を発しながら近寄ってこられたのは、白と青を基調とした豪奢な軍服に身を包まれた旦那様だった。




