自ら地雷踏んで返り討ちに遭う人たち
ある日のこと。
「ふむ。上出来です、クラリス嬢。その調子で精進するとよいでしょう」
「ありがとう、ござい、まっす! ヴィクター様」
私は幼女の目線にあわせるように片膝つくと、笑顔で彼女の頭をなでてあげた。
しかし、どうやらそれが気に入らなかったようですね。
地下訓練場のそこかしこでバテてひっくり返っていた陰ら女性陣だけでなく、本日、訓練を見学なさっていたお嬢様やお付きのリセルやマーガレットまでもが頬を膨らませて、「クラリスばかりずるいですわ!」と、皆口を揃えて猛抗議されてしまった。
「はて?」
たかだか頭をなでたくらいで、なぜ彼女たちがそれほどまでに怒っているのか理解できず、私はただただ首を傾げるばかりだった――
◇
話は少し遡る。
私は午後三時のお茶のお時間をお嬢様と過ごし、そのあと陰たちをしごくために地下練武場へと向かっていたのだが、なぜか、お嬢様と一緒にお茶を嗜んでいたクラリス嬢と、その当該者たるお嬢様があとを追いかけてこられたのだ。
そしてそのまま、訓練の様子を見学させて欲しいとお願いされてしまったのである。
本来であればこのあと、お二方は礼節の授業があったはずなのだが、「たまにはそういうのもよいでしょう」と、なぜか講師のメアリー様が許可されてしまったのだ。
本当に意味がわかりませんね。
師匠は何をお考えなのか。
かくして、お嬢様方をお連れして地下練武場に赴くことになった私は、陰たちがぶっ倒れるまでひたすらしごきまくっていたのだが、彼らの訓練姿を目の当たりにしたクラリス嬢が、突然自分も何かやってみたいと進言してきたのである。
私は始め、どうしようか逡巡した。
クラリス嬢はまだ幼いですし、何より、魔力は桁外れに高いようですが、それ以外の身体能力は一般人とさして変わらない。
そして、彼女には戦闘メインの構成員より、お嬢様お付きの侍女兼護衛として動いてもらいたいという思惑が強かった。
だから肉体改造訓練はいかがなものかと思ったのだが、
「ふむ。ゆくゆくは魔法技能も磨かなければなりませんし、年齢的にもそろそろ魔力錬成を始めても問題ない頃合い。いいでしょう。でしたら本日は魔力を感じる訓練をしてみましょうか」
「う~~~ん!」
おそらく私が言っていることはまったく理解してはいないでしょうが、喜んでいるのでしたら、まぁいいでしょう。
私はクラリス嬢にもいつか渡そうと思って事前に作っておいた魔法の杖を『時幻転位相』で異空間から取り出すと、幼子の前に差し出した。
「ん?」
「これをあなたにさしあげます。本日はこれを使って魔力を感じる授業をいたしましょうか」
彼女の目の前に片膝つき、じっと見つめていると、
「うん~~!」
クラリス嬢は杖を受け取り、楽しそうに笑いながら頷いた。
三十セトラル(三十センチ)ほどしかない、小さな杖を片手に、得意げな表情を浮かべるクラリス嬢。
彼女は杖を頭上に掲げたり振り回したりしながら、本当に嬉しそうにいろいろなポーズを取り始めた。
そんな姿を見つめておられたお嬢様やリセルたちも微笑ましげに笑われている。
死屍累々を彷彿とさせる負のオーラ立ち込める練武場内において、そこだけが穏やかな別空間となっていた。
「では始めますよ。準備はいいですか?」
「はいなのです!」
クラリス嬢はなぜか右手をおでこに当てて眉をキリッとさせた。
この国ではあまり見かけない敬礼の仕方だったので、「おや?」と若干違和感を覚えましたが、とても愛らしい姿でしたのでよしとした。
「先程も申しましたが、本日は魔力の存在を感じる訓練を行いたいと思います。魔力についてはお嬢様と授業を受けられているので、おそらく、名前や存在自体はご存じかと思いますが」
私はお嬢様を一瞥した。
お嬢様は無言で頷き返してくださる。
どうやらこの辺の一般知識は既にお勉強されているようだ。
クラリス嬢がちゃんと理解しているかどうかはわかりませんが。
「魔法の訓練は通常ですと、まず魔力を感じるところから始め、次にそれを錬成する訓練へと移行します。そしてしっかりと魔力を感じ、操作することができるようになって初めて、魔法詠唱の訓練へと移行していくのです」
私はクラリス嬢の様子を窺いながらゆっくりと説明していったものの、やはりまだ難しかったようですね。
口を開けたままぽか~んとしている。
「まぁとにかくです。魔法が使えるようになるためにはそういったプロセスが必要不可欠で、今回はその魔力を感じる訓練を行うわけです。そして通常でしたら、この時に使われるのが、身体の中を流れる魔力を微かに吸い取ってしまう魔導具なのですが、今回は私がサポートいたします」
じっと探るように見つめるものの、やはり表情は変わっていない。
まったく理解していないとみるべきでしょうね。
改めて人にものを教える難しさを実感し、教師という要職に就いておられる方々に敬意を感じた。
「それではクラリス嬢、今お渡しした杖を両手で握ってください」
「ん~~……こう、ですか?」
クラリス嬢が持っている杖は当然、ただの杖ではない。
頭の部分には黒い宝珠が取り付けられている、ぱっと見は凸凹した木の棒だ。
けれど、宝珠も木の部分もすべてに魔力が込められている魔法の杖である。
製法に関しても禁書に載っていたような曰く付きのもの。
そんな古の魔具の下の部分を両手で持っている小さな女の子。
彼女は真剣な表情を浮かべて、私の次の指示を待っている。
「そうです。いいですね。では次に、私が魔力をクラリス嬢へと少しだけ流し込みますので、その感覚を覚えてください」
「ふにゅ? ……わかりましたなのです!」
「ではまいりますよ」
私はすぐ側で成り行きを見守っておられたお嬢様方の視線を一身に浴びながらも、右手で宝珠を握りしめ、微かにそこへと魔力を放出した。
一瞬、杖の先端が淡く光り、それはやがて、ゆったりと杖を伝ってクラリス嬢へと流れていった。
仄かな青白い光が彼女の両手、小さな身体、そして、頭や足へとゆっくりと伝わっていく。
「どうですか? 何か感じましたか?」
まぁ、いきなりすぐに魔力の流れを感じろと言われても無理があるため、わからなくても仕方がない、そう思っていたのですが。
「ふぉ~~……! なんだか、なんだかすごいのです! 身体がぽかぽかするのですっ。ピリピリして面白いのです!」
「なんと……!」
愛らしい満面に驚きと笑みを混ぜ合わせたかのような表情を浮かべたクラリス嬢は、しきりに挙動不審なまでにおかしな声を出してきゃっきゃし始めた。
身体もぷるぷる震わせている。
その反応から見るに、どうやら初めてながらにあっさりと魔力の流れをつかみ取ってしまったらしい。
さすが、旦那様が桁外れの魔力を有するとして、ナインズの一人に加えただけのことはある。
魔力だけでなく、どうやら魔法適性もかなりの高さを持っているようだ。
こういうのを生まれながらの天才肌というのでしょうね。
彼女の両親がどこの誰なのかはわかりませんが、この魔法の才をむざむざと埋もれさせてしまっては公爵家筆頭執事の名折れというもの。
「……いいでしょう」
「ふにゅ?」
「クラリス嬢。あなたは実に素晴らしい才能をお持ちのようだ。これからは定期的に、私自らがあなたの魔法の講師を務めさせていただきましょう」
「本当ですか……?」
「えぇ。しっかりと訓練を続けていけば、おそらくこのお屋敷の中でも随一の魔導士になれること間違いなしです。これからもその調子で訓練に励んでいってください」
「うん~~! クラリス、がんばるのです!」
彼女はにかっと笑ったあと、得意げに例の変わった敬礼の仕草をしてみせた。
そんな彼女の頼もしい姿を目にした私はなんだか嬉しくなってしまい、そのあとも何度か魔力感知の訓練を続けた。
そして、
「ふむ。上出来です、クラリス嬢。その調子で精進するとよいでしょう」
「ありがとう、ござい、まっす! ヴィクター様」
屈託のない笑顔を見せる彼女の頭を私は笑顔でなでてさしあげたのだが、なぜかここで問題が起こってしまったのである。
◇
「ヴィクター!」
「はい?」
知らない間にどこか不機嫌となってしまわれたお嬢様が、仁王立ちとなっておられた。
「クラリスばかりずるいですわ!」
「はい? ずるいとは?」
「決まっておりますわっ。その『頭なでなで』です!」
むっす~っと頬を膨らませておられるお嬢様は、拗ねたようなお顔となってしまわれた。
「私だって、クラリスのことは実の妹のようにかわいがっておりますし、できましたらもっともっと、いっぱいいい子いい子してあげて欲しいですわ。ですけれど、私だって、同じようにいい子いい子して欲しいのです!」
そうおっしゃると、しゃがんだままだった私の首へと抱き付いてこられた。
「お、お嬢様!? なりませんぞ、お早く離れてくださいませ――リセルにマーガレットっ。早くお嬢様を――」
しかし、なぜか彼女たち二人もどことなく機嫌が悪そうに見えた。
「ヴィクター様って、やっぱりあれですよね」
「うん。私もそう思う」
そのようなことを呟きながらジト目を向けてくる。
更には、
「本当にヴィクター様って、クラリスに甘いよな。ずるくね?」
「まぁ、仕方がないといえば仕方がないと思うけどね。何しろ彼女はまだ子供だし」
近寄ってきたフィンクとコンラートまで呆れたような声色を吐き出した。
「というより、クラリスだけじゃなくて、もっと私たちも甘やかしてくれてもいいと思うんですよねぇ」
「ね~~」
ハイエルフのアリアドネとグラシエラまで同調するように呟く。
「フレイもそう思うニャ! ていうか、フレイの頭もなでて欲しいニャ! ――ミランダの汚い頭はなでなくてもいいけどっ」
「なんだと、このクソ猫! あたしだって、な、なでて欲しいに決まってるだろっ」
「ニャ? くぷぷぷ。やっぱり犬にゃ」
「貴様っ」
近寄ってきたと思ったら、いきなり四足歩行でそこら中を走り回る猫族のフレイと狼族のミランダ。
――というより、あなた方はいったい何がしたいのですか……?
あまりにもカオスな状況となってしまったため、一人溜息を吐いていると。
「ていうか、頭なでて欲しいなら私がなでてあげるわよ。だって、私、お姉ちゃんだからっ」
そんなことを言いながら近寄ってきた幼女にしか見えない三十歳の狐族娘テレシアが、お嬢様の頭だけでなく、なぜか私のビシッと決まった頭までなで始めた。
「いや、あの、ちょっと……止めていただけますかね?」
しかし、彼女は楽しそうにニコニコしながらも、手を止めることはなかった。
まったく……。
そう一人ぼやいていると、
「てか、ヴィクター様のそれって、結局アレでしょ? ロ――じゃなくて、ちびっ子びいきしたいだけでしょ?」
「は?」
最後に現れたエルフリーデが言葉尻、若干慌てつつもおかしなことを言い出したため、私は固まってしまった。
「ば、ばかっ……お前、よりによってなんてこと言ってんだっ……」
「そ、そうよぉ……さすがにそんなにはっきり言ったらまずいでしょぉ……! ヴィクター様がロ――じゃなくて、ひいきとか……!」
「いや、てか、言い直したところでフォローにすらなってねぇだろっ。お前何言い出してんだよっ」
「ちょっ……みんな冷静になってっ。とがめるつもりでみんな逆に、賛同しちゃってるじゃない……!」
私の周囲にいた者たちが顔面蒼白で大慌てとなる中、エルフリーデは一人だけ、
「え? なんで?」
と、きょとんとしていた。
どうやら自分が何を言っているのか理解していないようですね。
私は彼女を凝視し――
「ほ~……それはそれは。私は知らない間にひいきしていると思われていたようですね」
「げっ……」
エルフリーデ以外の四人、コンラート、アリアドネ、フィンク、グラシエラがぎょっとなる。
そんな中、私は丁重にお嬢様の包囲を解かせていただいたあと、テレシアの手もどかして悠然と立ち上がった。
そうしてエルフリーデをじろりと見つめる。
「どうやら、戯言が吐けるぐらいには、まだまだあなた方の体力はあり余っているということですか」
にっこり微笑む私に、何かを感じ取ったのだろう。
彼女の表情からも一気に血の気がひいていった。
「ま、待ってっ。よくわからないけれど、今の多分、ほんの冗談――そうっ。冗談なんです! ですから――」
「いけませんねぇ。そういう嘘を吐いては。いいでしょう。あなたがそのつもりなら私にも考えがございます」
「ま、まさかっ……」
私は自身が思い描く最上位の笑顔を浮かべてみせた。
「あなた方全員、今から追加で腕立て千回です」
「そんなバカなっ」
静かに死刑宣告を申し渡した私に、彼ら全員が一斉に絶叫するのであった。
「つーか、あとで覚えてろよっ、エルフリーデ! 全部お前のせいだからなっ」
「なんでよ!?」
文句言いながら腕立てするフィンクがいたかと思えば、返す刀ですかさず言い返すエルフリーデ。
しかしそんな彼らに私は、
「ほう。無駄話をする余裕があるとは。百回追加いたしましょうか?」
「いやぁぁぁぁぁ~~~!」
ヒーハー言いながら腕立てする金髪娘の悲鳴だけが、地下練武場にいつまでも響き渡っていた。ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。
このあとは【簡易登場人物一覧】を挟みまして、次話以降から再び本編第二部後半戦へと突入していくこととなります。
ただし、事前告知してありましたとおり、現在ストックがほぼない状態なので書きため期間に入ります。
早ければ一ヶ月後ぐらいには再開できると思いますが、今はまだ予定は未定です。
三度のギックリやコロナなど、度重なる不幸に見舞われ、現在もコロナの後遺症(頭の神経と視神経へのダメージ蓄積)が残っている状態です。
ですが、当然がんばって続きを書きますので、もう少しだけお待ちくださればと思います。
それから、続編が完了したあと、前回カクコンに参加できなかったので、今度のコンテストには参加したいということで、そちらに向けた作品も鋭意執筆していく予定でいます。
間に合えば12月には公開できると思いますが、こちらもまだわかりません。
そんなわけでして、近況や今後の展開について少しお話しさせていただきました。
本作の続き、あるいは新作公開した暁には変わらずの応援、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
ぺこり
ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。
このあとは【簡易登場人物一覧】を挟みまして、次話以降から再び本編第二部後半戦へと突入していくこととなります。
ただし、事前告知してありましたとおり、現在ストックがほぼない状態なので書きため期間に入ります。
早ければ一ヶ月後ぐらいには再開できると思いますが、今はまだ予定は未定です。
三度のギックリやコロナなど、度重なる不幸に見舞われ、現在もコロナの後遺症(頭の神経と視神経へのダメージ蓄積)が残っている状態です。
ですが、当然がんばって続きを書きますので、もう少しだけお待ちくださればと思います。
そんなわけでして、近況や今後の展開について少しお話しさせていただきました。
本作の続きを公開した暁には変わらずの応援、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
ぺこり




