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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第6章】初めてのお茶会、本気の仕合

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100.殿下の願い

 私は殿下が何をおっしゃったのか理解できなかった。

 剣を教えてくれとはいったいどういうことか。


 殿下には確か、ちゃんとした剣術指南役がついておられたはず。

 それなのにどうして他家の、しかも一介の執事ごときに剣の稽古を所望されるのか。


「殿下、私はただの執事にございます。殿下のような尊きお方の指南役など、とてもではございませんが務まりますまい」


「そんなことはない! ときどき宮殿に来ては、父上と立ち合いを行っているではないか。私はしっかりとこの目で、それを確認している。だからわかるんだ。あなたがとんでもなくお強い剣士であると! もしかしたら父上よりお強いんじゃないかってっ」


 まいりましたね。

 どうやら知らない間に見られていたようです。


 かつての私であれば旦那様にも陛下にもまったく歯が立ちませんでしたが、今は違う。

 禁術を身に付けた今の私であれば、互角以上の戦いができるようになっている。


 しかし当然、陛下相手に勝ってはならないというのが宮廷作法であり破ってはならない不文律。

 そのため、それとわからないように手を抜いている。


 それなのに殿下の目には、私が陛下と互角以上に戦っている凄腕の剣士と映ってしまっていたようです。


「それにだっ。昔、私を助けてくれたあのときの光景が今でも忘れられないんだ! 僕――私には、あのときのあなたの姿が物語の中に出てくる英雄そのものに見えた。あんなにも凶悪な敵を前にして一歩も引かず、それどころか終始圧倒し続け、あっさり倒してしまった。あんなものを見せられたら、いてもたってもいられなくなって当然だろう? だから私の師匠になって欲しいんだ!」


 両手の拳を握りしめられ、一心に訴えてこられる殿下のお姿は、ただただ、純真無垢なだけの一人の少年の姿にしか見えなかった。


 私はそんな彼に、かつての自分の姿を重ね見てしまった。

 非常にひもじい思いをしながらなんとか食いつないでいた幼かったあの頃。


 なんとかしてそんな状況を打破しようと思って、小銭稼ぎの傍ら、一人独学で剣の稽古や体力トレーニングに励んでいた。


 もしあの当時、私にもちゃんと正しい道へと導いてくれる師がいたならば、冒険者時代、『A級モブ』などと呼ばれずにすんだのかもしれない。


 それを思うと、今目の前で必死に強くなろうともがいておられる殿下をむげに扱うことなどできるはずがなかった――おそらく、いろいろ思うところがあるのでしょうし。


 しかし――


 将来、クーデターのキーとなり得るこの方をどう扱ってよいものやら。

 非常に悩ましいところではありますね。


 ――さてはて、どうしたものやら。


 そう一人顎に手を当て困っていると、


「フィリップ。余計なことは考えるな」


 それまでお茶菓子とお茶を堪能されていた陛下が真顔となって鋭い声を発せられた。


「父上?」

「お前にはちゃんと、指南役を付けておるだろう。あれ以上に優秀な師は他におらん。ヴィクターに頼むのは止めよ」

「どうしてですか!? ご自分だって、ときどきお相手してもらっているではありませんか!」

「当たり前だ。そういう契約になっているのだからな」


「ずるいですよっ。私だって、ヴィクターに剣の稽古を付けてもらいたいのです!」

「ならん!」

「どうしてですか!」

「決まっておろう。俺の相手をする時間がなくなってしまうではないか」

「なっ……」


 陛下……。

 なんという幼稚で短絡的な動機か。

 なんだか殿下がお可哀想になってきましたよ。

 いっそのこと、自分勝手な陛下のお相手は止めにして、殿下を鍛えてさしあげましょうか。


「ともかくだ。ヴィクターはやらん。こやつは実に面白い奴だからな。できれば俺の部下に加えたいぐらいだ」


 そうおっしゃってニヤリと笑われる陛下。

 しかし、


「なりませんぞ、陛下。何度も申しますが、ヴィクターは公爵家の使用人。たとえ陛下がお相手であっても、さしあげるわけにはまいりません」


 専属執事のエヴァルト様をお連れした旦那様が渋いお顔をされたかと思えば、


「そうですわ。ヴィクターは私の使用人なのです。()()()()()()()()ありませんし、陛下や王太子殿下のものでもありません。ましてやジュリエッテ殿下のものでも!」

「あら? そう来ましたか。これは少々話し合わなければなりませんね」


 お嬢様と王女殿下は再び「おほほ」「うふふ」と青筋立てながら笑い合われる。

 片や陛下と王太子殿下と旦那様までもが三すくみで睨み合っておられる。


 正直、「どうしてこうなった!?」というのが本音だった。


 正史でもある程度は陛下と親しかったが、お嬢様の拉致事件以降、それほど関わり合うこともなかったし、王太子殿下や王女殿下に至ってはほぼほぼ話をすることもなかった。


 あくまでも私はお嬢様の陰。

 ただそれだけでしたから。

 それなのに、なぜこのようなことに。


 私は困惑しつつも、ある意味、これはこれでよかったのかもしれないと思った。


 こうして見るに、お嬢様と王太子殿下がお互いに興味を持たれているといったご様子は今のところみられませんし、今後はどうなるかわかりませんが、このままうまくご成長なさってくだされば、婚約などというバカげた結末も回避できるかもしれない。


 そうなったら(おん)の字ではありますが――しかし、まさかフィリップ殿下が私に興味を持たれるとは。


 このままだと、将来、クーデターに絡んでくるのはお嬢様ではなく自分になるのではないかと、そんなことが脳裏をよぎってしまう。


 ですが、そのときはそのときですがね。

 今の私には絶対的な力がある。


 お嬢様から注意を逸らせるだけでなく、自分に牙剥く愚か者どもをこの手で一掃できるのだから、これほどに都合のいいことはない。


 すべてをこの手でねじ伏せられれば、お嬢様も公爵家も、ついでにこの国も安泰というもの。


 ――ふふふ。


 ひたすら混乱するお茶会会場にあって、一人だけ場違いにもほくそ笑んだときだった。


(大変です、ヴィクター様! 上空に巨大な影が……!)


 突然、切羽詰まったコンラートからの通信魔法が入っていた。

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