99.陛下乱入
突如姿をお見せになった陛下は既に御年四十を超えてらっしゃる。
しかし、若かりし頃よりも更に勢いが増しておられるようで、会うたびに覇気が強まっているような気がした。
時折旦那様と一緒に登城し、研究の報告や剣の立ち合いに付き合わされることも少なくないが、そのたびに実感する。
本物の王者の気迫というものを。
そして、そんな陛下であったが、これまでなんの予告もなしにこのお屋敷へと足を運ばれたことなどただの一度もなかった。
それなのに来られた。
一応背後に護衛の騎士を十名近くお連れしてはいるが、それでも異例のことだった。
「陛下、どうしてこちらに?」
「何を申しておる。どうしてはこちらの台詞だぞ」
「え?」
「え、ではない。これまでに何度もグラスナーを使って召喚状を送りつけたであろうに。それなのに、俺の誘いを何度も体よく断りおって。ゆえに、わざわざこうして出向いてやったのではないか」
そういえば、そんなこともあったような気が……。
ここ最近、陰たちの訓練やらお茶会の準備やらで忙しく、すっかり忘れていましたよ。
見ると、陛下の背後に付き従うように佇んでおられるグラスナー殿が、面目なさそうに頭を下げておられる。
彼の妹御であるヘンリエッテ嬢がそんな兄の姿を認め、なんだか嬉しそうに微笑まれた。
「まぁよいわ。それで、今お前たちは何をしておったのだ?」
「いえ、何をとおっしゃっても、お茶会にございます」
慇懃に腰を折ると、
「おお、そういえばそうであったな。ジュリエッテたちがアーデのお茶会に参加すると申しておったな」
「御意に」
これ以上話がややこしくなってはたまったものではない。
せっかくのお嬢様のお茶会が台無しとなってしまう。
その一心で余計なことを言うのは止めにしたのだが、私はあることに気が付き、「おや?」と思った。
「そういえば陛下、結界はいかがなさいましたか?」
「ん? 結界だと?」
今現在、例によってミカエラ様方にお頼みして、お屋敷の防護結界を発動している真っ最中だった。
公爵家が元々保有していた結界魔導具は、以前お誕生日会の折にあっさりと破られてしまったため、今は禁書の技術を使って『絶対に破られるはずのない』かなり強力なものに魔改造してある。
そのため、相当な使い手でもない限りは外から中へとそうそう入ってこられるはずがない。
それは陛下といえども同じこと。
おそらく、あれを破れるのは私や特殊兵装を所持するエルフリーデたち陰、それからミカエラ様や、どこにいるのか見当もつかない大賢者たちエルフ族ぐらいなものだろう。
「あ~……そういえば、なんかあったな。あまりにも邪魔くさくて中に入れなかったゆえ、ロードリッヒに文句を言って無理やりこじ開けさせてもらったぞ」
私は思わず、不敬にも「おい」と言いそうになってしまった。
そこへ、
「まったく……陛下にも困ったものだ」
そううんざりされたような口ぶりで、旦那様まで姿をお見せになった。
「なんだ、お前も来たのか」
「来たのかではありませんぞ。今日はアーデの大事なお茶会の日なのです。それなのにこのようにイレギュラーなことばかり起こっては、すべてが台無しではありませんか」
「何を言うか、ロードリッヒよ。イレギュラーな事態が起こったときこそ、真の実力が試されるというものではないか。のう、アーデよ」
ニヤッと笑われる陛下に、
「えぇ、おっしゃるとおりですわ、陛下。よき練習となり、大助かりにございます」
お嬢様はそうおっしゃり、お言葉どおり優雅に腰を折られた。
それに陛下が満足げに頷かれる。
「よくぞ申したっ。それでこそ、将来シュレイザー公爵家をしょって立つ娘よ」
「何をおっしゃっておられるのですか。俺にはちゃんと、跡取りとなる息子もおりますぞ? 別にアーデが家督を継ぐと決まったわけでは――」
「そんなことはどうでもよい。どれ、この俺も茶菓子とやらを食してみようではないか」
終始ご機嫌の陛下は一人そそくさとテラス席の方へと移動されていく。
それをお嬢様がお迎えなさって、お茶菓子を勧められ、それを豪快に頬張られた陛下が、「これはうまい! 今度王宮でもこの菓子を作らせよう!」と、大喜びされていた。
まったく。
いいのか悪いのかわかりませんが、とりあえず軌道修正はできたということですかね?
旦那様へと視線を向けると、大きく肩をすくめられていた。
そんな中、すぐ側におられた王太子殿下が、
「あのっ……」
と、どこか緊張なされたご様子で声をかけてこられた。
「どうかいたしましたか?」
「う、うん……実は折り入って、ヴィクターにお願いがあるんだ!」
「お願いにございますか?」
「うん。あの……私に剣を教えてはくださいませんかっ?」
「え……」




