98.モブ執事争奪戦勃発
「こ、これは殿下……」
さすがに相手が王女殿下ということもあり、収拾がつかなくなっていた各お家のご婦人方が冷静さを取り戻されていった。
そんな中、
「私の断りもなく勝手なことをされては困りますわ。何しろ、ヴィクターは私が目を付けていた殿方ですし」
そうおっしゃって、「うっふふ」と艶然と笑われるジュリエッテ殿下。
さすが殿下。
よくぞおっしゃってくださ――え?
殿下が何をおっしゃったのか理解できず茫然としていると、彼女が私のもとへと近寄ってこられた。
必然的にご婦人方が頭を下げながら後退ることとなる。
「本当はもう少し時間をかけて、ゆっくりと着実に距離を詰めていこうと思っておりましたが気が変わりましたわ」
殿下はそうおっしゃると、一同を見渡されクスッと笑う。
「近い将来、アーデからヴィクターを譲り受けようと思っておりましたのに、それを横取りしようとするなどと、言語道断ですわ」
扇でご自身を仰がれながら悠然と宣言なさる王女殿下。
しかし、これが更なる混乱を招き寄せた。
状況の成り行きに戸惑い、他の子供たちと同じように目を丸くされ、きょとんとしておられたお嬢様が引きつった笑みを浮かべられた。
「これは聞き捨てなりませんわね、ジュリエッテ殿下。ヴィクターはわ・た・く・し・のっ、ものですのよ? それを勝手に取り上げようとなさるとは、感心できませんわ」
おほほと笑いながら、殿下に近寄っていかれるお嬢様。
あぁ……。
お嬢様……。
おやめくだされ。
あなたは何をなさるおつもりなのか。
まさか、殿下に喧嘩をお売りになるのではありませんよね!?
見ると、当家が準備した配膳係の侍女たちやリセル、エルフリーデまでもが呆れたような顔をしていた。
手で顔を覆っている者までいる。
「まぁ……! 私に意見するだなんて、随分ご立派になられましたわね、アーデ?」
「えぇ、お陰様で。私、将来は公爵家をしょって立たなければなりませんから。そのために幼い頃より随分とお勉強してまいりましたもの。それもこれもすべてはわ・た・く・し・のっ、ヴィクターのため。私、ヴィクターと約束しましたもの。立派な淑女になると」
お嬢様……。
私がまだ満身創痍だった頃、中央庭園のテラスで約束したことを覚えていてくださったのですね。
『決して道を踏み外さず、お家の鑑となって欲しい』とお願いしたあのときのことを――が、話されている内容が内容でしたので、美談になりようもなく、感動が薄らいでしまった。
お嬢様、私の胸熱を返してください……。
「あらあら。それはまたご立派ですこと。本当に素晴らしいですわね。その誓いをずっと守ってらしたなんて」
「えぇ、もちろんですわ。だって、私のヴィクターがそれを望んでおりましたもの。何より、いつも私の幸せを一番に考えてくださっている。本当に私は果報者ですわ。ですから、私が真の幸せを手に入れるまでは、け~~~~~してっ、断じてっ。ヴィクターを手放すつもりはございませんわ」
「へぇ、ということは、幸せになったあとは手放してもよいと?」
「えぇもちろんですわ。ですが、ジュリエッテ殿下? 私が幸せになるためにはヴィクターは必要不可欠なのです。だって、ずっと側にいてくれることこそが、私にとっては一番の幸せなのですもの」
お嬢様はそう結び、最後には「きゃっ」とクネクネされた。
お嬢様……。
私は喜んでいいのか悲しんでいいのか判断つかず、困ってしまった。
確かにお嬢様には世界で一番お幸せになっていただきたいですが、私が思っていたのはそういうことではなく。
なんの苦もなく毎日を平和に笑顔で過ごしていただければそれで十分にございます。
そこに私がいてもいなくてもよいのですが……。
しかし、そんな私の思惑など露知らず。
話は勝手に進む。
「本当にアーデは贅沢ですわね。このように素晴らしい御仁を一生独り占めしようだなんて。図々しいにもほどがありますわ」
「図々しいのは王女殿下ではございませんか? ヴィクターは今も昔もこれからも、当家の使用人にございます。それ以上でも以下でもございませんわ」
「あらまぁ」
「おほほ」
お二方は互いに頬をピクピクさせながらひたすら笑い合われるのだった。
あぁ。
私は悪夢を見ているような気分だった。
なんとなく、本来の歴史でのお嬢様を思い出してしまった。
傍若無人な振る舞いで、他の王侯貴族相手にひたすら高笑いされていたあの頃のお嬢様にどこか似ており、胃がキリキリしてくる。
というより、あのおとなしかったジュリエッテ殿下までもがお嬢様に似てきておられるような。
はぁ……。
――どうしてこうなった!? まるで王女殿下が悪役令嬢となってしまわれたようではありませんか!
あまりの惨状に右手で額を押さえていると、唐突に、誰かがズボンの裾を引っ張ってきた。
ふとそちらを見やると、そこにいたのはきょとんとされた第二王女のカトリーヌ殿下だった。
「あの……お姉様がなんか、ごめんなさい」
そうおっしゃり、ぺこりと頭を下げられる。
それを見た王太子殿下までもが慌てて近寄ってこられると、
「あ、あのっ……姉上がおかしなことを言って申し訳ありません!」
甲高くも大きなお声で叫ばれ、腰を直角に曲げてお辞儀されてしまう。
「ちょっと、あなたたち!? なんだか私が残念な姉みたいじゃありませんの! やめてくださいまし!」
お二方の予想外な反応に気付かれたジュリエッテ殿下がお顔を真っ赤にされながら慌てられたかと思えば、勝ち誇ったようなお顔を浮かべるお嬢様だった。
そして、そんな彼らに私はただただ、
「え……っと……」
と、戸惑いの色をまとうことしかできなかった。
すっかり混沌と化してしまったお茶会会場。
しかし、そこに追い打ちをかけるように――
「なんだか面白いことになっているではないか」
いきなり勇ましい声を発し、一人の御仁が姿を現した。
「なっ……どうしてここに陛下が……!」
私はなんの前触れもなく現れた猛々しい王者の姿を目の当たりにし――絶句した。




