95.殿下再び
「ごきげんよう、皆様方」
そうおっしゃって近寄ってこられたジュリエッテ王女殿下。
口元を扇で隠され、純白のドレスに身を包まれている。
母である王妃様譲りのたおやかな金髪には、色とりどりに光り輝く髪飾りを身につけておられた。
面白そうに微笑まれた碧眼もまた、幼かった頃の殿下を感じさせないほどには色気に近いものをまとわれている。
まだ十四というお年ながら、さすが陛下のご息女といったところですか。
――が、しかし。
お嬢様と話をされながら、時折恥ずかしそうに私の方をチラ見するのは止めていただきたい。
『おい、ヴィクター。お前なんか知らんが、陛下だけでなくジュリエッテ殿下にまで気に入られているらしいぞ? いったい何やらかしたんだ……』
随分前にそう、旦那様からおかしな言いがかりを付けられたことを思い出していた。
はぁ……。
まったく、これも血筋というものでしょうかね。
いつどこで、どういう意味合いで気に入られてしまったのかさっぱりですが、早いところ、陛下ともども私のことは忘れていただきたいものです。
何しろ、私はお嬢様のことで手一杯にございますから。
そんなことを一人考えげっそりしていると、
「私もまいりましたわ。アーデ、お久しぶりです」
護衛の近衛騎士や侍女たちを引き連れた第二王女カトリーヌ殿下が姿を見せられた。
あの方は現在十二歳。
お嬢様よりも年上だが、少々奥ゆかしいところがあり、それゆえあまり王族とは思えないような雰囲気を持っておられる。
どちらかといえば、お嬢様の方が姫君に相応しい。
「これはこれはカトリーヌ様。よくぞお越しくださいました。歓迎いたしますわ」
他の四貴族のご息女たちが恐縮して固まる中、お嬢様だけは宮廷作法に則り軽くご挨拶なさったあとで、第二王女殿下に近寄っていかれる。
お二方は両手で固い握手をされ、にっこりと微笑まれる。
「あとはフィリップだけれど、あの子、いったいどこで油売っているのかしら?」
ジュリエッテ殿下は小首を傾げながらも周囲へと視線を向けられた。
すると、
「姉上~~! どこにおられるのですかぁ!? 私を置いていかないでください~!」
と、甲高い少年の叫びが聞こえてきた。
私個人としてもよく聞き知ったお声。
「もうっ。早くなさい! みんな待っているではありませんか!」
「そ、そんなことおっしゃっても……はぁ、はぁ……姉上ははしゃぎ過ぎなのではありませんか……?」
肩で息を切らしながらも走ってこられた金髪の少年。
誰あろう、将来、愚王として一世を風靡する王太子殿下のフィリップ王子だった。
殿下も既にお嬢様同様十歳となられている。
見た目の雰囲気もすっかりと変わられ、豪快な陛下よりもむしろ王妃様や王女殿下らとよく似た、どこか少女を連想させるような甘やかな少年へとご成長なされていた。
「さぁ、アーデ! 早速始めましょうかっ」
どうやら臨時でご参加なさる王族は三名様のみのようですね。
他に五歳になられたばかりの第三王女や八歳になられた第二王子殿下もおりますが、ご列席なされないということなのでしょう。
「あら? ジュリエッテ殿下。今日の主催は私ですのよ? 勝手に仕切られては困りますわ」
「まぁ……。おっしゃいましたわね? ふふふ、今度私が主催するときにはその軽口、叩けなくしてさしあげますわよ?」
「まぁ怖い」
お二方は「おほほほ」と、わざとらしく上品に笑いながら、お茶会の会場となっている屋根付きテラスへと移動されていく。
この四年の間、正史とは違い幾度も殿下らとご対面する機会があったからでしょう。
最初から顔見知りだったグラスナー殿の妹御であるヘンリエッテ嬢ともども、随分と打ち解けておられるご様子。
個人的には未来で起こった悲惨な出来事を存じているゆえ、あまりお嬢様が王族とお近づきになるのは避けていただきたいところですが、さすがに近づくなとは口が裂けても言えない。
なんとかして宰相派閥によるクーデターのきっかけが生まれないよう、別の切り口からうまく立ち回るしかないということなのでしょうね。
テラスの周囲にはお嬢様のご指示のもと、既に準備を終えて待機中の侍女たちが佇んでいる。
本日ご招待されたお客人方も、侍女や執事らを伴い、参加者同士で談笑されながら移動していった。
そんな中、最後まで一人残られていたのが王太子殿下だった。
「あ、あの……!」
私もお嬢様のあとに付き従おうと動き始めましたが、それを殿下が制止する形となった。
「どうかされましたか、殿下」
「あ、うん……えっと、あのっ――」
しかし、それを遮るように、
「フィリップ! そのようなところで何をなさってますの!? 早くこちらにいらっしゃいな! 本日どうしても参加したいと申したのはあなたですよ?」
「わ、わかってますよっ……」
殿下は何やらもの言いたげにされておりましたが、結局何もおっしゃらず、走っていかれた。
「はて?」




