94.貴族子女たち
「ようこそお越しくださいました。歓迎いたしますわ」
スカートの裾を広げながら優雅に一礼なさるお嬢様。
「私は本日お茶会を主催させていただきました、アーデンヒルデ・クワィエット・シュレイザーですわ。どうぞ、お見知りおきを」
終始余裕を持った微笑みを浮かべられるお嬢様とは対照的に、お集まりになった方々は少々緊張なさっているご様子だった。
旦那様よりお伺いしているところによると、今回招待したお客人方はどれもシュレイザー公爵家に縁ある家柄の者ばかりだという。
当然、その頂点に君臨しているのが旦那様だ。
必然的にお嬢様より立場が低くなるうえ、お嬢様は今やときの人。
粗相のないようにしなければと、緊張するのも無理からぬことだった。
「本日はお招きいただき、ありがとう存じます。私はエルヴィーラ・クワィエット・ベルゲンリューンと申します。十の年月を数えたばかりですの。よろしくお願いいたしますわ」
お嬢様の前に半円状に並んだ子供たちのうち、丁度中央におられた青紫の髪と瞳をしたご息女がそう答えられた。
雰囲気としては、お嬢様に似た品性をお持ちながら、お嬢様よりもおっとりとお淑やかな少女といったところか。
私の頭の中にある参加者名簿によると、シュレイザー公爵派閥の重鎮、ベルゲンリューン侯爵の長女らしい。
「私の名前はクラウディア・ゼーレ・ヨハンセンと申します。日頃から父上がお世話になっております。以後、お見知りおきくだしゃ――ひゃわっ」
そう答えられたのは赤髪碧眼の少女だった。
しかし、スカートを広げようとして思いっ切りバランスを崩し、危うく転びそうになってしまった。
どこかマーガレットに雰囲気の似ている子供だった。
確か、公爵家の門弟貴族である、財務省に勤務しているヨハンセン子爵のご嫡男のご息女でしたか。
確か十歳になる長女という話でしたね。
それにしても、背後に控えていた侍女が咄嗟に抱え込まなければ、おそらく、顔面から芝生にめり込んでいたのではなかろうか。
「次は私の番ですわね。お初にお目にかかります。我が名はイングリット・ゼーレ・ケンプフェルトと申します。祖父がケンプフェルト子爵で、父は内務省に勤務しております。ですが、私は将来、近衛騎士団に所属する意向にございます。どうか、よろしくお願いいたします」
そう勇ましく答えられた少女も確か十歳。
白銀の髪と碧眼が特徴の娘で、ここに集まっている子供たちの中ではお嬢様以上に凜とした佇まいをしておられた。
彼らの背後に控える執事や侍女、それから付き添いのご婦人方といった大人たちですら太刀打ちできないのではと感じさせるほどの清冽な美しさを秘めている。
なるほど。
騎士階級でもないのに騎士を目指しているだけのことはありますね。
「アーデお嬢様、お久しぶりです。本日はお招きいただき、ありがとうございます。それから皆様方、初めまして。私はヘンリエッテ・ド・グラスナーと申します。本来であれば下級貴族である私がこのような格式高いお集まりに参加させていただくなど、場違いにもほどがあり、大変身が縮こまる思いにございます」
そう挨拶をしたのは暗蒼色の髪と瞳をした小柄な少女だった。
他の三人が比較的背が高いのに対して、彼女はお嬢様と同じくらいの背格好。
「何をおっしゃりますの、ヘンリ。そのように自らを卑下するものではありませんわ。私がお呼びしたいと思ったからご招待したのです。もっと胸を張ってくださいな」
十歳とは思えないほどに幼く見える愛らしい彼女に、お嬢様が近寄っていかれる。
両手でしっかりとヘンリエッテ嬢のそれをつかまれ、慈愛に満ちた笑みをこぼされている。
そういえば、先程グラスナーと申しましたか。
なるほど。
陛下より私のお目付役として使わされている近衛騎士グラスナー殿の妹御でしたね。
兄であるあの方が時折お屋敷へと連れてこられていましたが、最近めっきり姿を見かけなくなっていましたので忘れていましたよ。
「お嬢様。お客人の方々は以上でございますか?」
現在ここに集まっておられる子供たちは全部で四人。
他のご婦人方は彼らのご姉妹や各家当主の奥方――即ち母親という立場の者たちだ。
一応付き添いという名目でご婦人方も正式な招待客としてお招きいたしましたが、今回の主賓はあくまでもお子様たちである。
此度のお茶会は五年後の社交デビューの予行練習という名目ではございましたが、実は別の側面も持っている。
今後、お嬢様の取り巻きとなって、いついかなるときも支えてくださりそうなご息女方を今のうちから育てていくという、そういう意味合いも踏まえてのことだ。
実に旦那様らしいお考え方である。
招待状をこしらえ、直接ご招待されたのはお嬢様ですが、人選はすべて旦那様が行っている。
招待客が同世代の四人という少数に絞られたのもそのためでしょう。
「いえ、ヴィクター。まだ殿下方が来られておりません」
ヘンリエッテ嬢だけでなく、早速他のお三方とも親交を深められていたお嬢様が、振り返り様にそうおっしゃった。
「殿下ですと?」
そういえば、旦那様が妙なことをおっしゃっていましたな。
『すまんヴィクター。どこで聞きつけてきたのかわからんが、お止めすることができなかった。あとはなんとかしてくれ』と。
そのように、今朝方要領を得ないことをおっしゃって、逃げるように私のもとから去っていかれましたね。
まさかあれは、こういうことでしたか。
旦那様……。
そう、うんざりして天を仰いだときだった。
「アーデ! やっと来られましたわ!」
そう叫ばれながら、大勢の臣下を従えて大庭園へと現れた御仁。
四年の歳月を経て、すっかり大人っぽくなられた第一王女のジュリエッテ殿下だった。




