93.お嬢様のお茶会
それから約一月後の十一月下旬。
ついにお嬢様主催のお茶会の日となった。
お茶会は夜会のような大がかりなパーティーとは異なるため、朝からひっきりなしに準備が行われるというものではない。
お嬢様自らが招待状を送られたお客人をお屋敷にお招きし、お茶やお茶菓子などを堪能しながらおしゃべりに興じるだけ。
奥様が主催されるお茶会などの場合は政治的な意図が強く絡んでくるため、ただ会話に花を咲かせていればいいというわけにはいかないが。
会話の端々にそれぞれの家の立場をよくするための思惑が加味されるのが普通である。
それが貴族のお茶会というもの。
本来であればお嬢様も将来のことを見据え、そのような駆け引きを存分に行った方がよいのだが、此度はご招待さしあげる方々も皆、お嬢様と同年代の子供たちばかりということで、余計なことは考えずにただ楽しめばよい。
そう、旦那様や大奥様、奥様方より指示が出ている。
そういったわけで、お茶会の会場となる前庭南東にある大庭園テラスは、現在比較的のんびりとした雰囲気に包まれていた。
とはいえ、
「なんだか、緊張してきましたわ」
お嬢様はどこかそわそわされていた。
そんな我が主の本日のお召し物はというと。
愛らしさと優雅さを兼ね備えた水色のフリルドレスと、同系色の花柄リボンといった装いとなっている。
そしてそこに、いつか私がプレゼントさしあげた障壁魔法のかかった首飾りをご着用くださっている。
まさしく完璧な布陣――そう、個人的には思っていたのだが。
実は旦那様よりご指示があり、首飾りだけでなく、リボンやドレスにまで保護魔法がかけられているという過保護っぷりだった。
状態異常無効魔法や、過剰とも思えるほどの物理攻撃無効魔法などなど。
私がさしあげた魔導具は古の強力な魔法が付与されているので、それだけでも十分攻撃を防げるのだが、旦那様はそれだけでは不十分だと、そう仰せになったのだ。
結果、このように多重防御結界魔法を施すことになってしまったのである。
――まったく。
旦那様は相変わらずですね。
おそらく、今もどこかでこっそりと、こちらの様子を窺っておられるに違いない。
一応本日のお茶会はお嬢様主催ということで、旦那様方はお顔をお出しにならないということになっている――お嬢様との間で密かに取り決められた約束事でしたが。
だから特に何事も起こらない限りは、こちらにお越しになることはない。
「お嬢様――お嬢様でしたら大丈夫にございますよ。いつもどおり振る舞えばよろしいでしょう」
表情がやや強ばっておられる我が主の緊張をほぐしてさしあげようと、私はにっこり笑いながらそうお声がけさせていただいた。
「ですが、お会いしたこともない方々ですし、本当にうまくやれるのでしょうか?」
「ご案じ召されるな。これまでにも幾度となく、大舞台を乗り越えてこられたではございませんか」
四年前のお誕生日会を始め、つい最近では商会視察という大仕事までやり遂げられた。
本当にご立派なお方だった。
私からしたら、これ以上申し分のないお方だと高評価させていただきたいところでしたが、どうやらお嬢様はそうではないようだ。
今回は最初から用意されている大舞台でもなければ、指示に従ってやればいいというわけでもない。
勝手が違うということで、ご不安となられているのでしょう。
「いざとなれば、いつものように私たちが補佐をいたしますので、存分に楽しまれてくださいませ」
「――わかりましたわ。では、そのときにはよろしくお願いいたしますね」
「もちろんにございます」
腰を折る私に、お嬢様が微笑まれた。
と、そんなところへ、お客人方が来訪された。
前庭中央庭園から続く遊歩道を渡ることでここへと来られる大庭園は、背の高い生け垣に四方を囲まれている。
内部はほぼ全面芝生となっており、一番南に現在お嬢様がおられるテラスが設けられている。
そんな奥まった場所へ、続々とお客人方が歩いてこられた。
しかもその大半は女性である。
基本お茶会は貴族のご息女らが嗜まれるもの。
主催者であるお嬢様もまた女性ということで、招待された貴族子女たちは皆、女性ばかり。
ふむ。
みなさん、やはり高貴なるお家の方々ばかりということもあり、貴族らしい品性をお持ちのようですね。
彼女らをエスコートする形で執事や侍女、それから付き添いのご婦人方も来訪されている。
そんな彼らを見つめるお嬢様のお顔からは――おや?
いつの間にか、不安そうな表情がすべて消えていた。
あるのはただ、楽しそうな満面の笑みだけ。
――さすがですね。このお年にして、既に相当肝が据わっておられるようだ。ふふふ、それでこそ我が主です。
私は自然と笑みがこぼれた。




