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転生モブ執事のやり直し ~元悪役令嬢な王妃様の手下として処刑される悪役モブ執事に転生してしまったので、お嬢様が闇堕ちしないよう未来改変に挑みたいと思います  作者: 鳴神衣織
【第6章】初めてのお茶会、本気の仕合

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92.お嬢様の真心と盛大な勘違い

 その日の夜のことだった。


 公爵家の皆様方が夕食を終えられ、私はいつものように交代で食事を済ませてから、これまたいつものように四階控室にて待機していたのだが。


 そこへ、リセルやマーガレットを連れたお嬢様がやってこられた。


「これは……このようなお時間にいかがいたしましたか?」


 この時間は普段、食後のゆるりとした一時をサロンや居室などで過ごされているはずだった。

 もう少ししたら入浴も済まされ、あとはご就寝あそばされるだけ、といった段である。


「えぇ、実はヴィクターにお話がありまして」

「話にございますか」


 私は座っていた椅子から立ち上がろうとしたのだが、


「そのままで結構ですわ」


 と、お嬢様に制止された。

 仕方なく座っていると、何やらもじもじと、とても恥ずかしそうにされながらも、後ろ手にしてらした両手を前へと差し出してこられた。


「これを! これをヴィクターにプレゼントさしあげたくてまいったのですわ!」


 そうおっしゃって私に示されたもの。

 それは、黒くて小さな宝玉がはめ込まれた銀のブレスレットだった。


 真円が二つにクロスするようなデザインとなっており、それぞれに一つ、石がはめ込まれている。


 よく見ると、紋様のような彫り物まで施してあり、そこには『親愛』『感謝』『変わらずの真心』という意味合いの言葉が刻み込まれていた。


「お嬢様……これは……」


 このような贈り物を臣下にくださる主など、そう滅多にいるものではない。

 ましてやメッセージ付きのものなど。

 それだけでも、どれだけ大切に思ってくださっているか窺い知れるというものだ。


 私は感極まって、思わず声を詰まらせてしまった。

 それをどう解釈されたのか、お嬢様は背後のリセルやマーガレットたちと一緒になって微笑まれた。そのうえで、


「実は今日立ち寄った市場で見つけたものですの。日頃、私のために働いてくださっている専属の皆様方に、感謝の気持ちを込めて何か贈り物をしたいと常々考えておりましたの」


 にっこり微笑まれるお嬢様のお言葉に合わせるように、リセルやマーガレットがブラウスの袖をめくって私に見せてくれる。

 彼女たちの腕にも同じようなブレスレットが身につけられていた。


「まさか、専属使用人すべてに贈ってくださったと、そうおっしゃるのですか?」


「えぇ。ガブリエラやシファーにも後日お贈りしますが、とりあえずヴィクターたち三人には是非とも今日のうちにお渡ししたかったのですわ。はめられている石も、皆様方の瞳の色に合わせておりますの。ですから、ヴィクター。どうかこれをもらってくださいまし」


 どこか期待されたような、あるいは恥ずかしげでもあり不安げでもあり。

 いろいろな感情が入り交じった愛らしい瞳でじっと私のことを見つめてこられる。


 本来であればこのような大それた贈り物、頂くわけにはまいりませんが、紛れもなくこの簡素ではあるけれど、美しい逸品にはお嬢様の真心が込められている。

 頂戴しないわけにはいかなかった。


「お嬢様、どのように感謝のお言葉を申し上げてよいのか、まったくもって思い浮かびません。ただただ、その温かいお心遣いに胸が熱くなるばかりにございます」


 私は床の上に片膝ついて頭を垂れると、


「不肖このヴィクター、ありがたく頂戴いたします」


 そう感謝の思いを口にしながら両手を差し出した。

 お嬢様は手にされたブレスレットを私の手の上に載せてくださる。

 とても軽くて、それでいて確かな重み。

 あぁ。

 本当にいじらしいまでの慈愛に満ちたお方へとご成長なさってくださった。

 これほどに嬉しいことはありませんよ、お嬢様。


「さぁヴィクター、お立ちになって? そして身につけ、私に見せてくださいませ。きっと、お似合いだと思いますの」


 頬を薄らと赤く染められたお嬢様に、


「はい。今すぐにでも!」


 私は立ち上がると、笑顔で素早く身につけた。

 義手をはめている左腕ではいろいろ都合が悪いと思い、右腕に装着したが、サイズ的にも申し分なかった。

 タキシード姿にもよく合っている。

 (まっこと)、よいセンスをお持ちだった。


「ふふふ。思ったとおりですわ。本当によくお似合いです、ヴィクター」

「ありがとうございます。一生の宝物といたしたく存じます」

「そう言っていただけて何よりですわ。ですが、ヴィクター? 大切にしたいからといって、使わずにしまい込んでしまわれるのだけはやめてくださいね?」


 じっと疑わしげに見つめてこられるお嬢様に、私は内心、ドキッとしてしまった。

 実はこれまでにもお嬢様からはこっそり、いろいろな贈り物を頂いている。


 以前頂いた誕生日プレゼントのシルクハットを始め、春の季節には花冠などを頂いたこともあった。


 しかし、もったいなかったり紛失してしまったりすると一大事だと思い、アクセサリー類や衣服などは、その大多数を使わずに保管してあったのだ。

 どうやら、しっかりとそのことに気付かれていたらしい。


「や。これは面目次第もございません。ですがご心配には及びません。この素敵な贈り物はちゃんと、使わせていただきますとも。劣化防止保護魔法などを念入りにかけて、更に腐食防止のコーティング――」

「ヴィクター様……」


 なぜか、リセルとマーガレットが私に対して白い目を向けてきた。

 なんと失敬な。


「ふふ。意地悪なことを言いました。ですが、使っていただけると嬉しいですわ」

「えぇ、もちろんにございます」


 私は慇懃に腰を折り、一礼する――と、そこでアミュレットのことを思い出した。

 実は私の懐にも、夕時に製作していた魔導具製のお守り(アミュレット)が箱入りの状態でしのばせてあったのだ。

 折を見てリセルかマーガレットの手から、お嬢様に渡してもらおうと思っていたのだが――ふむ、丁度いい機会です。

 今すぐ渡してしまった方が都合がいいでしょう。


「お嬢様。実はお嬢様にもお渡ししたいものがございまして」

「あら? 何かしら?」

「はい、これにございます」


 そう前置きしてから、掌より少し大きめの四角い箱を懐より取り出した。

 蓋を開けると、そこには例の『次元障壁魔法』が付与された首飾りが収められていた。


「わぁ……綺麗……本当に綺麗ですわ……凄く光り輝いておりますの」


 お嬢様はぱっと華やいだ笑顔をお見せになって、箱の中から首飾り型のお守りをゆっくりと取り出された。


「ヴィクター……本当にこれを私が頂いてもよろしいのですか?」

「えぇ、是非もらってくださいませ。そこには()()()()のすべてがこもっておりますれば」


 一度目の人生では叶わなかった『命を賭してお嬢様をお守りする』という誓い。

 今度こそそれを果たしたい。

 ただそれだけの思いでしたが、


「嬉しいですわ! ヴィクターっ。私、これを()()()()と思って大切にいたしますわっ――きゃっ」

「え……? お、お嬢様? こ、婚約とはいったいどういう……? 私が申し上げたかったのはそういうことではなくてですな。その首飾りには防御魔法が――」


 しかし、リセルやマーガレットたちと一緒になってキャーキャーはしゃがれているお嬢様のお耳に私の声が届くことはなかった。

 お嬢様は再度、満面の笑みを浮かべられたまま振り返られると、


「私、最近ず~っと不満でしたの。ヴィクターは私の専属ですのに、他の方ばかりが独り占めされて! もしこれ以上私からヴィクターとの時間を取り上げるようでしたら、お父様と縁を切って駆け落ちしようかと思っておりましたの。ですが、気が変わりましたわ!」


 お嬢様はそうおっしゃると、


「私、ヴィクターのことが大好きですわ! リセルのこともマーガレットのことも、他の皆様方のこともみんなみ~んな、大好きです! ――きゃっ……ついに、ついに告白してしまいましたわ……!」


 終始きゃっきゃされ興奮状態となってしまわれたお嬢様。

 しかし、そんな主に対してリセルが、


「お嬢様……私たちまで含まれてしまいましたら、告白の意味が別のものになってしまわれますよ?」


 と、苦笑交じりに告げたのだが、お嬢様は恥ずかしそうに外へと飛び出していってしまわれた。





 その日の執事業を終え部屋に戻った私は、お嬢様の勘違いをどう正すべきか悩みつつも、大切にブレスレットを外してしばらく眺めていた。


 特になんらかの魔法が付与されているというわけではありませんでしたが、私含め、リセルやマーガレットたちにとっても思い入れの深い品となったことでしょう。


 私は仄かに胸が温かくなりながらも、チェストの一番上の引き出しを開けた。

 そこには小さな宝石箱がいくつか入っており、その一つを手に取った。


 解錠し、蓋を開ける。


 中には指輪やブローチ、カフスボタンなどが新品同然のまま保管されていた。

 どれもこれもお嬢様から頂いたものだ。


 人生をやり直すことになったあのときから、毎年のように誕生日プレゼントや何気ない日常の中でいろいろなものを頂いてきた。


 本当にお優しいお方となられた。

 リセルやマーガレットからも、同じようにいろいろなものを頂いているという報告を受けている。


 分け隔てのない優しさを振りまくことのできる、素敵な女性へとご成長あそばされた。

 本当に聖女のようなお方となってくださった。

 これならばきっと、この先、道を踏み外されるようなことはもうないでしょう。


 であれば、あとは――


 私は窓の外から前庭を眺めた。

 魔導具製の街灯がところどころで淡い光を灯している。

 夜勤巡回の兵が周辺警備にあたっている姿も窺えた。

 そんな彼らをじっと見つめながら、改めて心に誓う。


「もっともっと強大な力を身に付け、すべての悪意を退けられる、そのような存在へとならねばならない。そのためにも――」


 一刻も早く、古の時代に失われた禁呪のすべてを我が手に収めなければ。

 そう決意も露わにしたとき、薄暗い部屋に差し込む月明かりによって、手にしたブレスレットが淡く光り輝いた。

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