91.アミュレット
買い物から戻ってきたあと、お嬢様は午後のお稽古事へと向かわれた。
ついでにクラリス嬢の教育もお嬢様とご一緒に受けさせてはいただけないかと、奥様や大奥様にお願い申し上げた。
今回の件で、私はいろいろ考えさせられた。
既に成年を迎えている若者たちは従来どおりの自己防衛能力や撃破能力を始め、使用人教育をしっかりと施していく方針に変わりないが、クラリス嬢だけは別だ。
旦那様から伺ったところによると、彼女は魔力が桁外れに高いというだけでそれ以外にこれといった特徴のない幼子。
それゆえ、今はまだ勉学や武術などの鍛錬もほぼほぼ行っていないという。
であるならば、諜報がメインの陰ではなく、お嬢様にお仕えする侍女護衛という立場で今後、教育を施し生活していってもらった方が都合がよいのではないかと思ったのだ。
魔法に長けた者が一人でも多く側仕えすれば、格段に防衛力も増すというもの。
そのことをご説明申し上げたところ、お二方は快く引き受けてくださった。
旦那様にもご帰宅次第、伝えてくださるとのこと。
そんなわけで、クラリス嬢だけ別メニューを課し、エルフリーデとコンラートは通常の訓練へと戻した。
二人とも若干嫌そうな表情を浮かべていたが、甘やかすつもりはない。
必ずそうというわけではないが、なんとか旦那様より提示されたお茶会までにある程度見れた形にしなければならない。
そのためには鬼のようにしごく必要があるのです。
私は彼ら全員をそれぞれの場所へとお見送りしたあと、自身は魔導工房へと向かった。
「あら? おかえりなさいませ、ヴィクター様。どうでしたか、街の方は」
工房に入るなり、中で研究を進めていたミカエラ様がそうお声をかけてこられた。
現在彼女が熱心に研究を推し進めているのは例の魔導機兵もどきだ。
私が個人的に興味があったからというのもあるが、それ以外の禁書の知識を彼女に与えていないため、他にすることがなかったからともいう。
いくら協力者になったとはいえ、すべてを教えるのは危険だ。
そんなわけで、奥の部屋で彼女は心臓部の調整を行っていた。
「今回の視察は実に有意義なものでございましたよ、いろいろな意味で」
にっこり笑って言う私に、ミカエラ様が小首を傾げられる。
「いろいろとはなんですの?」
「さぁ? なんでございましょうかね」
「あらあら、またですの? 本当にヴィクター様は意地悪でいらっしゃいますね。隠し事が多くて困ります。このままですと私、焦らされ過ぎて頭がおかしくなってしまいますわ」
そんなことをおっしゃりながら、わざとらしく私の胸の中へとしなだれかかってこようとされる。
しかし――
「ヴィクター様、お帰りなさいませ」
どうやら三階研究室から下りてきたようです。
スカーレット女史が笑顔で近寄ってこられた。
「ただいま戻りました。そちらの進捗状況はいかがですか?」
「はい。頂いた資料をもとに、毎日研究と勉学に励んでおります」
「そうですか。これからも、引き続きお願いしますよ」
「畏まりました」
作業用ワンピースの上に白衣を着た彼女は、白衣とスカートの裾を広げながら、軽く腰を折る。
スカーレット女史も既に二十三歳となっておられる。
以前はあどけなさの目立つ愛らしい女性だったが、今は大分大人っぽくなっている。
貴族でありながらどこか庶民的で柔和な雰囲気を漂わせているのは相変わらずだ。
そんな彼女には、禁書にあった古代の医学や錬金術の資料を渡してある。
現代医学や錬金術、魔導技術、それから過去の知識をかけ合わせて、どんな病をも瞬時に治してしまえるような万能薬が作れないか試してもらっているのだ。
私が使用した『人体の再構築』のような危険な真似をせずとも、怪我や欠損を治癒できるようになれば御の字だ。
未来では欠損部位をコピーして繋ぎ合わせるといった力業が行われていたが、もっと簡単に再生医療が行えるようになった方が望ましい。
そういった思いから始めた研究である。
「ところでヴィクター様? こちらに戻ってこられたということは、何かなさるということですの?」
物思いに耽っていたら、ミカエラ様が声をかけてこられた。
「えぇ。そのつもりです。少々試してみたいことがありましてね」
「ほほ~~? それはまたどのようなことでございますの? ヴィクター様のことですから、と~~っても素敵なことをなさるおつもりなのですよね?」
うっふふと艶っぽく笑われながら、心の中を透かし見ようとしてこられる。
私は苦笑するしかなかった。
「大したことではございませんよ。単に防護結界魔法を付与したお守りを作りたいだけですから」
「あら? その程度のことですの?」
「えぇ。ただそれだけです」
にっこりと微笑んでから腰を折り、私は地下へと向かった。
そこに、私個人の研究所でもあり、工房長室でもある広い部屋が設けられているのだ。
ミカエラ様にはああ申し上げましたが、私自らの手で作り上げたものをお嬢様にお渡しするのです。
その辺に転がっているような低能な品で終わらせるつもりはありません。
「たとえ聖都上空から隕石が降ってきて、都市が丸ごと灰燼に帰しようとも、お嬢様だけは無傷でいていただかなければなりませんからね」
そのためには禁書の知識が必要となる。
『失われた属性』の合成魔法。
『次元障壁』
ありとあらゆる攻撃を跳ね返して詠唱者本人を守り続ける魔法。
それが付与された首飾りを身につけているだけで、装着者を悪意から守ってくれる古代の魔導具だ。
唯一の欠点は、跳ね返った悪意がどこへ飛んでいくのかわからないということだが――
「まぁ……お嬢様さえ無事であれば問題ないでしょう」
研究室に入った私は早速作業に取りかかった。
「……このままだと使い物になりませんが、この中央の金剛石を障壁魔法が付与された魔導核と入れ替え固着させればなんとかなるでしょう」
色とりどりの石がちりばめられた豪奢な首飾り。
大人が身につけるには少々可愛らし過ぎるが、子供が身につけても派手過ぎて似合わない。
そのようなどっちつかずの見た目をしているが、お嬢様が併せ持つあの清廉さとお可愛らしさがあれば、おそらく問題ないでしょう。
私はこれを身につけられたお嬢様を想像し、自然と口元がほころんでしまった。
「おっと……桃源郷に行ってる場合ではありませんでしたね。お嬢様の分だけでなく、彼らのための最適解な武具もこしらえなければなりませんし」
ここ数日、部下となった若者たちの動きを見て、彼らの適性や能力も大方把握している。
今のままでは本来の実力の半分も出せそうにない者も少なくない。
特に副隊長を任せているエルフリーデがその代表格といえる。
彼女に最も合っている武器は……残念ながら短剣ではない。
「こちらもお茶会までに間に合わせなくては。そして、これをもって、蒼天の禍つ蛇は正式な陰の組織へと再編完了となる」
私は魔導具の心臓部である魔法付与が施された魔導核を首飾りに取り付けながら、そう独りごちた。




