90.お茶菓子の試食
奥の個室へと通された私たちの前に、新商品といわれるお茶菓子の数々が運ばれてきた。
今回ばかりは壁の人になることをお嬢様がお許しになるはずもなく、仕方なく「命令」の一言で、私たちもテーブル席へと着座していた。
「こちらはすべて、砂糖菓子となっております」
先刻接客してくれた若者と入れ替わるようにやってきた中年支配人が、一つ一つ説明してくれる。
「様々なナッツをカラメルで固めたもの。それから、こちらは甘さが控えめになるよう調整が施された粉砂糖に赤や黄色といった色を付け、花形に固めたものにございます」
「これはまた、見たことがないような食べ物ですね」
五種類ほどある皿に載った菓子類を、感心なさったように見つめられるお嬢様。
隣に座ったクラリス嬢は、既に眠いのか、お茶菓子そっちのけで目を擦っている。
「次にこちらはナッツ類に砂糖をまぶして甘くしただけのもの。果汁を固めてそれを砂糖でコーティングしたもの。最後にこちらは甘く煮詰めて磨り潰した黒豆をパンケーキで挟んだものにございます」
個人的にはどこかで見たことのある形状のものばかりでしたが、お嬢様は新鮮な見栄えに大変ご興味を引かれたご様子だった。
「まぁ……本当にどれもこれも初めて目にするものばかりですが、甘い香りがしていて食欲がそそられますわ」
「お褒めいただきありがとうございます。当店の料理人たちが腕によりをかけて作り出した品にございます。話を聞くに、どうやら西方の自由都市連合国で流行っている品々から着想を得たとのことです」
「そうなのですね。あちらのお噂はかねがね耳にしておりますが、国が違えばいろいろと文化も異なるのですね」
「まさにおっしゃるとおりにございます――ささ、アーデンヒルデお嬢様、それから皆様方も。どうぞ、ご試食なさってみてください」
笑顔で腰を折る支配人。
私は念のため毒鑑定魔法をかけ、異常がないことを確かめてから、お嬢様へ目配せした。
それを受け、待ってましたといわんばかりに、嬉しそうにされながら一つ一つご笑味されていく。
私たちも静かにお茶菓子を口に入れる。
口に広がる甘みには、確かに砂糖菓子特有の甘ったるさといったものはそれほど感じられなかった。
高級菓子店なだけあり、とても上品で鼻に抜ける香りと、あとに残らない甘さ。
何より、ナッツ類をベースにしたもの以外は、どれもこれも軽く咀嚼しただけで溶けてなくなってしまうほどの軽やかさ。
「これは……確かにお茶の香りの邪魔をせず、なおかつ、苦みや渋みを和らげてくれるにたる丁度いい案配。お見それいたしました」
口元を手ぬぐいで拭きながら感想を漏らす私に、支配人は上機嫌に腰を折る。
私の隣に座るリセル、それからマーガレットやガブリエラ女史たちなどは、普段このような高級品を口にする機会がまったくないためか、今しも泣いて喜びそうなほど、うまそうにしていた。
「本当にヴィクターのおっしゃるとおりですわね。本日はいろいろと勉強になりましたわ。まだまだ、知らないことがたくさんあるのですね」
「えぇ。もちろんにございます。ですからお嬢様、これからも目一杯、見識をお広げくだされ」
「もちろんですわ。そのためにもヴィクター、これからも私に力をお貸しくださいね」
「もちろんにございます。不肖このヴィクター、どこまでもお供させていただきます」
深々と低頭する私に、なぜか周囲からクスッと笑うような声が聞こえてきた。
なぜ笑う?
◇
今度のお茶会でお出しするお茶やお茶菓子のサンプルとして、いくつか購入したあと、私たちは帰路につくべく店をあとにした。
その際、
「あら?」
「どうかされましたか?」
三階の一角でお嬢様が足を止められた。
「あそこに宝飾品店があるのですね。ヴィクター、少し見ていきませんか?」
「それは構いませんが、何かご所望で?」
「いえ、そういうわけではありませんが、少し興味があったものですから――ほら、我が公爵家は宝石関連の既得権益を持っているでしょう? 王家が管轄されるこのマーケットでどのように販売されているのか知りたかったものですから」
そうおっしゃったお嬢様が、どこかそわそわと視線を彷徨わせておられるのが少々気にはなりましたが、それでも素直に感動してしまう。
「本当にご立派になられましたな……」
お転婆姫だったあのお嬢様が、これほどまでに流通経済に興味を持ってくださるとは。
今から将来が楽しみでございます。
私は一人胸を熱くしながらも、お嬢様をそこへとご案内した。
店内は公爵家が管理している宝飾品店と作りも品揃えも大した違いはみられなかった。
値段に関しても、さすがに王家が管理しているだけのことはあり、相場どおりの適正価格となっている。
――なるほど。健全な経営をしているということですか。
万が一、相場より安く売られてしまうと、聖都にあるこの店舗以外の宝飾品店の売上げが大幅に落ちてしまったり、値崩れを起こしたりする危険性が高くなる。
それはつまり、権益を持っている公爵家を始め、各商会から徴収できる税が減ることをも意味する。
さすがにそのような愚かな真似はできないし、する王家ではないということだ。
「ふむ。怪しい商品の類いもありませんし、これならば問題ないとは思いますが……」
一瞬脳裏をよぎったのは本日視察を行ったグラディエール商会。
もしかしたらこの店も、表面上は健全を装っていながら、水面下では犯罪に手を染めているかもしれない。
そう思ったのですが、やはりぱっと見ではなんとも言い難かった。
「おや?」
そんなことを思いながら店内を物色していたのですが、少し離れたところでお嬢様が何やらリセルやマーガレット、クラリス嬢と一緒に、しきりに何かを見つめておられた。
しかし、近づこうとするとなぜか「しばらくの間、自由にさせてくださいませ」と追い払われてしまった。
仕方なく、お嬢様方の護衛をガブリエラ女史とシファー女史の姉妹に任せることにしたわけですが――
「ほう……これは。丁度いい形状。これに魔導付与を施せば、立派なお守りになってくれそうですね」
無意識のうちに手にしていた首飾りをしげしげと眺める。
私の頭の中では目まぐるしく思考会議が繰り広げられていった。
そして、
「ふむ……やはり僥倖というべきでしょうね」
魔改造したこれをお嬢様にお渡しできれば、今後、更なる安心が買えそうです。
私は一人ほくそ笑んだ。




