猫と狼
(客観視点)
一方、平和な日常風景を繰り広げる陰たちがいたかと思えば、別の一角では――
「フニャァァァ~~~~~!」
「おっと悪い……気付かなかった」
床の上で左右にゴロゴロ寝転がっていた十六歳の猫族フレイ・デ・スローイだったが、そんな彼女の脇を通って壁際へと移動していた狼族のミランダ・アルピオーネに思い切り尻尾を踏んづけられていた。
「何するのよっ」
「いや、だから悪いって言ったっしょ。そんなに怒らなくったっていいじゃん」
「怒るに決まってるでしょ~が! フレイの尻尾は世界で一番プリチ~でもふもふなのよ!? それなのに踏まれたら、ぺっちゃんこになっちゃうでしょ! ていうか、フレイのキラキラな毛も抜けちゃうじゃない!」
跳ね起きるように身体を起こし、そのまま背中を丸めて臨戦態勢へと移行した白猫に、黒毛が見事なミランダが興味なさげに手をひらひらさせた。
「あ~はいはい。そうね。ぺっちゃんこになっちゃったらあんたの美毛も形無しだものね」
「そうよっ。せっかく毎日時間かけて毛繕いしてるのに、ミランダの汚い犬っころの足で踏まれたら、一瞬にしてカビ生えちゃうでしょうが!」
背中を丸めてひたすら「シャーっ」と金切り声を上げているフレイ。
そんな彼女相手に余裕ぶっていたミランダだったが、瞬間的に雰囲気が変わっていた。
「――今なんつった? あたしのこと、犬って言ったのか?」
「ふっふっふぅ~。そうよっ。あんたなんか犬っころで十分よ! 首輪と鎖付けて、ヴィクター様に散歩連れてってもらったらいいのよ♪」
先程までの不愉快さも一転、立場が逆転したとでも言わんばかりにどや顔となるフレイだった。
それに対してミランダはというと――どうやら完全にぶち切れてしまったようだ。
鋭く発達した犬歯を剥き出しにし、飛びかかる寸前だった。
「ざっけんなっ。誰が犬だっ。あたしは誇り高い孤狼族だ! その辺で尻尾振りまいてるクソ犬どもと一緒にするんじゃないっ」
「あっれぇ~~~? 変だニャァ~? 確かこの間、ヴィクター様がいらしたとき、誰よりも真っ先に駆け寄っていってその真っ黒くて汚らしい尻尾、ぶんぶん振り回していた気がするニャ?」
面白そうにニヤニヤしている白猫の台詞に思い当たる節でもあったのか。
威圧感MAXだったミランダの顔が見る見るうちに羞恥の色に染まっていった。
「い、言いがかりも大概にしろよ!? あたしは別に、ヴィクター様に尻尾なんか振ってない! た、確かに、狼族は強い雄が好きだけど、だからといって――てっ、何言わせるんだよ、このクソネコがっ。ていうかお前、その語尾に「ニャ」付けるの止めろって言っただろう! 聞いているだけで虫唾が走るんだよっ」
「ニャ? ニャ~~? ぷくくく……」
身体を丸めて「ガルルルル」と威嚇する十八歳のミランダに対して、二つ年下のフレイは終始バカにしたように笑うだけだった。
そんな仲の悪い二人だったが、出身地はともに別の街の貧民街だった。
薄汚く衛生面も悪いその場所で生まれ育ち、気が付いたときには両親もなく、二人していつも一緒にその日暮らしの生活を送っていた。
しかし、今も昔も本当に仲が悪く、取っ組み合いの喧嘩をすることが多かった。
それでも、心の奥底ではしっかりと太くて温かい絆で結ばれていたのだろう。
どちらか一方しか食べ物を手に入れられなかったときには、当たり前のように半分こして飢えを凌いでいた。
心ない大人たちや人族至上主義の人間たちに酷い目に遭わされそうになったときも、お互いに背中を合わせながら、なんとか生き延びてきた。
そうして、運命のあの日、先代当主によって公爵家に引き取られることとなったのだ。
以降、二人は今までの極貧生活が嘘だったかのような、本当に夢のような暮らしができるようになった。
見つけてもらってよかった。
拾ってもらってよかったと今でもそう思っている。
大恩ある公爵家のためであれば、どんなことでもしてみせる。
二人は拾われてきたばかりの幼い頃に、そうお互いに誓い合ったものだ。
しかし――
「ふぎゃぁぁぁ~~~! 何するニャ~~~!」
「お前が悪いんだろうがっ。さんざかバカにしやがって! 一片痛い目見せてやろうか!?」
知らない間に互いの尻尾や長い耳をつかんだり噛みついたりの取っ組み合いの喧嘩へと発展していたようだ。
「ニャァ~! フレイのプリチ~な毛が抜けたニャ!? ――もう許さないニャ!」
二人はそこで一旦距離を開けると、
「ぶっころぉ~~す!」
互いに縦長の瞳孔をギラリと光らせると、どちらからともなく飛びかかっていくのであった。
そして、そんな騒々しい二人を遠くから眺めていた他の四人はというと――
「まぁた、始まったよ。あいつらホント、喧嘩ばっかだよなぁ」
「本当にね……ていうか、こっちも……」
「ぃやぁぁ~~! 止めて、アリアドネ! それ以上もふもふしないでぇぇ」
「うっふふ……だぁめぇです♪」
ただひたすら平穏な時間を過ごしていくのであった――数分後にメアリーが現れ、派手にしごかれるまでは。
「――ていうか、酷くない!?」
その場にいた陰十二名が一斉に悲鳴を上げるのだった。




