1.公開処刑
大勢の民衆が叫んでいる。
殺せ、殺せと狂気に冒されたように絶叫を放っている。
その顔は皆、血に飢えた悪鬼が如しだった。
中でも頬に傷、腕に入れ墨を入れたその老人の顔は、ことさら尋常ではなかった。
目は血走り、愉悦に歪んだ顔は狂信者のそれ。
とてもおぞましくて気色悪い。
そういう顔。
そんな群衆に周囲を取り囲まれる中、一人の男が恐怖に震えながら叫んでいた。
「よせっ。やめろ! 俺はこの国の王だぞ!? こんなことをして許されるとでも思っておるのかっ?」
稲光を伴う曇天がその場を支配する公開処刑場。
その中央に複数の断頭台が用意されている。
――リヒテンアーグ聖王国聖都中央に位置する大広場。
かつて美しかったこの噴水広場は見るも無惨な有様となっていた。
つい数週間前に激突した王政派とクーデター派両軍が全面衝突したことにより、中央に建てられていた時計塔も噴水も石畳もすべてが破壊されてしまい、瓦礫の山と化していた。
そしてその代わりにと、現在、そこが私を始めとした王政派全員の公開処刑場となっていたのである。
先程命乞いの叫びを上げていた男もその一人だった。
『悪逆非道な王妃の操り人形と化した愚王』
そう陰口を叩かれていたこの国の王だった。
そして、その隣の断頭台には、ピクリとも動かずじっとしておられる薄汚れたドレス姿の女性もいた。
彼女こそ、民衆や国王反対派の貴族たちに反意をもたらし、クーデターを引き起こすきっかけを作った諸悪の根源と囁かれる王妃、アーデンヒルデお嬢様その人だった。
私はそんな彼らを、後ろからただじっと眺めていることしかできなかった。
使用人筆頭として王妃様に長年お仕えしてきた私は、あの方と同様、悪の片棒を担いだ逆賊として磔にされていた。
他にも私含めた使用人、約三十名も、すべてが王政派にくみしたとして磔にされている。
上級貴族の面々は全員、斬首刑だが、それに連なる使用人などは皆等しく、副葬品として火刑に処される運命だった。
もはや、私の腕にはなんの感覚もない。
十字に組み上げられた磔台に両手両足をきつく縛り付けられていたから、血流も滞っていた。
もうまもなく、大処刑大会が断行されることだろう。
「皆々の衆、聞くがよい! すべての善なる国民よ! 今、このときをもって、我らが意を天に示すときぞ! そしてしかと見届けよっ。この愚昧なる王と王妃の哀れな成れの果てを! 我らが神より賜った大地に、甚大なる厄災をもたらしたがゆえ、このような結末を迎えることと相なったのだっ。これぞ、すべては神のご意思! 悪逆非道なる王妃アーデンヒルデとその夫たる愚王ジェラルドっ。双方の死をもってっ、我らは再び安息の日々を取り戻すことになる!」
断頭台横で、広場に集まる群衆へと一人の男が大演説を行っていた。
彼に呼応するように、そこら中から雄叫びが上がる。
処刑場の熱気は最高潮となり、その狂気じみた熱狂が一つのうねりとなってその場を支配していく。
場を埋め尽くすほどにひしめきあっていた群衆の姿に、どうやら演説を行っていた老人――上級貴族であるムーラン侯爵は満足したようだ。
両手を広げながら何度も頷いている背中が見える。
しかし、その姿はあまりにも滑稽だった。
私は知っているのだ。
この演説が、とんでもない、ただの茶番だということを。
奴がくみする宰相派閥が民衆を煽り、自らは正義を断行する改革派と称して国家転覆を謀ったのだということを。
しかし、ただの王妃付き老執事の身だった私にはどうすることもできなかった。
それ以前に、確かにこの国が腐りきっていたことも事実だった。
だから、不満が爆発し始めていた民衆を止めることなど不可能だっただろう。
それほどに、私がお仕えしていた王妃様の悪行三昧は目にあまるものがあったのだ。
私は力なく顔を上げた。
高さのある壇上には断頭台が複数設置され、それを取り囲むように、無数の磔台が大地に突き刺さっている。
まるで、我ら使用人を花火に見立てるかのような配置。
王族を始めとした王政派の上級貴族は、我らが火あぶりにされてから順繰りに斬首される流れとなっていた。
まさに燃えさかる熱狂の中で行われる興業のような見せしめの処刑。
複数ある断頭台の真横で演説していたムーランの声がより一層熱を帯び始める。
「――今こそ! 我ら敬虔なる信徒が全能なる父リンドヴァルに代わり、怒りの鉄槌を振るうときなり! さぁ、願え! 不浄なる原初の悪魔が、永劫に零落の闇へと葬られんことを!」
群衆の間から、これ以上ないといわんばかりの大歓声が沸き起こった。
一斉に死刑執行人たちが動き始める。
群衆、処刑人、囚われの国王、王妃、上級貴族たちをニヤニヤしながら見渡すムーラン。
奴は最後にこう叫んだ。
「今このときをもって、この国は神の御手に包まれた安らぎの大地へと生まれ変わることだろう! そして世界は知ることになるっ。罪なき民の頭上に降り注ぎし大いなる厄災が、神のご意思により、完全に潰えたことを!」
公開処刑の前口上が終わった瞬間、怒号にも似た狂乱の雄叫びが群衆の間から巻き起こった。
それが合図となった。
どこからか焦げ臭い匂いと、肉が焼ける悪臭が風に乗って流れてきた。
そしてまもなく届く、悲鳴や怒号、絶叫。
確認しなくてもわかる。
私以外の者たちが皆、火だるまとなっている姿が。
……本当になんという最後か。
何も抵抗できず、ただ死を迎えるしかないとは……!
ただ嘆くことしかできなかった私のもとにも、やがて順番が回ってきた。
足下にある、油の染み込んだよく燃えそうな藁や木材に火がつけられる。
一気に燃え広がった炎が全身を包み込んでいった。
私は苦痛に声を漏らしそうになったが堪えた。
必死に耐え続けた。
そんなときだった。
「おいっ、そこの執事! お前に私の力のすべてを託すっ……我らが無念、必ずや晴らせっ」
私のすぐ側で磔にされていた実年齢のよくわからない赤髪エルフの魔女が、絶叫を放ちながら燃え落ちていった。
その際、よくわからないおかしな闇の光が私へと放たれていた。
苦痛も快楽も何もない、ただの闇。
それが全身を渦巻いている。
「なんです……? いったいこれは……?」
しかし、そのようなことに気を取られている場合ではなかった。
全身が灼熱の業火に焼かれ、火柱となり始めていた。
皮膚の焼ける痛みに気が狂いそうになった。
これ以上は耐えられない。
激痛に自然と呻き声が漏れる。
しかし――
「ヴィクターよっ。どのような苦境に立たされようともっ、我が下僕として最後まで立派に務めよっ」
それまで一声も発さずピクリともされなかった我が主が、天に轟かんばかりの絶叫を放っておられた。
……あぁ。
私はその凜とした声、勇ましい言動に、この期に及んで感極まり、涙腺が緩んでしまった。
さすがは私が生涯を賭してお仕えした、気高きお人だ。
悪逆非道で残忍な王妃と罵られておりましたが、晩年、私にだけは優しい笑顔を向けてくださった最高の主。
本来なら、このような破滅の未来になる前に、私の手でお諫めし、軌道修正してさしあげたかったのですが、この段に至ってはもはやどうしようもありません。
「――御意に」
私は残っていた最後の力を振り絞り、眼前の断頭台におわす王妃様――いえ、お嬢様へと笑いながら応じた。
そして――
それが今生で主から承った最後のご命令となった。
本作に興味を持っていただき誠にありがとうございます。
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