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お祖母ちゃんちのカエル

作者: 時輪めぐる

お祖母ちゃんちのカエルの夢を見た。茶色くてデカい陶器のカエル。岩や池のある庭の松の下に鎮座していた。あれを最後に見たのは、いつのことだったろうか。


 大学の春休みで帰省中の俺は、起きるなり母親に訊ねた。


「お祖母ちゃんちに茶色のカエルが有ったのを、覚えている? 何か夢を見たんだ」


「ん? カエル?」


 母親は少し考えるようにしてから、押し入れの中を探し始めた。


「何? 何? 家にあるの?」


「ううん。ああ、これ、これ」


 母親は古いアルバムを引っ張り出した。数ページ捲ってから、一枚の写真を指差した。


 それは、俺が七五三の時、袴姿でお祖母ちゃんちの庭の松の下でポーズを取っているものだった。


「これでしょ?」


 袴姿の俺の横に茶色でハンドボール位のカエルが写っていた。




「あら、こっちにも」


 小学生の夏休み、お祖母ちゃんちに遊びに行った時の写真。寿司の大桶や切った西瓜を囲んだ伯父さんや従兄弟たちとの集合写真。室内の開け放たれた窓から庭が映っている。少しぼやけているが、松の下にカエルが写っている。


「これにも、何気に写っているな」


「ああ、それは、あんたが中学生くらいの時のお正月ね」


 炬燵を囲む祖父母や両親。やはり、窓越しにカエルが小さく写っていた。


「これは誰?」


「や―ね、お母さんよ。お母さんが二十歳の時、振袖を着て撮ったの」


 若かりし日の母親は、ほっそりと松の横ですまし顔だ。


「カエルいるな。このカエルって、いつからあったの?」


「うーん?」


 母親は斜め上を見て記憶を辿った。


「私が大学生の時、かな? 帰省した時にあったわね。そうそう、思い出した」





 母親が大学生になった時、俺の伯父にあたる母親の長兄と次兄も大学生で、それぞれ他県で暮らしていた。母親も地元を離れることになっていたし、数年前から、祖父は他県に単身赴任だった。つまり、五人家族が、それぞれバラバラに暮らす時期があった。


「お祖母ちゃんはね、あのお家で一人暮らしになったの。後から話してくれたのだけれど、寂しくて食べ物も喉を通らなくなって、ものすごく痩せてしまったんだって。それで、知り合いの人が、あのカエルをプレゼントしてくれたの」


「何でカエル?」


「皆が家に帰って来るようにっていう、語呂合わせかな。それから、毎日、カエルに手を合わせて『皆が早く、無事に帰ってきますように』ってお願いした。一つの心の支えになったのかしらね。皆が帰って来るまで元気で居なければって、食事も頑張って取るようになったそうよ」


「へぇ、そうだったんだ。今、このカエルは何処にあるの?」


「お祖父ちゃんが亡くなった後、お祖母ちゃんが施設に入ったから、実家は取り壊してしまったでしょ。庭も管理できないから、壊して更地にしちゃった。そういえば、何処に行ったのかしらね、あのカエル」





 数日後の日曜日、俺と母親は祖母の入所している施設に面会に行った。


「お祖母ちゃん、これ俺の晴れ姿」


 成人式に袴姿の写真を撮ったのが出来上がって来たので持参した。


 少し認知症がある祖母は、ぼんやりと部屋の椅子に座って居る。見開きの写真台紙に貼られた写真を手渡すと、虚ろな目で俺達を見上げた。


「今日は調子悪いのかな」


 母親は残念そうに言いながら、ベッド周りを片付け始める。


「ソウちゃん」


 突然、焦点が合った祖母の瞳が、俺に笑い掛けた。


「七五三のお祝いだね」


「いや、二十歳の……」


 言い返す俺に、母親が静かに首を振った。


「袴が良く似合っている」


「ありがとう」


「イケメンになって」


 写真をなぞるように皴だらけの手を動かす。


「いつもね、カエルにお願いしているんだよ。皆が早く、無事に帰って来てくれるようにって。だから、ソウちゃんが帰って来てくれたんだね」


 ソウちゃんは、ソウタ。俺のこと。


「お祖母ちゃん、もっと面会に来るね」


 手を取りながら、カエルに願う祖母の気持ちを思って胸が詰まった。


「カエルにお願いしているって、此処にあるの?」


 母親が辺りを見回すと、祖母はベッドの横の物入れを指差した。


「其処に入れてある。お掃除の時に邪魔になるから」


「ああ、これよ」


 物入れを開けた母親は、あの茶色の陶器製のカエルを見付けて声を上げた。


「お父さんやアッちゃん、ケイちゃんも帰って来てくれると良いのだけれど」


 お父さんは、亡くなった祖父。アッちゃんとケイちゃんは伯父で母親の長兄と次兄。


 他県に暮らす伯父達は、年に数回ほどしか面会に来られない。


 祖母の面会は、主に長女である母親がしていた。三日に一回は訪問しているようだ。


「お母さんは、ずっと皆の帰りを待っているのね」





 その時、部屋の扉がノックされて開いた。


「あれ、ユウコ来てたのか」


「あら、お兄ちゃん達。揃ってどうしたの?」


 母親の言葉に伯父達は顔を見合わせて、「いや、そこで会ったのだ」と言った。


「何かさ、実家の庭に茶色のカエルあっただろ? 三日位前に、カエルの夢を見てさ。気になって来てみたんだ」


 アツシ伯父さんが言うと、ケイジ伯父さんも「えっ、兄貴も? 僕もカエルの夢を見たんだよ」


 と言う。


「俺も見たよ。カエルが『帰って来い』て言うんだ」


「えっ、ソウタも見たのか。何だ? どういうことなんだ」


 祖母は、母親に出してもらった陶器のカエルを膝に乗せて、静かにその背中を撫でている。


「今日は、お父さんのご命日ね」


 祖母の言葉に、伯父達と母親はハッとした。日頃、忙しさにかまけて、父親である祖父の命日を忘れていたことに気付いたのだ。


「お父さんも、帰って来るかしらね。皆が帰って来てくれて、お母さん、とっても嬉しいわ」


 窓越しの柔らかな陽だまりの中で、祖母はニコニコ笑った。

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